第28話 伝えたいこと

 辺境伯率いる一軍が竜との交戦現場に辿り着いた時には、全ての決着はついていた。

 横たわる竜の亡骸。大地は紅く染まり、激しい戦闘の痕跡となっている。

 ダレンは馬上から眺めるその光景に絶句していた。大型の竜の躯は見たことがあったが、何体も同時に、しかも死にたての状態で見るのは初めてである。

 いや、ダレンのみならず、その場にいる殆どの者が初めてであった。


「……では、本当にたった一人の剣士が、竜どもを全て斬り倒したというのか?」


 息を呑んだままのダレンに代わって、軍の参謀が現場にいた衛兵隊長に聞く。


「はい、間違いありません。とんでもない強さでした。」

「こりゃー、噂の『竜斬り』の仕業ですかな。」


 答えている隊長の横から、狩人の風体の男が出てきて言った。雇われた、民間の竜狩りだ。


「『竜斬り』?」

「狩人連中の間では、最近よく話に出てくるんですわ。大剣一本で竜を斬り殺す、人間離れした剣士。それが、竜斬りです。」


 言いながら、狩人の男は竜を眺める。


「それにしても、噂以上でしたな竜斬りは。……普通、これだけの数の竜に街が襲われたら、絶対死人が出るでしょうし、この街は運が良かったですな。」


 確かに…とダレンは思う。偶然にしろ、そこまで強い『竜斬り』がトメンレアに滞在中だったのは、まさに僥倖であった。

 驚きよりも喜びに思い至り、ダレンは漸く口を開く。


「兎も角、竜斬り殿のおかげでトメンレアは守られたのだ。英雄として、相応しい褒賞を用意したい。滞在先を当たってくれ。」

「伯爵、恐れながら、彼は『急いでいる』と言っていました。もうこの街を出ているかもしれません。」


 隊長が、引き止められなかった事を申し訳無さそうに言う。


「礼もしたいと言ったのですが、何もいらないと。ただ…」

「ただ?」

「次は、街の者達をしっかり守ってくれ、と。」


 ダレンはその言葉に衝撃を受けた。

 偶然立ち寄った街を一人で守りきり、その上で、『今度はお前らがしっかりやれよ』と叱咤されたように感じたのだ。

 実際は、ビトーはそこまで深い意味で言った訳では無い。追っ手もそこまで愚かではないだろうが、万が一、自分達への追撃が誤って再びトメンレアに来たら、という想定の注意喚起に過ぎない。

 だがダレンにしてみれば、都市の防衛を怠って、市民を危険に晒した失政を咎められた気分だった。

 しかし、不思議と腹は立たない。ここまでの鮮やかな手際を見せられては、素直に受け入れるしかない。そう思えた。


「……私も、領主としてまだまだのようだ、な。」


 自嘲して呟いたダレンは、あるべき都市と、あるべき自領を造るため、決意を新たにした。

 その決意は、やがて彼を歴史の表舞台に立たせる原動力となるのだが、それはまだもう少し先の事であった。



  ― ◆ ―


「ただいま〜」


 竜が退治されたという報が街に広まるよりも一足早く、ビトーは宿に戻ってきた。


「ビトー!」


 普通に部屋の扉から入ってきたビトーに思わず飛びつきたくなるリコだったが、なんとか自制してベッドから立ち上がるに留まる。

 代わりに、ルカとリリアンがビトーに駆け寄る。


「早かったですね!無事で何よりです。」

「竜は!?やっつけたの??」

「ああ、大したこと無かったよ。」


 ビトーは二人を宥めながら、リコに笑顔を向ける。

 応えてリコも、微笑んだ。


「怪我は、ない?」

「もちろん!」


 腕に力こぶを作ってみせるビトー。それでリコも、やっと心からの安堵の息をく。


「それにしても、ビトーさんは本当に強いんですね。」


 レスタルの町でラドサルスを一人で仕留めていた時点で、強いのはルカにも分かってはいたが、その想像を遥かに超えるものであった。


「ね。わたし、もう一生分神様にお祈りするぐらいの勢いだったのに、何事も無かったように帰ってきちゃうんだもん。」


 リリアンは驚きのあまり、お祈りで組んだままになっている手を見せながら言った。


「まあちょっと服は汚れたちゃったけどな。……ん?」


 返り血の付着した上着を着替えようとしていたビトーだったが、そのリリアンの組まれた両手を見て止まる。


「……リリアン、それだ! 分かるか、今手の中に力が集まってる。」

「はえ?……あ、なんか、手の平が熱いような…」


 リリアンが自分の両手に視線を集中すると、その熱さが少し増したような気がした。


「そう、それが魔力だ!やったな!」

「わ、わ、どうしよ…あれ?」


 意識しすぎると、急速に熱が冷めて消えていった。


「あ、無くなっちゃった…。」


 残念がるリリアンを、ビトーが肩をポンッと叩いて励ます。


「心配ないさ、一回出来れば、すぐコツを掴めるよ。」

「うん、ありがとう。」


 素直にお礼を言うリリアン。

 そんな様子を見ながら、ルカが首を傾げる。


「今のは僕でも感じるくらい強い魔力でしたが、リリアンはここまでの魔力があって、どうして今まで法術が使えなかったのでしょうか?」

「そうだな、多分だけど、法術ありきで勉強していたからじゃないか?」


 改めて着替えを続けながらビトーが言う。

 そもそも、人間にとって魔力とは、『法術を使うための力』という認識である。

 そのため、まず法術の術式を学び構築し、そこをゴールとして、術式に至るまでの魔力を、必要な分だけ引き出していくという作業となる。

 だが竜斬剣のように、魔力そのものを使って身体能力を高め技に繋げる場合、法術の術式は必要なくなる。体内の魔力を感じるというスタートから、それを高めたり、手足に集中させたりして、ゴールに向かっていくという形だ。

 元々内在する魔力が大きい上、子供の頃から法術の訓練をしていないリリアンは、術式に必要な分だけ魔力を小出しに制御するという繊細なやり方だと、上手くいかなかった。

 まず、自分の中にある魔力の存在を認識した方が、やり易かったのだ。


「まあ、俺は俺の教わったやり方を言ってみただけだけどな。」


 ビトーも自身の魔力を掴むまでかなりの苦労をしたので、魔力がありながら感知出来ないリリアンも、恐らく同じだろうと思ったに過ぎない。

 実際はリリアンは一晩で感知できたので、その才能はビトーより遥かに上だということだろう。


「さ、着替え終わったし、出発するか。」

「ええ。」


 既に身支度を整えていたリコが、リュックを背負う。

 何故急がなければならないのかは、彼女も理解している。


「え、もう出るんですか?」


 万が一の避難に備え、ルカとリリアンも着替え終えてはいるものの、そんなに早く旅立つとは思っていなかった。


「ああ、道中で話すけど、ちょっと理由があってな。」

「分かりましたっ。」


 ルカも急いで荷物を担ぐ。自分の都合を聞いてもらう以上、旅程に関してはビトーに従うつもりだった。

 リリアンは、淋しそうな顔をしている。


「皆、折角仲良くなれたのに…」

「元気出して。きっとすぐ法術も使えるようになるし、学院に戻ったら、皆びっくりするわよ?」


 そのリコの言葉で、自分の状況を思い出し、慌てだすリリアン。


「わ、わたし、先生の許可なく外泊しちゃった…怒られる〜〜ッ。」

「まあ、あれはアイツらが悪いんだし、仕方ないですよ。」


 頭を抱えるリリアンに、ルカは苦笑しながら励ます。

 そんな二人を見ながら、ビトーはリコを手招きする。


「ルカ、俺とリコは先に表で待ってるから。」

「え?僕も出ますけど…」


 ルカの疑問に、ビトーは目配せする。


「……多分、本当は言っておきたいんだろ?」

「!」


 ビトーの意図に気付いたルカと、なんだかよく分かってないリリアンを残して、二人は部屋を出た。


「……? なんだろう?」

「リリアン。」


 ルカは振り向いて、正面からリリアンに向き合う。


「アナタに、知って欲しい事があるんです。」

「なに?」


 不思議そうに見つめてくるリリアンを真っ直ぐ見つめ返しながら、ルカは三角帽を取った。


「あ!」


 ルカの茶色いくせっ毛から飛び出していたのは、長い兎の耳だった。

 ルカは、兎の獣人だった。獣人は土地によっては奇異の目で見られたり、場合によっては差別を受けることもあるので、普段は隠していた。

 しかしリリアンに対しては――出会ったばかりではあるがリリアンに対しては、隠したままではなく、ちゃんとを伝えたかった。

 それは彼女が、孤児院出という生い立ちだったり、学院で落ちこぼれだったりということを、包み隠さずに伝えてくれたからだ。自分も真摯で有りたかった。

 それが、彼女が与えてくれた、えも言われぬ暖かさのようなものに対する、答えだった。

 仮に、それで自分が嫌われたとしても、仕方ない。そう思えた。


「え、めっちゃ可愛いんだけど。どうしよう。」

「え。」


 リリアンは目をキラキラさせながら、ルカの傍まで来て耳をジッと見てくる。

 想定外の反応に、どうしていいのか分からないルカ。


「わたし、兎の獣人さんって初めて会った! ね、耳触ってもいい?嫌?」

「か、構いませんが…」


 ルカが許可すると、リリアンは手を伸ばして長い耳を優しく撫でた。


「うわ〜モフモフ!いいなあ、わたしも欲しい!」

「耳はあげられませんけど…」

「ね、帽子全然脱げなかったよね?どうして?」

「中に紐の輪っかが2つ合って、それに耳を通してるんです。」

「へ〜〜」


 自分の持つ帽子を興味津々に覗き込むリリアンに、ルカは自然に笑顔が溢れてくる。

 ――そうだ、彼女は、こんなことで嫌うような人では無かった。


「……いつか、会いに行きますよ。トゥルコワンまで。」

「ホント? 絶対だよ?」


 リリアンもまた、明るい笑顔で応えるのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る