第27話 ビトーの力③
竜の群れが、トメンレアに迫っているという報告を起き立てに受け、ダレン・コッペル辺境伯は、寝巻きのまま急いで公邸のロビーに向かった。
階段の踊り場から見下ろすそこは、既に多くの役人や衛兵達が走り回って、現状確認や防衛の準備、避難の誘導指示を行っている。さながら、戦場のような慌ただしさだ。
「状況は?」
執事から上着を受け取りつつ、聞く。
「見張り員の発見位置からすると、もう既に新市街には到達しているかと思われます。西区常駐の兵に加え、他区からも増援を送っていますが、被害が出るのは避けられないかと。」
その報告に、ダレンは唇を噛む。近年の平和さと、発展する都市を言い訳にして、新市街に街壁の造成を怠っていた事が、仇となった。
しかし、それを今悔やんでいても仕方ない。
「市民の避難誘導を急げ! 中央の衛兵も応援に出すんだ!」
「しかし、それでは旧市街壁の守護が…」
「構わん! 旧市街だけ守れても我々の負けだと思え!」
ダレンの怒号がロビーに響き渡り、一瞬動きを止めた部下達が、慌てて動き出す。
フゥっと息を吐き、ダレンは階段を降りていく。そして広間の中心に用意された円卓の前に辿り着くと、待ち構えていたように各セクションの担当が指示を仰ぎに集まる。
「伯爵、避難通達の騎兵が足りず、新市街全域に行き渡るまで時間がかかります!」
「誘導や防衛の兵を割くわけにはいかん。西区の通達を急がせればいい。後は、各区長にやらせろ。」
「民間の竜狩りから協力の申し出が出ていますが、報酬の要求が高く…」
「それは
「法術隊の準備が遅れています!」
「揃ってから出撃していたら間に合わん、各個現地に向かわせろ!」
常日頃から業務過多でこなしている成果か、ダレンの各方面への指示は迅速であった。
その能力は認めつつも、先代と比べ何処か頼りなく思っていた古株の役人達も、現伯爵を見直していく。
とはいえ、その程度で解決する程甘い状況ではないことは、ダレン自身も解っていた。
『竜どもは、もう都市で暴れているだろうか…被害を少しでも抑えなくては…』
そこに、入り口から伝令が飛び込んでくる。
「ほ、報告! 竜はまだ都市には入っておりません! 西区手前で防衛線が踏ん張ってる模様!」
「なんだと!?」
それは喜ばしい報告ではあったが、あまりにも想定と掛け離れていた。
ダレン自ら、伝令員に駆け寄る。
「どういうことだ? 増員が間に合ったのか?」
「い、いえ、こちらも遠眼鏡で確認しただけですので、詳しくは。ただ、都市に入ってきていないのは間違いございません。」
伝令も現地から来たわけではなく、公邸の直ぐ側に設置された物見塔から見ただけだ。
しかしこれが事実なら、都市に被害を出さない希望と、全体の士気を上げる最大のチャンスでもあった。
「近衛兵も含め、全戦力を出す!急げ、私も出る!」
「は!」
本来、防衛戦で領主自ら前線に赴くことなど異例中の異例であったが、その場の誰も反対しなかった。
― ◆ ―
大剣を体の左横に構え、やや低い姿勢を取るビトー。
その眼前で、3頭の竜が睨みつけながらも、動かずにいた。
本来なら、荒ぶる竜が人間一人の為に立ち止まるような事はあり得ない。だが竜は、ビトーの気迫と強さを敏感に感じ取り、前に出なかった。
『……やはり、様子がおかしいな。』
ビトーは、野生の竜なら、ある程度力で威圧すれば、逃走する賢さもあることは知っている。
だが3頭の竜は立ち尽くしながらも、息を荒げたままで、逃げるような素振りは無かった。
『魔人に操られているって感じでもない。……無理矢理、興奮状態にさせられてる?』
周囲に注意を張り巡らせているビトーは、竜とは別の視線に気付いた。
「強い魔力、やっぱり魔人かッ!」
刹那、竜達とビトーとの間に、紫色の光弾が飛んでくる。地面に炸裂したそれは、轟音と共に砂煙を舞い上げた。
「グルアァァァ!!」
その一撃を合図にするように、地竜の1頭がビトーに突っ込んでくる。
しかしそれは、ビトーの予測の範囲内だ。
「竜斬剣・
右足を一歩踏み込み、大剣を横薙ぎに斬り払う。本来、逞しい尾の攻撃を薙ぎ払う技ではあるが、直線的に突っ込むラドサルスの横っ面に一撃を加えながら身を躱すのに、効果的であった。
右頬を大きく裂かれたラドサルスは、悲鳴のような叫びを上げる。
だがビトーはそれに追撃はせず、左に躱したそのままの勢いで、後方のもう1頭の地竜に向かっていた。
「グァ!?」
「竜斬剣・
地竜の虚を衝きその左横腹の位置まで回ったビトーは、大剣を鋭く突き刺す。
その突きは見事に心臓を打ち抜き、刺されたラドサルスは叫ぶ間もなく絶命する。
すぐさま剣を引き抜いたビトーは、瞬時に跳躍した。魔力を篭めたその大ジャンプはラドサルスの亡骸を飛び越え、ホンサルスの上空にまで到達する。
そこに再び光弾が放たれた。魔人の放つその魔法は、ビトーに一直線に飛んでくる。
「ナイス!」
ビトーは空中で体勢を変えると光弾を蹴りつけ、その反動で角竜へと跳ぶ。
「竜斬剣ッ・
ホンサルスの角は正面への突進は恐ろしいが、上からの攻撃には隙が多い。
「グルゥア!?」
強靭な自慢の角を一撃で折られ、ホンサルスが驚愕する。…それが、彼の最期の感情だった。
着地してしゃがんだビトーは、即、立ち上がる勢いで斬り上げた。
「竜斬剣・
下段から斜めに斬り上げられたその剣は、角竜の顎のみならず、顔面から頭まで両断した。夥しい量の血が吹き出す。
しかしビトーはその返り血を浴びる前に移動し、残った深手のラドサルスに突っ込んでいき、また心臓を撃ち抜いてとどめを刺していた。
そのビトーの鬼神の如き戦いぶりを間近にしながら、衛兵達はそれを殆ど観ることが出来なかった。残った5頭の走竜との戦いに苦戦していた為である。
盾と槍で必死に押し留めるのが精一杯で、とても倒し切る事は出来ない。むしろ、今にもバリケードを超えられてしまいそうだった。
「まずいな。」
ビトーは地竜に刺さった剣を引き抜き、衛兵達の元へ駆け寄ろうとする。
だが、その動きを阻むように、
「
三度、紫の光弾が飛んでくる。
間髪、それを躱したビトーに、続けて飛び込んできた何者かによる刃物の一撃が放たれる。
「ちッ」
大剣でそれを受け止めたが、その一撃は重く、ビトーは転びはしないものの数メートル押されていた。
その攻撃を放った大男の魔人が、眼前に立つ。手には、先程一撃を繰り出した武器――両刃の戦斧を持っていた。
「俺はスレイ。お前、さっきは俺の魔法を利用するために、わざと空中で隙を作ったな? やるじゃないか。」
ビトーはスレイの言葉に答えず、剣を上段に構え、いきなり斬りかかる。
「ぬ!」
振り下ろされた大剣を戦斧で受け止め、押し返そうとする。が、押せない。
ビトーとスレイは刃を交えた格好で、その場に踏み留まっていた。
『前の奴とは違う、反応も、武器の扱いも!』
『俺と互角の膂力、こいつ本当に人間か?』
競り合いながら、お互いへの警戒を高める。
しかし、ビトーはこのまま膠着している訳にはいかない。このままでは走竜が街に侵入してしまう。
竜を呼び込んだのは目の前の魔人だろう。恐らく、自分とリコをおびき寄せる為に。
それを知ったリコが、どう思うだろうか。そのせいで街に被害が出たら、どう感じるだろうか。
「……ガァゥ!!」
吠えたビトーは両腕に更なる魔力を篭めた。急激な力の上昇に、スレイが圧を受ける。
「な!?」
ガインッ
強引に大剣を振り下ろし、その勢いでスレイの戦斧が地面に突き刺さるまで押し落とされる。
自信を持っていた力勝負で競り負けた事への驚愕が、スレイの動きを一つ遅らせる。
「はあッ!」
ビトーは下ろした剣を斜めに斬り上げ、スレイの身に纏った鋼のアーマーごと胸を斬り裂いた。
「ぐっ…!!」
傷口を抑え、跳び下がって距離を取る。
そして追撃に備え片手で戦斧を構えるが、既にビトーは離れ、走竜の方に向かっていた。
勝負がついたと判断された屈辱より、安堵が先に立ってしまうスレイ。
「ア、アーマーが無ければ殺られていた…」
出血はかなりの量で、傷口の深さは思った以上のようだ。
ビトーは敵を舐めた訳ではなく、深手を負ったスレイよりも走竜の処理を優先したに過ぎない。
だが、次々と走竜の首を刎ねていくビトーを見て、すぐに自分を殺しに戻ってくると、覚悟する。
「まさか、この俺が瞬殺じゃあないか…。」
しかし、そうはならなかった。
「!?」
突如翼竜が飛来し、その足でスレイの体を掴むと、再び空へと舞い上がる。
「あ!?」
走竜を斬りながらもその光景が視界に入るビトーだったが、そちらに向かっていく余裕は無かった。
最後の1頭を斬り伏せた時には、翼竜はビトーの跳躍でも届かないところまで、飛び去ってしまっていた。
「逃げられたか…」
飛びゆく翼竜を眺めながら、自分達の居場所を魔人に知られ逃げられた以上、すぐにでも出発してトメンレアを離れなくてはならないと判断した。
剣を軽く拭って鞘に収めると、振り返って衛兵達を見る。
彼らは、力を使い果たしたことと、ビトーの戦いぶりに呆然としてはいるものの、重傷にまで至っている者はいなさそうだ。
一安心したビトーは、そのまま衛兵達の前を通り過ぎて、宿へ戻ろうとする。
「あとよろしく〜。」
「ま、待ってくれ!」
衛兵の隊長に声を掛けられ、ビトーは立ち止まった。
「ちょっと急いでるんだけど。」
「いや済まない。あんたのお陰で助かった。礼をさせて欲しいのだが…。」
隊長の申し出に、ブンブンと首を横に振るビトー。
「礼はいらないけど。…あ、もしかしたら次もあるかもだから、街の皆をしっかり守ってくれ。それでいいや。」
「わ、分かった。きっと我々が守ってみせる。」
「よし!」
先程の人間離れした戦いぶりとは打って変わって、少年のような笑顔を見せたビトーは、軽く手を振って、走り去っていく。
「何者なんだ、彼は…。」
竜からトメンレアを守れた嬉しさや、生き残れた喜びよりも、謎の剣士の残したインパクトで、頭の中が占められてしまう隊長であった。
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