第232話 神風
Side;天霧 英人
「強制召喚」
四次元空間を経由し、オルトス様達を強制召喚した俺は、彼らの元へと降りていく。
弓聖と賢者に対しては、停戦を持ちかけるつもりでいる。
彼らと敵対し、勝利するのは簡単だ。
だけど彼らには、自分達の国を守ってもらわなければならない。
召喚した三人の前に降り立ち、ひとまず挨拶から入った。
「お久しぶりですオルトス様。それから初めまして、『弓聖』ウー・ランジュさん。それからチェン・ユーシュンさん」
中国側の二人は驚愕の感情を、オルトス様は喜びや安堵といった穏やかな感情が多い。
「元気そうで何よりだ」
そう言って、オルトス様は朗らかに笑う。
「なーんで僕の名前がバレてるんすかねぇ……」
何でって、ステータス見たからなんだけどね。
「お前が天霧英人だな。そのまま死んでいてくれれば楽だったんだがな」
弓聖さんは戦う意志がまだ残っている。
俺にそう話している間にも、何やら指先を防具に打ち付け、トントンと音を鳴らしている。
隣のチェンという男に向けた合図か何かかな?
そう推測した時だった。
キノコ頭のチェンの魂から、ソウルスキルの発動を感じ取った。
予兆を感じた俺は、急いでソウルスキルの発動を妨害した。
「無駄ですよチェンさん。あなたの転移は封じました」
「くっ ! ? 何なんすかお前は! 俺のユニークスキルを……こんなの有り得ねえっすよ ! ?」
チェンさんから恐怖の感情が芽生え始めた。
チェンさんのソウルスキル、正式名称は「
四次元空間において、距離や時間の様な三次元に存在する法則は存在しない。
全てが同じ場所にあり、同時に別の場所にもある状態。
何を言っているか分からなくなってくるが、「四次元を経由すれば、三次元において瞬間移動ができる」とだけ理解すればいい。
俺は権能の力で、四次元へと扉を開けようとするソウルの動きを止めたわけだ。
「まあまあ、とりあえず俺の話を聞いてください。俺に敵対の意志はありません」
そう話をすると、弓聖に傾聴の意志が現れ始めた。
「これは提案ですが、一度停戦しませんか?」
弓聖は僅かに眉を動かした。
「ほう……我々はこの九州を奪いに来たのだぞ? 言ってみれば侵略者だ。停戦して、戦いを先延ばしにしてどうする? 我々に対して備える時間がお前達にはできるが、我々には何のメリットもない。その話に乗ると思うか?」
メリットね……
「別にメリットはあると思いますよ? もう少し長生きできるとかね」
別に煽っているわけじゃない。
このまま戦うなら、俺は少なくとも弓聖は殺さなければならない。
俺達にあまりメリットは無いし、今後を考えると少しでも強者は生き残っていた方が良い。
「貴様……何を勝った気でいる――」
「俺達が負ける事は有り得ない」
俺はみんなのステータスを見て確信している。
彼らに状況を理解してもらうには、やはり実際に見てもらった方が早い。
「チェンさん。あなた鑑定士ですよね? 鑑定すれば、俺の言っていることが理解できるはずです」
「っ ! ? なぜそれを……ああもう、考えても無駄っすね」
チェンさんのソウルハックをソウルスキルに限定して、動ける様に他は解除した。
不自由だった自分の体が動くことを確認した後、チェンさんは俺に鑑定スキルを使った。
「なっ ! ? 何も見えねえ……そんな事――」
あら? 俺は特に何もしていないんだが……
すると俺の横にシルフが現れた。
「見えるはずないのなの。神玉を持つ者の情報は、その程度の力では見ることはできないのなの」
なるほど……俺のステータスは鑑定では見えないと。
その程度という事は、ソウルスキルとかなら見えるってことかな?
そう言えば昔、同じ事があったような……まあいいか。
「じゃあドラゴニュート達を鑑定してみてください」
そう言うと、チェンさんは周囲で包囲するドラゴニュート達の鑑定を始めた。
「おいおい……有り得ねえ」
「どうしたチェン。何が見えている?」
チェンさんの反応は当然だ。
ドラゴニュート達は全員が最大レベルだし、何より龍装の恩恵が大きい。
______
・エーテル・ガントレット:Lv100(筋力値+41000)
・龍翼の燐鎧:Lv100(耐久+20000)
・韋駄天のグリーヴ:Lv100(敏捷+11000)
______
全員がこれらを装備している。
聖者と呼ばれるユニークジョブでさえ、特に筋力値の龍装の数値には到底及ばない。
装備と強化系スキルで最大限に盛ったとしても、3万前後が限界のはずだ。
龍装にドラゴニュート達の素の値が加われば、筋力値は5万を超える。
そんなドラゴニュートの軍勢に加えて、俺やみんながいる。
控えめに言っても敗北は無い。
「ランジュさん……あいつの言う通りにしましょう」
チェンさんから戦意が消えた。
「何を言っている ! ?」
「こいつら全員、ランジュさんでも勝てるかどうかと言ったステータスっす。それに俺のユニークが使えない以上――」
しばらく中国側の二人の話し合いが続き、最終的には俺の提案に乗ってくれるそうだ。
「チッ……停戦を受けいれよう。こいつの言っている事が真実なら、我々に勝ち目は無い」
話のわかる人で良かった。
俺はそれを聞いた後、オルトス様に視線を向けた。
「ワシは最初から日本に加勢するために来た。君に従おう――」
オルトス様の話の途中で、弓聖がそれを遮った。
「よく言うよジジイ。アンタはそうかもしれないが、アメリカのお偉いさんは違うんだろう?」
ばつの悪い顔で、オルトス様は答えた。
「……そうだ。ワシ個人は味方のつもりだが、上は違う。レグナ社の開発したと言う新薬とやらで強化された部隊がここにおる」
レグナ社の新薬ね……ちょっと確かめてみようか。
ソウルハックしている戦場の兵士達の中から、アメリカ軍兵士を探した。
ふむ……特に魂からは、その新薬とやらの痕跡は見当たらない。
他の中国軍や日本の探索者達とは、魂を見ただけでは区別が付かない。
ソウルの情報では見つからず、再び飛び上がって目視で確認しようとした時だった。
ソウルハックしているはずの魂が複数、動き出すのを感知した。
「っ ! ?」
移動している?
周囲の兵士には目もくれず、俺のいるこの場に向かって移動を始めた。
何で動ける……魂を縛っているはずだ。
人間の意志は、魂から肉体に伝達される。
その意思の伝達を阻害する事で、肉体の動きを封じるのがソウルハックの主な効果だ。
まあその行動阻害も、完全では無いんだけどね。
普通に声を上げるくらいはできるわけだし。
だがアメリカ軍と思われる部隊が、こちらに移動できる程に動けているってことは、意志を介さず肉体だけで動いている?
いや、それも原理的には可能なのか?
そんな風に思考を広げていると、こちらに向かってくるアメリカ軍が視界に入る。
まずい、一応付近の中国軍と日本の部隊を避難させよう。
「強制召喚」
アメリカ軍以外の人間達を全員、俺の後方に転移させた。
俺の後方に、大勢の人間が召喚されてくる。
「な……んだ ! ?」
「転移……今度は……なんだ ! ?」
うまく喋れていないが、みんな驚いているのは分かる。
彼らのことは一旦放置して、俺は前方から迫るアメリカ軍に視線を向けた。
「あれは……」
兵士達の顔を確認すると、その目は赤く染まっていた。
「天霧殿。気を付けられよ」
オルトス様が隣に並び、そう忠告してくる。
「レグナ社の新薬はおそらく、人道に反するものだろう。彼らは正気を失い、狂ったように攻撃してくる。それに人間離れした身体能力もそうだが、小さい傷であればすぐに治っていく。まるでヴァンパイアだ」
オルトス様の言葉を、シルフが肯定する。
「あれは吸血鬼で間違いないのなの……だけど、何かおかしいのなの」
アメリカ軍兵士達の目は、先日戦った吸血鬼にそっくりだった。
だけど彼らには赤く染まった目以外、吸血鬼の特徴は無い。
「いずれにせよ話し合いは無理でしょう。オルトス様、よろしいですね?」
俺の意図は伝わったようで、オルトス様は渋々と頷いた。
「ああ……せめて苦しまぬ様、逝かせてやってはくれまいか」
オルトス様に答えたのは、俺ではなくシルフィーナさんだった。
「そう言う事なら英人様。私にお任せ下さい」
俺は特に悩む事もなく、シルフィーナさんに任せることにした。
俺の使えるスキルや技って、高火力なのが多いからな。
ざっと見た感じ数万人はいるし、この人数を相手にするなら尚更、苦しませずなんて無理だ。
「任せます」
「はい。シルフ、神器を――」
シルフィーナさんがそう言うと、シルフの体が光に包まれた。
光はすぐに収まり、シルフはレイピアと呼ばれる細剣に変わった。
これはあれか、アッシュのヴォルザードと同じやつだ。
______
風神細剣・ウィンザー(EX)
シルフィーナ専用装備
______
ウィンザーを握ったシルフィーナさんが俺たちの前に出る。
腰を落とし、レイピアを引く。
「
瞬間、大気が動いた。
「――
レイピアを勢い良く突くと、微かな風切り音が聞こえた。
その次の瞬間には、こちらへと迫っていたアメリカ軍の兵士達が次々に倒れていく。
そして暫しの残心が終わると、レイピアは妖精シルフの姿に戻った。
「シルフ、本当に吸血鬼なのか? この程度では再生されているはずだが……」
「吸血鬼だと思うのなの。だけど不完全というか、吸血鬼に成りきれていない感じなの」
二人がそう話す後ろでは、大勢が驚愕している。
今のが神器となった精霊の力か……これはまた中々だ。
兵士には二つの傷があった。
心臓を貫いたと思われる胸の大きな風穴と、首の切断だ。
同時に突いて斬ったんだろう。
それだけでもすごいが、何よりこの人数に対して一撃とはね。
それに、大気中の魔素を使ったんだろう。
シルフィーナさんに魔力の消費はほとんど見られない。
実に頼もしいね。
そう感心していると、後ろからオルトス様が声をかけてくる。
「ワシのわがままを聞いてくれて礼を言う。ありがとう」
「いえいえ、礼なら彼女にお願いします」
「ああ。ところで、停戦する話には賛成ではあるが、戦いが終わった後はどうするのだ? ワシは敵対するつもりはないが、国はそうではないだろう。また別の軍が送られてくる可能性の方が高いのではないか?」
「この事態を収拾したら、国際会合をと思っています。ちょうどこの九州には、各国が勢揃いしているみたいですし」
「なるほど……良い機会かもしれんな」
現状の話を、一度各国のお偉いさんに聞いてもらう必要がある。
魔神軍の狙いは俺なんだけど、流れ玉には気をつけて貰わないといけない。
日本以外が狙われないという保証はどこにもない。
そしてオルトス様の質問に答えた直後、俺の影からジンが飛び出した。
「英人、すまないがこっちに来てくれるか?」
こっちと言うのは、おそらくレイナのいる反対側の戦場のことだろう。
「何があった?」
「アッシュがこっちで暴れている。それに、早くレイナに顔を見せてやれ」
ああ、それもそうだな。
だがレイナの方へ行く前に、鬼王アルバゼオンの様子を確認したい。
「分かった。だが先に鬼王の様子を確認したい。シルフ、ついて来てくれ」
「うんなの」
この場を大地達に任せ、俺はシルフを連れて鬼王の魂を感じる阿蘇山へと向かった。
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