第230話 四源精霊と契約者・魂の支配者

Side:天霧 英人




『『『『我らは四元精霊。世界と新たな主に使える者也』』』』


 目の前に並んだ四匹の精霊達、その左側の二体には見覚えがあった。


 左から、二対の羽が生えた小さな人型の少女。

 いわゆる妖精というやつかな。


 その隣の白い翼の生えた亀は、ユミレアさんの肩に乗ってたやつだ。


 精霊達を観察していると、彼らは順番に自己紹介を始めた。


『私は風の精霊、シルファナティア。シルフとお呼びくださいなの』


 手のひらサイズの妖精がそう名乗ると、先程召喚したシルフィーナさんが狼狽だした。


「シルフ、どうして彼に真名を……」


 真名が何だか分からないが、本名みたいなものかな?

 それを俺に教えたことに、シルフィーナさんは驚いているのかな。

 まあ、その辺りは後で聞いてみよう。


 風の精霊が名乗ると、翼の亀がそれに続いた。


『ワシは大地の精霊、アスドミナガイエス。どうぞガイエスとお呼びくだされ』

 

「シルフにガイエスか、よろしく」


 見覚えのある二体の精霊の自己紹介の後は、神玉から飛び出してきた初めましての二体だ。


『オレっちはフレイダルバッハ! 火の精霊さっ! よろしくな! オレっちの事はフレイでいいぜ』


 陽気な喋り方のフレイは、炎を纏ったヘビだ。

 舌をチロチロと出しながら、踊るように体をクネクネさせている。


「ああ、よろしくフレイ」

 

 フレイの自己紹介が終わると、先程ミランダさんに引っ張られていったアッシュが騒ぎ出す。 


「フレイてめえ ! ? 何勝手に真名教えてやがるんだ? てめえは俺と契約してるはずだろうが!」


 アッシュが鬼の形相でフレイに詰め寄る。


 契約……なんとなく見えてきた気がするな。


 怒鳴るアッシュに対して、シルフが怒りの暴風を吹かせる。


「アッシュ……黙ってて欲しいのなの。神の御前なの」


 激しい怒りの感情と共に、リビングの中に突風が吹く。


「神だと……そいつが?」


 アッシュは俺を睨んではいるものの、俺の事を観察している様にも感じる。


「確かにとんでもねえ量のソウルだが――」


「アッシュ、後で俺っちが説明してやるから、今は黙っときや!」


 フレイがそう言うと、アッシュは渋々口を噤む。


 そしてタイミングを見計らっていたのだろう、四体目の精霊が自己紹介を始めた。


『ボクは水の精霊、アクティネスウルだよ〜。ウルって呼んでね〜』


 おっとりとした口調でウルと名乗った水の精霊は、ぱっと見はスライムだった。


「顔合わせは終わりなの。シルフがエイト様の補佐するのなの。みんな解散していいのなの」


 そう言って、精霊達は早々に解散し始めた。


「ワシはユミレアのとこ戻るでな。ほいな〜」


 ガイエスはそう言って、どこかへと消えていった。


「久しぶりだなあアッシュ! 元気してたか?」


「そんなことより、今のはなんだよ?」

 

 フレイとアッシュが話す横で、水の精霊ウルとミランダさんが再会を喜んでいる。

 

「ミランダ〜 会いたかった〜」


 スライムボディをプルンと弾ませ、ミランダさんの胸に飛び込んだ。


「ウル〜 私も会いたかったわ〜」


 なんというか……自由だね君達……


 彼らの事を遠目に見ていると、シルフが声を掛けてきた。


「フレイはアッシュと、ウルはミランダと契約しているのなの」


 契約ね、そもそも精霊がどういう存在かも分からないな。


「急いでいるから簡単にでいいんだが、君達精霊はどういう存在で、契約って何かな?」


「鬼王の元へ行くのは承知済みなの。そっちに向かう途中で説明するのなの」


 シルフが鬼王の名前を出した瞬間、アッシュがすぐ様反応してきた。


「鬼王だって? そりゃオーガの魔王種か?」


 アッシュの問いにはシルフが答えていく。


「うんなの。これから倒しに行かないとなの」


「そいつはどこにいるんだ?」


「あっちなの」


 そう言って、シルフは九州のある西側を指差す。


 なんだろう……答えたらダメな質問だった気がする。

 

「へぇ……おいフレイ! 鬼王がいるらしいぜ? ちょっくら運動しに行こうぜ!」


「おうよ! それは楽しそうだな!」


 そう言ってフレイはヘビの姿から、一瞬にして槍の姿に変わった。


 その槍を、俺はどこかで見た気がした。


 気になって龍眼を発動した俺の目には、前に武装ガチャで手に入れたEXレアリティの武具だった。


 ______

 神焔槍しんえんそう・ヴォルザード(EX級)

 :神の焔を宿した槍。

 (アッシュ専用武装)

 ______


 なるほど……そういう事か。

 アッシュという名前に聞き覚えというか、見覚えがあったのはこれが原因か。


 あの槍は確か、ダンジョンの地面が溶けるほどの熱さで、俺が持つ事すらできなかったんだ。

 インベントリで肥やしになっていたから、すっかり存在を忘れていた。


 俺がそんな風にヴォルザードの情報を見て納得していると、アッシュはヴォルザードを肩に乗せて準備運動を始めた。


「──うし! ちょっくら暴れてくるわ!」


 アッシュの体に凄まじい熱量の炎が舞い上がる。


 そしてアッシュはシルフが指差した西側めがけて跳躍した。


――ドーン!


 リビングの天井を突き破り、炎を纏ったアッシュは飛び出していった。


 天井に大穴が空き、その穴の向こうでアッシュと思われる炎の球が、凄まじいスピードで飛んでいくのが見えている。


 はぁ……アッシュ、またクセの強い人が来たもんだ。

 それに俺の部屋が最上階で、すぐ上が屋上で良かった。

 危うく死人が出てもおかしくなかった。

 

 俺がそう呆れていると、ミランダさんが愚痴りながら、燃え始めた天井付近に水魔法をかけている。


「アッシュ待ちなさい! まったくあの人は……はぁ、ごめんなさい英人。私が連れ戻して来るわ」


「いえ、ミランダさんは母さんとクランハウスの守護を頼みます」


「そう? でもあの人、私以外の言う事は聞かないから中々止めるの大変よ?」


 確かに、アッシュに言う事を聞かせるのは苦労するだろう。


 でも大丈夫、召喚したのは俺なんだ。

 言うなればアッシュの命は、俺の手の中にある状態だ。

 もし手に負えないと思ったら、一度神玉に戻ってもらうさ。


「大丈夫、なんとかしますよ」


「そう? なら任せるわ」


 さて、意外と時間を食ってしまった。

 

 さっさと現地に向かおうか。


「じゃあ俺は、九州の事態を収拾して来ます。シルフィーナさんとシルフは俺についてきて下さい」


 そう言って俺は、アッシュが出ていった天井の穴から外に飛び出した。


 屋上に出るとすぐ近くにはソラがいて、俺の方に擦り寄ってきた。


「グォア……グルウウ」


「よしよし。心配かけて悪かったな」

 

 俺は頬擦りをするソラの顎を撫でながらそう言った。

 

 ひとしきり撫で終わると、ソラの背中に飛び乗った。


 そしてシルフが、パタパタと飛んできて俺の肩に乗る。


「行こうなの」


 そうシルフが言うと、ソラの横でシルフィーナさんが、複雑な表情をしながら俺を見上げていた。

 

「あの……私も背中に乗ってよろしいでしょうか?」


「ええもちろんです」


 シルフィーナさんが俺の後ろに乗り、しっかり掴まったのを確認してから、俺達はソラに乗って九州を目指して飛び立った。

 



 そして九州へと向かっている途中、俺はシルフから色々話を聞いていた。


「──主に魔法の行使によって、世界に過剰に増えてしまった物質を正常な状態に戻す。これが精霊の役割なの」


 簡単に言うと、地魔法で生成した岩、水魔法で溢れた水、風魔法によって生まれた大気。

 そうして溢れた物質を魔素に戻し、世界のバランスを調整する──という事らしい。


 もしバランスを整える精霊がいなければ、世界には生物が住める場所が無くなってしまうという話だ。


「なるほどね……精霊が大体どういう存在なのかは分かった。じゃあ次に、真名とか契約者っていうのは?」

 

「世界のバランスを調整できる程の精霊の力、それを精霊の契約者は行使できるのなの。精霊が自ら選んだ魂に真名を教えることで、契約が成立するのなの」


 ほうほう……まあ大体この辺は、俺が推測した通りだった。


「ということは、俺も精霊の力を行使できるのか?」


 これを聞いた時、俺の後ろに乗るシルフィーナさんがピクリと反応した。


「それは無理なの。エイト様と精霊の間では、契約は成立しないのなの。さっきのはあくまで私達精霊の、主に対するあいさつなの」


 シルフの答えに、後ろのシルフィーナさんからは「安堵」が伝わってきた。


 なんだろう……シルフを取られるとか思ったのかな?


 まあそれは置いておいて、精霊の力が使えないのは残念だ。

 今の俺は、魔力を使った一部の技が使えない。


『魔素』とは主に、三次元への干渉力の高いエネルギーらしい。

 ソウルボディの俺の体では、魔力巡纏とかの、魔力での身体強化はもう使えないらしい。

 

 だがまあぶっちゃけ、ソウルを操れるだけで十分な力だ。


 そうして色々と話を聞いている内に、あっという間に九州が見えてきた。

 

「そろそろ着くのなの。続きはまた後でなの」


「分かった」


 大きな山々が近づいてくると、それと同時にあちらこちらで爆音と光の明滅が見えて来た。


 阿蘇山から見て東側の上空を旋回して、地上の様子を確認する。


 暗くてわかり辛いな……


 情報を得ようと自分の体からソウルを広げ、地上に無数にある魂を感じた時だった。


 俺の魂に、膨大な数の声の様なものが届いた。


「う……なんだこれ」


 大地やキンちゃんに未来ちゃん達の感情、それから敵軍と思われる兵士たちの感情。

 それらのヒトの感情に加えて、何か別の感情が伝わってきた。


『タスケテ……』

『アツイ……』

『ニンゲン……ユルサナイ』


 今俺に届いた感情の様なものについて、シルフに尋ねた。


 

「──それは多分、この辺りに生えた木々とか、微生物や動物達の『思念』なの。『思念』っていうのは、魂から発する感情とか思考とかの事なの」


「まじか……これ全部がそうなのか?」


 下で戦っている人間の数なんて比じゃない程の、膨大な数の負の『思念』が俺の魂に響いてくる。


『私に神という役割は重過ぎました。あなたはどうか、壊れませんように……』


 イヴァ様の最後の言葉を思い出した。


 そういうことか……これは中々辛いかもしれない。


 この『思念』が聞こえてくるせいで、頭が痛くなるとか、そう言った物理的な影響はない。

 だからこそ彼らの悲鳴が、なんのノイズにも邪魔されることなく、クリアに俺の魂に響き渡る。


 誰かの放った火魔法が木を焼く。


『アツイ――』


 海上からの砲撃が地面で爆ぜる。


『タスケテ――』


 一言一句、綺麗に俺の魂まで届いてくる。

 俺はその声に、耳を塞ぐことはできない。


 このままだと、俺がどうにかなりそうだ。


「イヴァ様とアデン様は、その声に耐えられなかったのなの。二柱の神にとっては、世界の全てが我が子なの」


「……」


 慣れるしかなのかな。


 俺が自分で選んだ道だ。

 これくらい乗り越えてみせるさ。


「戦いを終わらせないといけないな」


「うんなの」


 俺は眼下に映る全ての人間達を標的に、『魂の権能』を行使した。


「ソウルハック――止まれ」


 俺から放たれた純粋なソウルが、地上に波となって押し寄せる。


 ソウルは普通の人間の目には映らないし、感知もされない。

 眼下で戦う者は皆、その押し寄せるソウルに気付かない。


 ソウルの波が触れた者から、敵味方関係なく動きを止めていく。


『っ ! ? なんだ!』

『どうなっている ! ?』

 

 下から多くの驚愕の思念が届く。


 魂に侵入した俺のソウルが、彼らの肉体の制御を乗っ取る。


 そして俺はこの戦場に、箱庭へと続くゲートを開いた。

 ゲートは一つまでと言う制約がなくなった今、箱庭へと続く扉は戦場の至る所に現れた。

 

「全軍包囲せよ! 攻撃はするな!」


 俺がそう指示を飛ばすと、ゲートからは次々に眷属達が現れる。

 

 龍馬に乗ったドラゴニュートが、地上の兵士たちに刃を突きつける。

 そしてワイバーンの群れが、海上に浮かぶ無数の戦艦を包囲する。


「グォオオアアア!!!」


 一際大きく開かれたゲートからトグロが飛び出し、バチバチと帯電した雷を撒き散らしながら上空を旋回した。


 戦場が動きを止めた。


 そして俺はゆっくりと、地上へと降りていった。

 

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