第229話 煉獄 風神 精霊

Side:天霧 英人




 母さんは静かに涙を流し、俺の手を握る。

 

 そして俺の心には、深い悲しみと絶望が伝わって来ている。

 

 上体を起こし、母さんに尋ねた。

 

「母さん、どうして泣いているの?」


「……」


 母さんは何も答えず、静かに俺を抱きしめた。

 

 しばらくそうした後、母さんは俺の目を真っ直ぐと見て言った。


「やることがあるんでしょう? 行きなさい。お母さんは大丈夫だから」


 悲しみを強い意志で押し隠しているのが分かった。


 随分と心配をかけてしまったな……でも母さんの言う通り、レイナ達の元へ行かないと。


 母の言葉に甘え、俺はベッドから出る。


 寝室から隣のリビングに出ると、一人のドラゴニュートとジン、それからミランダさんと……何故かソファで気を失っているワンさんがいた。


「陛下のご帰還、心よりお喜び申し上げます」

 

 そう言って跪くのは、俺が最初に箱庭の城を訪れ時に、側で案内をしてくれた個体だ。


 ドラゴニュートが挨拶をした直後、ミランダさんが俺に近づいてくる。


「……」


 至近距離で俺の顔をジロジロと観察している。


「……どうしました? 俺の顔に何か顔についてます?」


「ちょっとね〜少し触るわよ〜?」


 そう言って俺が答える前に、ミランダさんは俺の顔をペタペタと触ってくる。


「あの……なんなんです?」


 別に悪い気もしないが、良い気もしない。


「英人、あなたもしかして死んでいるの? 見た所傷も治っている訳じゃないみたいだし」


 そう言いながら、何処かから取り出した鏡を俺に向ける。


 鏡で自分の顔を見た時、母さんが泣いている理由が分かった。


 鏡に映る自分の顔からは、まるで生気が感じられなかった。

 瞳孔は開いたまま、肌も青白く、髪は所々で白髪が覗いている。


 うわぁ……ちょっと怖いな。


「体温も感じないし、まるでアンデッドみたいよ?」


 ミランダさんの配慮だろう、母さんには聞こえない様に小声でそう言ってきた。


「まあ……はい。説明は省きますが、肉体はもう死んでいるらしいです」


「そう……」


「他のみんなには内緒でお願いします」


 余計な心配はかけたくないしな。


 それだけ言って、俺は何が起こっているか聞いた。

 

「それで、今どういう状況ですか?」


 俺の質問には、ドラゴニュートが答えてくれた。


「私からご説明させていただきます――」


 ドラゴニュートは、ネメアとの戦いの直後から現在までを端的に教えてくれた。

 

 ネメアはルアンに心臓を奪われたことで消滅。

 ルアンは逃亡して、戦いは終わった。

 

 その後は吸血鬼の残党を総出で殲滅。

 それが終わると同時に、九州全土がオーガに占領された。


 レイナ達「龍の絆」を中心に全国の名のある探索者と、陸上・海上自衛軍を組み込んだ大規模な部隊が編成された。

 そして現在は他国の勢力の介入も始まり、激しい戦闘が九州で行われているということだ。


「戦場の状況はジン様から――」

 

 それからジンが、現在の状況を話してくれた。


「阿蘇山を中心に、戦闘は大きく分けて二か所で行われている――」


 ジン曰く、オーガの首領はまだ現れていない。

 レイナや健達がオーガと戦闘中で、大地達は中国軍と戦闘を行なっているらしい。


 そしてレイナ達の方に、厄介な相手がいるという。


「レイナは無事なのか?」


 さっき夢の中で、レイナの苦痛が聞こえていた。

 嫌な予感がしていたけど、レイナが生きている事は魂が教えてくれている。

 ただ状況は良くないと俺は予想している。

 

「まあ今のところ無事だ。ついさっきまではヤバかったがな。助っ人のおかげで暫くは大丈夫だろう」


 レイナのピンチで現れた助っ人? 

 それで状況が好転したと……相当な実力者なんだろう。

 でも助っ人とジンが言うって事は、「龍の絆」の誰かではないのか。


 まあいい、戦場に行けば分かるさ。


「戦況には少し猶予があるんだな?」


「ああ、大地や未来の方にはユミレアとリュウキも参戦した。とは言っても、直ぐに加勢した方が良いのは勿論だがな。何かするのか?」


 なら少しやる事がある。


「ああ。何人か英霊を召喚したい」

 

 時間的余裕が少しあるのなら、仲間を増やしたい。

 加勢する味方は多い方がいいからね。

 そうすれば、俺はアルバゼオンに集中できる。


「それは興味深いな」 

 

 俺は改めて自分のステータスを確認した。

 

 ______

 名前 天霧 英人

 Lv 100

 HP:40000+X

 MP :0

 龍気:0

 

 筋力 :40000+X

 耐久 :40000+X

 器用 :40000+X 

 敏捷 :40000+X 

 知力 :40000+X


 権能

 ・「魂」と「輪廻」


 スキル

 ・error 


 技能

 ・武神流格闘術(初伝)

 ・天霧流大剣術(奥伝)

 ・魔操術(中伝)

 ・四源魔法(初伝)

 ・光魔法(初伝)

 ・龍魔構築術(初伝)

 ______


 うーん……すっかり変わってしまったな。


 ステータスの数値は軒並み「4万+X」という風になっていて、それから魔力と龍気は0となっている。

  

 魔力と龍気がゼロなのは、ネメアとの戦いで使い切ったからだろう。

 むしろ気になるのは「+X」の部分だが……スキルやステータス諸々は、九州に向かう道中で確認しよう。


 今は召喚を優先する。


「魂の権能」に統合された「英霊召喚」だが、今までと少し違う。


 今までは決められた魔石を消費して、ランダムで英霊が召喚されていた。


 イヴァ様のアナウンスであった通り、今は全ての力の制限が解除された。

 魂から伝わってくる情報によれば、英霊の魂を俺が自ら選んで召喚できる。

 そして召喚には、一定量のソウルが必要になる。


 ここで重要な事が、ソウルに関してだ。


 俺がイヴァ様から受け継いだのは、このソウルを支配する「権能」と言う力。

 

 そしてソウルとは魂の源であると同時に、四次元への干渉力が強いエネルギー。

 そのソウルを生み出し、操ると言うのが「魂の権能」の力だ。


 権能の力を使えば、魔素をソウルに変換できる。


 魔石から魔力を取り出しソウルに変換、そのソウルを消費して、英霊の魂を現世に召喚する。

 これが召喚の仕組みだ。

 

 まあとりあえず、やってみるのが早いな。


 俺は「魂の権能」に統合された「英霊召喚」の実行を始める。

 

「召喚」

 

 まずは大剣を召喚し、その柄を握る。


 大剣に嵌っている「魂の神玉」、ここに英霊達の魂が無数に眠っているらしい。

 

 まずは英霊達の魂を感じることから……

 

 意識を大剣に嵌る神玉の中に沈めていく。

 目を閉じ集中すると、神玉の中にある無数のソウルの塊を見つけた。


 これが魂か……なんだか不思議だな。

 

 白い光の球体が、暗い海の中の様な空間でいくつも輝いている。


 そしてそれらは、それぞれ様子が違う。

 一際白く輝く魂、情熱の様な赤いオーラを放つ魂とか、十人十色の魂達だ。

 

 そんな無数の魂の中で、『俺を選べ』と強く訴えかけてくる魂が一つ。

 そしてなぜか、まるで引力で引っ張られる様に、俺の意識が向かってしまう魂が一つ。


 うーん、大賢者リビオンを召喚したいんだが……リビオンの魂がどれなのか俺には分からない。


 ひとまず、印象的なこの二つの魂にしておくか。

 仮にリビオンでなくとも、九州の戦いの後でまた召喚すればいい。


 俺は魂を二つ選んだ。


 ここで魂を現世に召喚するのに必要なソウル、それをどこから調達するかなんだが……


 俺の魂から湧き出るソウルを使うのも良いんだが、こっちは今後の戦いで必要になるからひとまず温存したい。


 となると……魔素をソウルに変換すれば良いのか。

 いくつか方法があるが、手っ取り早いのが魔石を使う事だろう。


 俺はインベントリを開き、溜めていた魔石の数を確認する。

 

 ______

 インベントリ

 魔石

 ・F級:201706

 ・E級;478

 ・D級:560

 ・C級:181654 

 ・B級:19280

 ・A級:1790

 ・S級:291

 ______


「え ! ?」


 思わず声を上げた。

 どう見ても数がおかしいし、S級の魔石なんかこんなに持ってたっけか?


「陛下、どうなされましたか?」

 

「いや、ちょっと魔石が多いと思ってな」


「陛下がお戻りになられた際に必要になるだろうと、リュート様主導で配下の者共が総出で集めてまいりました」


 そうか……S級が多いってことは、当然S級ダンジョンを周回したんだろう。

 S級はDランク以下は出現しないから、数が少し不自然なのか。


 なんだか嬉しいね……相当頑張ってくれたんだろう。

 魔石の数を見ればわかる。


「ありがとう。助かるよ」


「いえ、私にはもったいなき御言葉。ぜひそれは、実際に戦っていたリュート様や眷属達に……」


 そうだな……リュート達も労ってやらないと。


 そして俺は、リュート達が集めてくれたS級魔石を200個程ソウルに変換し、英霊召喚を実行した。


 すると先程選んだ二つの魂が、魂の神玉から飛び出した。


 二つの魂はそれぞれ赤と緑のオーラを放ちながら、徐々に人の姿を形成していく。


 そして光が収まり現れたのは、翡翠の髪をした美しいエルフの女性と、赤く燃えるようなオーラを放つ人間の男性だった。


 エルフの女性は自分の姿を確認しながら召喚されたことをまだ理解してない様子。

 それと反対に、燃える様な赤い瞳と赤い短髪の男が、凄まじい圧力を放ちながら俺の方に詰め寄ってくる


「俺様を呼んだのはてめえだな? 俺が誰だかわかってんのかぁ?」


 鋭い目つきで俺を睨み、好戦的な笑みを浮かべる赤髪の男。


「えっと……大賢者リビオンさんですか?」


 多分違う。

 この男からは父さんの様な戦闘狂な匂いがぷんぷんするし、何より賢者っぽく無い。


 だから俺の言葉は、単なる願望だ。


「リビオン? どこの雑魚冒険者と間違えてやがる……いいかよく聞けよ? 俺様は炎の化身! 煉獄のアッシュ様だ!」


 高らかにそう宣言し、「どうだ? 本人だぞ?」という雰囲気の、勝ち誇った表情をしている。


「へぇ……あの? あのアッシュさん?」


 実際知らないんだけど、どこかで聞いた事あるような…… 


「おうおう。そのアッシュ様だ! 灰にされたくなきゃ、とっとと名乗れ坊主――ひっ ! ?」


 アッシュが俺に名乗れと言った時だった。


 突然周囲の気温が一気に下がった。


 そしてあれだけ威勢の良かったアッシュが、その体をびくつかせる。


「アッシュ〜 いえ、貴方〜 元気そうねぇ」

 

 アッシュの後ろから、ミランダさんが笑みを浮かべながらそう言ってきた。

 ニコニコしているが、その目は笑ってはいない。


 壊れたロボットの様にアッシュは振り向き、ミランダさんの顔を見た瞬間に叫んだ。


「ミラ ! ? なんでここに居やがる ! ?」


「私は居ちゃいけないのかしら〜? それが久しぶりに会った妻に言う言葉かしら〜? ちょっと来なさいな〜」


「イデデデ ! ? 悪かったミラ! ごめんなさ──」


 アッシュはミランダさんに耳を引っ張られながら、部屋の隅の方に引きずられていった。


 ミランダさんが妻? 二人は夫婦なのか。


 と言うか結婚してたんだ……指輪とかしてなかったから知らなかった。

 まあそもそも、指輪とか異世界じゃ送らないのかもしれないけど。


 まあ二人はしばらくほっといて、もうひとりのエルフの女性と先に話しておこう。


 エルフの女性を見ると、なにやらボソボソとアッシュの方を見ながら呟いているのが聞こえた。


「煉獄……あの伝説の……あのお方が火の精霊との契約者。そしてその妻ということは、あの方はミランダ・レーニエ様か――」


「あのー、俺は天霧英人と申します。お名前を聞かせてもらっても?」


 そう言うと、エルフの女性はハッと俺の方へ向く。


 ユミレアさんの様に、長く尖った耳を持つ白磁の肌のエルフ。

 そしてユミレアさんとは違って、綺麗に整えられた翡翠髪のショートヘアーが印象的だ。


「ああ、私の名はシルフィーナ・レーネ。見ての通りエルフ、レーネの民だ」


 レーネ……もしかしてユミレアさんが言っていた、前に仕えていた人じゃないかな?


「もしかして、ユミレア・レーネベルトと知り合いですか?」


 試しに聞いてみると、その表情が分かり易く変化した。


「ユミィを知っているのか ! ? あの子はどこに ! ? それにあなたは――」


 シルフィーナさんが混乱しかけた時、突然このリビングの中に、大きな力が現れるのを感じた。


――ゴオオ 


 なんだ? 敵では無さそうだけど……


 目の前の虚空から、二つの小さな生き物が光を放ちながら現れた。


 そして次に俺の持つ大剣が輝き、そこから二つの光が飛び出し、そちらも小さな生き物達だった。


 現れた合計四体の人間ではない生き物達、彼らはそれぞれ多様な姿をしていた。


 そして多様な姿をした四体の生き物は横一列に俺の前に並び、声を揃えて挨拶をしてきた。


『『『『新たな主の誕生、お喜び申し上げます』』』』

 

 最初に現れた二体の方は、一度だけ見た記憶がある。


『『『『我らは四源しげん精霊。世界と新たな主に仕える者なり』』』』


 彼らからは畏怖と崇拝の念が強く伝わってきた。

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