第233話 命の価値

Side:天道 レイナ



 

 私は青鬼の放った黒い炎の波を、何とか耐え切っていた。


 命は助かったものの、全身の火傷がヒリヒリと痛む。

 

「――ぁ……」


 喉が焼けて声が出ない。


 戦わないと……青鬼を倒さないと――


 何とか力を振り絞り立ち上がろうとした時、誰かが近くに現れた。


「あらら……随分派手にやられたね。全く情け無い……」


 この声は――


「レオ……ナルド」


 掠れる視界には、レオナルドが私を見下ろす姿が映っていた。


「念の為にポーション類を一式持って来ておいて良かったよ。とりあえず適当にぶっかけて――お?」


 もしかすると敵対するかと思っていたけれど、それは杞憂だった。

 

 そしてレオナルドが回復ポーションの小瓶を取り出した時、複数の気配が私の近くに現れた。


「っ ! ? ルーシー様! 早く回復を!」

 

「レイナさん! ゴッドヒール!」


 ルーシー様とアンナさんの声だった。


 回復魔法が私を包みしばらく経つと、全身の痛みが嘘の様に無くなった。


 私は体を起こし、ルーシー様に礼を言った。


「ありがとうございますルーシー様。ところで、どうやってこの場所に……」


 熊本市の前線基地まで向かっている事は聞いていたけれど、この場所は熊本市から少し離れている。


 それにあの炎の中をどうやって……


 そう疑問に思っていると、ルーシー様の背後からジンが現れた。


「俺が影移動で連れてきたんだ」

 

 影移動で……


「前線の自衛軍の避難は?」


 さっきジンは、全員を避難させるには魔力が足りないかもしれないと言っていた。


「……全員をあの炎から退避させる事はできなかった」


「っ ! ? あなたは……」


 おそらく、ジンは私の為に魔力を温存した。


「彼らには悪いが、これは俺の判断だ。異論は認めないぞ」


 私は無意識に、ジンを睨んでいた。


「何怒ってんのさ……当たり前っしょ? 兵士数名の命と、俺達みたいな個の戦力では、戦場における命の価値が違うんだからさ。ジンの判断は当然っしょ」


 レオナルドは当然の判断だと言う。

 

「レイナ……私達は彼らの命の分まで、戦い続けるのだ。それが使命なのだ」


 アンナさんは私の肩に手を置き、それが使命だと言った。


 分かってるわよ……


 私だって理解はしてるわよ……そんな事は!


 当たり前の様に人が死ぬ。

 命が一番軽い場所、それが戦場だって。


 吸血鬼との戦いで理解したはずだったけれど、今回みたいに私が誰かの死に直接関わる事は無かった。


 やり場のない怒りと悔しさに襲われていると、遠くから健の声が聞こえてきた。


「――さーん! 姐さーん!」


 健が猛スピードでこちらに走ってくる。


「姐さん! 無事で――っ ! ?」


 そして私の近くまで来ると、びくりと体を震わせて立ち止まった。


「おい……姐さん泣かしたのはどいつだ ! ? テメエらか! 兄貴に代わって俺がぶっ殺してやる!」


 健はルーシー様達を睨みつけ、今にも飛びかかりそうな勢いで怒鳴り散らした。


「健よ、少し落ち着け」


「ジンさんは黙っててくださいよ!」


 健が怒り狂っていると、続々とこの場に味方が集まり始めた。


「おーい! みんな無事かーい?」


 今度はアーサーの声だわ。


 こちらに走ってくるアーサーの近くには雪嶋さんと、見慣れない男達が四人いた。


 走ってくる六人を見て、暴れていた健がおとなしくなった。


「お……おお? アーサーが二人?」


 そこには、アーサーの隣を走るアーサーがいた。


「あれは……分身の術か何かか? ……あの男はニンジャだったのか?」


 アンナさんは頓珍漢な事を言いはじめた。


 全員が驚いていると、アーサー達がこの場に到着した。

 

「やあ。みんな無事みたいだね! おやおや? 赤鬼はどうしたのかって顔をしているね? 赤鬼は僕が撃破したのさ!」

 

 いつものアーサーね。


 アーサーがそう言うと、少し小柄な魔術師風の男が、髭を撫でながらやれやれと言った具合でツッコミを入れた。

 

「兄殿下よぉ。『僕が』ではなく、『僕達が』が正解っすなぁ」


 その言葉に、二人の男が続いた。


「恐れながらアーサー殿下……我々はそれでも構いませんが、せめて御兄弟二人で撃破したという事にされては?」


「戦果を独り占めにするな。俺達が来なけりゃ、あんたは死んでいただろうに」


 三人の男達にそう言われると、アーサーはいつも通りの何食わぬ顔で返す。


「全く……みんな細かい事を気にするね。ただの言い間違いじゃないか。それにパーシヴァルボーイ、『あんた』なんて呼び方はよしてくれ。せめてお兄さんと――」


 アーサーの言葉を、偽物?のアーサーが遮った。


「まあまあ兄上、そんなことより皆さんが困惑している様です。私に兄上の友人を紹介してください」


「おっと、そうだね。じゃあ僕の愉快な家来達を紹介しよう――」


「誰がいつテメエの家来になったんだ !  あぁん?」

 

 アーサーは、私達を置き去りにしてそれぞれの紹介を始めたわ。



 そしてひと通りの紹介が終わり、最後に偽アーサーが私たちに自己紹介をした。


「初めまして皆様。私はイギリス国王エドワード八世が王孫、ランスロットと申します。ジョブは『槍聖』です。そしてここにいるアーサーの、双子の弟になります」


「「「は?」」」


 全員が呆然としていた。


 イギリス国王の孫……てことは彼は王族よね。

 それでいて、アーサーの双子の弟?

 その上「槍聖」ですって……ちょっと意味がわからないわ。


「おっと……みんな気付いてしまったかい? 僕がリアルプリンスだという事に……残念だけど事実だ。それから僕から滲み出る高貴なオーラは、僕ではどうしようも――」


「あぁ……こっちは混乱してんだ! 少し黙ってろや!」


「健……そんなに畏まらないでくれ。今まで通り普通に接してくれたまえよ。だが君が望むなら……殿下と呼ぶ事を許そう」


「死んでも殿下なんて呼ぶもんか! それに畏まってねえ! どんな耳してやがんだ!」


 健とアーサーが言い合いをしていると、敵がようやく動き出した。


「よくぞ生き残ったぞえ。それに随分と大所帯になっておるえなぁ……まだまだ楽しめそうじゃ」


 青鬼は口元を手で隠し、妖しく笑う。


 そして青鬼と私達から少し離れたところで、ロシア軍の姿も見えた。


「流石にヒヤヒヤしたぜ……よくやったなニコライ! ゲハハ!」


「おぇ……ちょっと吐いちゃったっすけど、なんとか吸えたっす」


 あいつら生き残ったのね……いったいどうやって?


 ニコライって男が関係してると思うけれど、多分ソウルスキルね。


「束になってかかって来なさいな。さすれば、少しは妾の命に届くかもしれない――っ ! ?」


 青鬼の表情から一瞬で、余裕の笑みが消えた。


 それと同時に阿蘇山の頂上から、炎の塊が勢いよく飛び出した。


 何……このとんでもない圧力は。


 飛び出した炎の塊は、真っ直ぐとこちらへと向かってくる。


「何か来るぞ!」


 誰かがそう言った直後、炎の塊は睨み合う私達の、丁度真ん中あたりに落ちてきた。


――ドーン!


 炎の塊が地面に衝突し、周囲に爆炎が撒き散らされた。


 それはさっきの黒い炎の時以上の、とんでもない熱量を帯びていた。

 

 荒れ狂う炎の隙間から、槍を持つ燃える様な赤髪の男が現れた。


「よお……こん中で、一番アツい奴はどいつだぁ? 俺と遊んでくれや」


 その口元を狂気に歪め、男は青鬼もロシア軍も、敵味方関係なく周囲を舐め回すように睨んでいた。




***

あとがき


次回は明日の更新です。

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