第40話 新たなる仲間

 プレミラ王国、国境の町バッケン。

 まだ日の出を迎えて間もなく、静かだ。

 そんな早朝の町の、宿屋の前の道で、剣を振るうビトー。

 次々と技を繰り出すその姿は、まるで剣舞を踊っているようだ。


「よし、完全復調!」


 全身の動きを一通り確認し終えると、額の汗を拭いながら一息く。

 ディーディエとの激闘から四日が経っていた。目を覚まして以来、すぐ動けるようにはなっていたが、リコのたっての願いもあり、大事を取って完治するまで宿で安静にしていた。

 回復したビトーの様子に、切り株に腰掛けて見ていたリコが安堵する。


「良かった、すっかり治ったね。」

「リコの法術のおかげだよ。ありがとう。」

「どういたしまして。でも、担がれてきた時は本当にどうしようかと思ったんだよ?」

「いやあ、面目ない。」


 フランの先導で町の人達に担がれてきた時のビトーは意識も無く、呼び掛けにも応じない状態で、リコは自分も倒れそうなくらい、真っ青になった。

 ただ、昏倒の理由は怪我よりも、張り詰めた戦闘と多量の魔力使用による疲労の方が大きかった為、リコのそれ程強力ではない法術でも、四日で怪我を治しきる事が出来た。


「さて、治ったところで。」


 ビトーが鞘に収めた大鋼を、リコの切り株の傍らに置いた。代わりに、木剣を拾う。

 そして向き直った先には、同じく木剣を手にしたフランが立っていた。その後ろにはルカも控えている。


「いいのか、病み上がりで模擬戦など。」

「体は大丈夫。助けてくれた借りも返したいしな。」


 フランとルカが旅していた理由。それは、剣士か、もしくはその剣士と同門の使い手を探すことだ。

 ただ、ビトーとディーディエとの戦いを観たフランは、ビトーがその剣士では無いことを既に確信していたし、また『竜斬剣』が探していた剣術ではないだろうとも思っていた。

 なのでこの試合は、フランの剣士としての興味に依るところが大きい。ビトーもそれは解って、快く引き受けていた。


「そう言ってくれるのなら、遠慮は無しだ。」


 フランは右手に持った木剣を自分の眼前に立て、そのまま相手に向けて直角に倒す。彼女の剣術における、細身剣サーベルの最速の構えだ。

 合わせてビトーも構える。少し身を低くして、剣を身体の横に寝かす『竜斬剣』独特の構えだ。

 お互いの間の、空気が張り詰める。

 刹那。


「は!」


 フランが一蹴で間合いを詰め、突きを放つ。

 ビトーは横に動きつつ、その剣に的確に自らの剣を当て、受け流す。

 だがフランも突きの勢いを逆足で踏ん張ってその場に留まり、今度は横薙ぎに剣を振る。


『速い!』


 その一撃を受け止めたビトー。しかし更なる剣戟を、幾重にも繰り出すフラン。

 その剣速は明らかに自分より速く、フランの腕前が達人の域である事が分かる。

 それでも。


『……当たらない!』


 フランの高速の剣戟は、その尽くをビトーに受け止められ、また、躱されていた。止められながらフランは、『竜斬剣』の凄みと特殊性を感じていた。

 目で見るよりも速く、研ぎ澄まされた他の五感と魔力感知で動きを読む。だから、相手より多少速さが劣っていても、受け止められる。

 また、通常の剣術では考えられないような、体の反らし方や、剣の動きで、相手の剣速に間に合わせている。まるでネコ科の動物を思わせるような、柔らかでそれでいて強靭な筋肉と、まったくブレない体幹が、その動きを可能にしていた。


『これが、獣人の剣術…!!』


 初めてり合うその剣術に、フランは驚き、魅了されていった。

 対して、ビトーの方も余裕ではない。フランの剣についていくのがやっとで、反撃する事も出来ない。

 単純に技のみで闘った場合、フランの技量の方が上だと感じていた。

 だが、『竜斬剣』は技だけではない。


「ガルァ!!」

「あ!」


 ビトーが一瞬、両腕に魔力を込めた。急激に上がったパワーで剣を振る。

 打ち返されたフランの剣は弾き飛ばされくうを舞う。

 そして地に落ち転がった木剣を見送りながら、フランは敗北を認めた。


「参った。これが『竜斬剣』……見事だ。」

「いや、そっちも魔力を使えば分かんなかったよ。」


 笑顔で言うビトーに、お世辞や謙遜のつもりは無かった。

 ビトーが魔力を使ったのも、自分の剣術を観たいというフランの願いに応えるためである。

 剣技を見るためフランは法術は敢えて使わなかったが、お互いともに魔力を使えば、勝敗はまた変わる事もあり得るだろう。――『真技』の使えない、木剣ならば。


「で、どうかな、『竜斬剣』は探している剣術だったかい?」

「いや、違うな。確かに強いが、我々の探してる剣は、力ではなく速さで斬るタイプだ。」

「へえ、フランさんより速いのか?」


 その質問に、フランは少し考え込む仕草を見せる。


「……そう、思っていた。だが、今となっては正直解らん。あのような、『魔人』の存在を知ってしまったからな。」

「フラン様…。」


 木剣を拾って寄ってきたルカに、頷いて応えるフラン。


「……もし、魔人が関係するのであれば、君達にも話しておいた方がいいだろう。我々が探している剣士は、ある殺人の犯人だ。」

「殺人!?」


 リコが驚いて立ち上がる。ビトーはなんとなくそうであろうと感じていたので、そこまでの驚きは無い。称号騎士であるフランが国外に出て探す以上、それくらいの重大さは予測していた。


「殺されたのは『蓮湖の騎士ブルーノ・コンティス』。ロトリロ最高の騎士であり、私の叔父上にあたる人だ。」



  ― ◆ ―


 フランの母方の叔父、ブルーノ・コンティスは、ロトリロ王国の騎士団長を長年努め、フランが騎士を志す切っ掛けになった人物だった。

 数年前に団長の座を後進に譲り、半ば引退したような立場で、若い騎士達の指導を行っていた。


「叔父上は一線を退いて尚、剣の腕においては並ぶ者がいない程の実力者だ。その叔父上の遺体が発見された時、その左肩から右脇腹にかけて、非常に鋭い刃傷で切り裂かれていた。……『竜斬剣』のような剛の剣なら、肩口に一撃が入れば身体が両断されているか、勢いが筋肉で殺されて心臓のあたりで止まっているか、になるだろう。だが、叔父上を斬った剣はあくまで体の表面を斬り裂くような、それでいて切っ先は心臓に届いている、恐ろしい鋭利さだった。だから私は、犯人は叔父上を超える剣の使い手で、それも剣速のキレによって戦う剣術だと推測したのだ。」


 不意打ちであったとしても、傷は背でなく胸、しかも遺体の手には剣が握られており、相手の実力が相当なものであったのは間違いないだろう。それはフランだけでなく、ロトリロの捜査機関とも一致した見解だった。

 国内で捜査はなされたが、犯人は見つからない。そもそも、ロトリロにおいて、ブルーノに剣で勝てる剣士など存在しない。

 その為、犯人は国外から来て、そしてまた国外へと逃亡したとされた。そこで、捜査は打ち切られた。

 フランは捜査の継続を訴えたが、国外で大規模な捜査を行うという事は、他国の協力が絶対条件となる。そうすると、王国最高の称号騎士が剣によって破れたという事実が広まってしまう。決して大国ではないロトリロが、他国に軽んじられてしまうような情報を拡散する事は、出来なかった。

 フラン自身も王国の騎士であり、国の言い分には納得するしか無かった。

 だが、当然ながら黙っている事は出来ず、特例として、単独で国外に出て犯人を追う事を認めて貰ったのだ。

 

「よく称号騎士が、騎士団を離れる事を認めて貰えたなぁ。」


 ビトーも先生に習った知識として、『称号騎士』は知っている。騎士を擁する国にとって、騎士団の象徴であり、切り札のような存在でもある。

 称号騎士を認定するのはそれぞれの国であり、特に大陸共通の認定基準がある訳ではない。だが、国家の騎士の代表とも言える称号騎士が弱かった場合、騎士団全体が舐められる事になる。その為、称号騎士の強さの水準は各国とも高く、数も少なかった。

 そういった理由から、『称号騎士』といえば、どの国の騎士であろうとも総じて「強い」というのが、大陸各国の共通認識だ。

 それだけに、ロトリロ王国が『凛雨の騎士』フランに長期間の旅を許したのは、非常に稀な事であった。


「それは、私も一筋縄ではいかないと覚悟していたが、思ったよりもすぐに許可が下りた。流石に国の英雄とも言える叔父上の仇を、形だけでも放置出来ないと考えて貰えたのだろう。」

「ふーん?」


 それを聞いてビトーは何か引っ掛かるものを感じたが、それが何かははっきりしなかった為、言葉にはしなかった。


「それで、犯人の剣士を探して旅してたんですね。」


 代わって続けたリコに頷いたフランだったが、そこで少し悩ましい表情となる。


「……本国の者達も、私も、叔父上を殺害したのは人間の剣士だと思い込んでいた。だが、現代の大陸にも魔人がいるなら話が変わってくる。伝承では魔人の魔法は、鋭利な刃状の魔力を飛ばしたり、手刀で剣以上の切れ味を出す事も出来たという。魔人の剣士もいるかもしれん。」


 それに、上位魔人の強さであれば、ブルーノを倒せたとしても不思議ではない。

 ルカがビトーから聞いたように、各国で暗躍する魔人がいるならば、人間に殺されるよりも現実味を帯びてくる。


「……一度、本国に帰った方がいいかもしれないな。」


 ロトリロ王国内に犯人に該当する人間の剣士はいなかった。しかし、魔人はそのまま潜んでいたのかもしれない。

 暗躍する魔人がロトリロにもいるのであれば、何らかの目的の為にブルーノを殺した事になる。国家の危機に繋がりかねない。


「ちょうどロトリロは、これから入るノルクベストの隣国ですしね。」


 ルカが言いながら地図を広げ、リコやビトーに見せ、指し示す。

 ノルクベストは横に長い国だ。大陸の北の海岸の東側3分の1がプレミラ、残り3分の2がノルクベストである。

 そのノルクベストの南側の国境に接しているのが、東からトゥルコワン、ロトリロ、デフェーンとなる。

 フラン達はロトリロから南下して大陸を左回りに一周する形で旅して来ており、北側の隣国であるノルクベストにまで辿り着いたという訳だ。

 

「すまないが、ノルクベストの途中まで、同行させて貰えないだろうか? 君達と一緒にいる方が、魔人の手掛かりを得易い。」


 それは、ビトー達が魔人に狙われている事を指しているが、二人はその言葉を好意的に受け取った。


「ああ、いいよ。俺達の目的地は、ノルクベストの真ん中辺りだから。」

「結構な、山岳地帯ですね。雪の季節ですが、大丈夫ですか?」


 ルカが地図を観ながら心配する。


「俺も詳しい場所は知らないから、とりあえず行ってみるさ。」

「危なそうなら、雪解けを待つつもりなの。」


 既に相談していたビトーとリコが、頷き合う。


「では、そこまでは一緒ですね。」

「助かるよ、ビトー殿、リコ殿。」


 頭を下げるフランとルカに、ビトーが頭を掻いて笑う。


殿は、やめておくれよ。なんかむず痒い。」

「そうか?では私のこともフランと呼んでくれ。」

「分かった、フラン。」


 歳上に対し呼び捨てはちょっと言い難そうなリコとは対照的に、ビトーはあっけらかんとしていた。そもそも、敬語はあまり得意ではない。

 ビトーの態度に満足したフランは、旅の仲間として改めて右手を差し出す。


「よろしく、ビトー、リコ。」

「ああ、よろしくな!」

「よろしくお願いします。」


 握手するビトーとフランを、少し羨ましそうに見つめるリコ。

 それに気付いたビトーが、手招きする。


「リコ、こっち来て。手、出して。」

「え?…こう?」


 触れないように気をつけながら、握手している二人の手の上に、右手を翳した。


「ルカ。」

「はい!」


 フランに呼ばれ、了解したルカがリコの手の更に上に手を伸ばす。

 上から見ると、四人の手が重なり合って見えた。


「新しい旅の仲間だ。張り切って行こう!」

「おう!!」


 ビトーの号令に合わせ、皆も声を合わせた。

 ここに、新たな旅仲間パーティが結成され、新たな国へと向かっていく。

 次は雪の国ノルクベスト。白い世界で、更なる出会いが四人を待ち受けるのだった。



  ― 第一章【両雄、相見える】― 終幕




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