第226話 双槍
Side : アーサー
周囲の音が消え、迫り来るはずの炎の暑さも感じなくなった。
不思議に思っていると、何やら僕の周りで談笑する声が聞こえた。
「いやぁ〜アツいっすな! お二人さん」
「ガラハッド、茶化すのは失礼だぞ! この方は殿下の兄君なのだぞ。不敬罪だ!」
「なんだこの黒いのは……とんでもねえな。俺の剣で斬れるか?」
そして次に、腕の中のセツナが僕の名前を呼んだ。
「アーサー……殿?」
徐に顔を上げると、目の前には髭を撫でながら柔和な笑みを浮かべている御仁がいた。
「おお……本当にそっくりっすな!」
何やら僕の顔を見ておかしな事を言っている。
いやまて、そんな事よりどうなったんだ?
辺りを見回せば、なぜか黒い炎が僕らを避けて後方へと流れている。
これは……魔力障壁? いや、それで防げる様な攻撃じゃない――
周囲の状況に驚いていた時だった。
丁度僕の後ろ側に顔を向けると、僕の視線は一人の男に釘付けになった。
「ぁ……君は……」
金色の髪、綺麗な肌、整った鼻筋、吸い込まれる様な美しい瞳、この世の美をそこに集約させた完璧な造形だ。
あぁ……なんて美しいんだ。
毎朝見ているとはいえ、やはり僕は罪深い美しさ――おっと、見惚れている場合じゃない。
そう、僕のそっくりさんが目の前にいるではないか ! ?
僕が驚いていると、そっくりさんはニコリと微笑んだ。
「初めましてですね……ずっと、お会いしたかったです。アーサー兄上」
彼の口から出た言葉を、直ぐに理解するのは無理だった。
「あに……うえ?」
僕を兄と呼ぶそっくりさんは、何故か涙を流していた。
「私はランスロット。あなたの、アーサー兄上の弟でございます」
弟……僕に?
僕は母を知らない。
父ですら、もう顔も思い出せない。
でも彼は多分、僕と血が繋がっている。
目の前にある、僕に瓜二つの顔がそれを証明している。
「本当に、僕の弟……」
「ええ。正真正銘、私は兄上の弟です。兄上とたくさん話したいところですが、今はここを乗り切りましょうか」
彼は涙を拭き、顔付きが勇ましくなった。
「あぁ……そうだね」
僕も彼と、弟と話がしたい。
今までどこにいて、どんな人生を歩んできたのか。
そして、僕の知らない母の事も。
「兄上、それから雪嶋セツナさん。改めまして、私はイギリス国王エドワード八世が王孫、ランスロットです」
「え?」
国王……の孫? つまり……リアルプリンス ! ?
思わず声が漏れてしまった。
セツナを見れば、横で口をあんぐりと開けている。
「皆、兄上とセツナさんに自己紹介を」
するとランスロット以外の三人の男達が自己紹介を始める。
「私はガウェインと申します。ランスロット殿下のロイヤルガードを務めております。アーサー殿下、お会い出来て光栄でございます」
長く綺麗なブロンドの髪を後ろで一本に縛る、盾と剣を装備した男。
ガウェインは実に誠実そうな雰囲気を醸し出している。
それにしても殿下か……悪くないじゃないか。
「おいはガラハッド。同じくロイヤルガードっすな! よろしく頼むっすな! アーサー殿下」
ガラハッドはいかにも人が良さそうな雰囲気だね。
反対にこっちは……
「パーシヴァルだ」
十字架の耳飾りをした短髪の彼は、少しツンツンしているね。
だが悪い人ではなさそうだ。
彼らは全員かなりの猛者だろう。
僕も昔に比べたら強くなっている自負があるからね。それくらいは感じ取れるさ。
いやぁそれより……ランスロットが僕の弟で、王子様であると。
てことはつまり、兄である僕もプリンスであると……
これは大変だ……
「セツナ……大変なことになってきたね。どうやら僕は、本物のプリンスだったみたいだ。ただでさえ罪深い美しさの僕が、その血から既に高貴だったとは……自分が恐ろしいよ――」
「敵です!」
おっといけない、戦場に立っている事をすっかり忘れていたよ。
周囲の黒い炎はいつの間にか晴れていた。
そしてセツナの向く方を見れば、どこかへ飛んでいった赤鬼が戻って来ていた。
赤鬼を見ていると、おかしな事に気付いた。
「声は全く聞こえないけど、何か喋ってないかい?」
赤鬼の口元は確かに動いている。
それに、他の物音も全く聞こえない。
そして僕の疑問には、ミスターガウェインが答えた。
「今は私のユニークスキルを使っています。私達六人を囲む『界』が、光と重力以外の全てを遮断しています」
光と重力以外を遮断だって?
ああ、さっきの黒い炎はそのユニークスキルで防いでいたのか。
『界』か……言葉から推測するに、空間を区切る能力という感じかな? すごく強そうだね。
「ガウェインの『界』は簡単に言えば、ガウェインが許可したものしか通ることができない結界を生み出します」
マイトゥルーブラザーがそういうと、赤鬼がこちらへ突進してきた。
「大丈夫です! ガウェインの『界』は破られません!」
その言葉通り、振り上げられた赤鬼の曲刀は見えない壁に阻まれた。
その後赤鬼は何度も曲刀を振り下ろすが、ミスターガウェインの「界」はびくともしない。
「今の内に、我々が使える能力を説明しておきましょう。ガウェインの『界』は、ご覧の通り防御に優れています。ですが一度に生み出せる『界』は一つのみなので、あの鬼を前後や左右で挟撃するのは避けてください。どちらか一方にしか『界』が張れなくなります」
なるほどね。
多少の欠点はあれど、とんでもない能力だ。
それをわざわざ明かしてくれる。
手の内を隠して戦える相手じゃないんだけど、これはブラザーからの信頼の証という事だね。
「ガラハッドは大魔術師で、ユニークスキルは『腐食』と言います。魔法に『腐食』の効果を乗せて、相手を弱体化させます」
魔法を当てる程、相手が腐っていくってことかな?
簡単に言えば、後衛のデバッファーだね。
「それからパーシヴァルは剣豪で、『
うむ……要するにミスターパーシヴァルが鬼に攻撃を当てた後、僕達が赤鬼から攻撃を受けなければ良いわけだね。
こちらの攻撃が続く限り、赤鬼に与えるダメージが上がっていくと。
複雑な能力だけど、これなら僕らでも赤鬼に通用するかもしれないね。
「オッケー。だいたい理解したよマイブラザー。まずはミスターパーシヴァルが最初の一撃を当てる。その後は全員でタコ殴りだね?」
「はい。タコ殴りです。ガラハッドの『腐食』が鬼を弱らせ、ガウェインの『界』が防御しますので、臆せず攻撃してください」
マイブラザーは本当に頼もしいね……負ける気がしないよ。
「了解だよマイブラザー。じゃあ行こうか!」
「ええ。それと兄上、そんな妙な呼び方はやめてください。どうかランスロットと」
ふふ……そうだね。
「じゃあランスロット。共にあの鬼を討とうではないか!」
「はい!」
そう言って僕は槍を構えた。
するとランスロットも槍を構えた。
おや? お兄ちゃんの真似かな?
「『界』を解きます!」
ミスターガウェインのその声と共に、僕らは赤鬼に向けて走り出した。
僕とランスロット、セツナとミスターパーシヴァルが先行する。
その後ろから、ミスターガラハッドが光魔法を放つ。
「レイコンバージェンス!」
僕らの隙間を通り抜けた光は、見事赤鬼の肩に命中した。
「フン! ようやく動き出したかと思えば、この程度の攻撃……わざわざ避けるまでもないわ」
魔法を無視して、赤鬼は曲刀を構える。
今の魔法は最低出力で放ったみたいだね。
ダメージではなく、『腐食』の効果を付与するのが目的だろう。
「パーシヴァル!」
ランスロットが名前を叫ぶと、ミスターパーシヴァルが両手に二本の片手剣を持って突貫する。
「ぶった斬ってやるぜ! 一閃!」
攻撃をヒットさせることを優先した二刀の乱舞。
――キキキキン!
しかし赤鬼は、涼しい顔で全ての攻撃を捌く。
「貴様……何か狙っているな? 好きにはさせんぞ!」
攻撃を受け流すことに注力していた赤鬼が、凄まじい太刀筋で反撃を繰り出す。
「ガウェイン!」
ミスターパーシヴァルが叫ぶ。
すると間一髪で、赤鬼の振り下ろす曲刀は不可視の境界に阻まれた。
「レイコンバージェンス! 離脱するっす!」
再び光魔法が飛び、またもや赤鬼の右肩に命中する。
そしてミスターパーシヴァルは赤鬼に背を向けて走り出した。
なるほどね……『界』をトンネルの様な縦長の空間で作ったのか。
これなら安全に距離を取れる。
「兄上! 我々でなんとか隙を作りましょう!」
「ああ!」
僕らは並走して、赤鬼へと攻撃を仕掛ける。
「聖王槍術・
ランスロットの槍は淡く輝き、赤鬼の胸へと突き出される。
「ほう! 貴様槍聖か!」
だが赤鬼は、ランスロットの槍を軽々と弾いた。
普通なら攻撃が赤鬼に移るが、僕がその隙を埋める。
「瞬光槍!」
顔面へと突き出された僕の槍は、上体を逸らした赤鬼に回避される。
その間にランスロットは体勢を立て直し、再び攻撃を繰り出す。
僕とランスロットは、互いに隙を埋め合う。
隙間なく槍の攻撃を続ける内に、徐々に攻撃が当たり始める。
「はあ!」
槍は赤鬼の皮膚を少し傷つける程度だけど、確実に攻撃は当たっている。
「見事な連携だ! だがもう良い!」
赤鬼のスピードが一段階上がった。
多少大振りながらも、避けるには少し辛い一撃が放たれる。
しかし曲刀は、ランスロットの頭上でピタリと止まる。
「くっ ! ? また障壁か!」
チャンスだ……僕は赤鬼の顔に左手を向け、魔力を掌に集める。
「同じ手は喰らわんぞ!」
赤鬼は、ちょっと前に放った
曲刀を持たない左腕で、顔付近をガードする動きを見せた。
僕にも意外な事に、才能があった。
魔力の操作だ。
掌に集めた魔力を、再び自分の体に戻した。
「チッ! ブラフか ! ? 小賢しい真似を!」
苛ついた赤鬼の一撃が僕に迫る。
「今だよ!」
僅かに僕に意識が集中したチャンスを、ミスターパーシヴァルは逃さなかった。
赤鬼の背後に現れ、通り過ぎ様に背中に一太刀を浴びせた。
「ヒットだ! 畳み掛けろ!」
ユニークスキル『
ここからは、こちらの攻撃は命中するたびに強力なものになる。
「よし来たっすな! サウザンドレイ!」
後方から、幾つもの光の球が空に上がる。
そして無数の光の球は、赤鬼に向けて光線を放つ。
ヒット数を稼ぐにはうってつけの魔法だね。
「鬱陶しい魔法使いめ!」
無数に放たれる光線に対して、赤鬼は凄まじい速度で曲刀を振り回す。
「アレを撃ち落とすのかい? なんて奴だよ……」
思わず漏らした本音に、ランスロットが応える。
「全てを防いでいるわけではありません! 我々も攻撃を!」
ランスロットの言う通り、多数の命中する光線もあった。
「よし! このまま仕留め――っ ! ?」
再び攻勢に出ようとした瞬間、赤鬼から強烈なプレッシャーが放たれた。
「我を仕留めると? 矮小な分際で……我が遊んでやっているのも気付かんのか? 腹立たしい!」
橙色のオーラが放たれるのが見えた次の瞬間、赤鬼の姿がブレた。
っ ! ? 後衛が狙われた!
かろうじて捉えた赤鬼は、後ろで援護する二人を狙って突進していた。
「ガウェイン! ガラハッド!」
焦るランスロットの大声が響き渡ると同時に、空間が揺れる様な衝撃が走った。
――ズシン!
赤鬼が振り下ろした曲刀は、ギリギリ間に合った『界』が防いでいた。
だけどさっきまでとは違う。
こんな衝撃音は聞こえなかった。
よく目を凝らせば、ミスターガウェインと赤鬼の間に空間の亀裂の様なものが走っていた。
「やはりな! この障壁はソウル由来のものであったか」
あの黒い炎も完全に防いだ『界』に、ヒビが入ったのだ。
「兄上!」
「ああ!」
僕らはすぐに、彼らの援護に走った。
「聖纏!」
「龍纒!」
可能な限りの身体強化を掛け直し、赤鬼に迫る。
「龍槍術・
僕の背後からの渾身の一撃は、赤鬼の腕に弾かれた。
っ ! ? 腕で ! ?
驚愕する僕の横から、ランスロットが躍り出る。
「大丈夫です! いずれダメージは通ります! 聖連槍!」
ランスロットの連続突きは、命中はするがダメージは皆無だった。
「諦めよ! 貴様らの攻撃など、我の命には到底届かぬわ!」
ダメージが上昇している事など、赤鬼はまるで気付いていない。
それ程に、僕等の攻撃力は低いと言うことだね。
これはしんどい戦いになるね……
それから僕らは、ひたすらに攻撃を続けた。
赤鬼は僕らの攻撃を無視して、一撃確殺の曲刀を振るう。
僕とランスロットの連携に加えて、セツナとミスターパーシヴァルが隙を埋める攻撃を放つ。
感覚を研ぎ澄まし、攻撃の予兆を察知する。
無理な攻撃はせず、『界』による防御も駆使してヒットアンドアウェイを続けた。
そうして長く続いた極限状態の戦闘は、突然終わりを迎えた。
――シュッ
ランスロットの槍が、赤鬼の頬を傷付けた。
「む?」
赤鬼の動きが一瞬止まった。
今の一瞬で、全員が判断した。
好機だと。
「断絶剣! 乱舞!」
ミスターパーシヴァルが、剣術の奥義スキルを二刀の片手剣で連続で発動する。
「オラオラオラア!!!」
――シュッ! キン! ザシュ!
最後の一撃が、赤鬼の腕を深く抉った。
「っ ! ? どうなっている! ?」
驚愕している絶好の隙に、僕は背後から突きを放った。
しかし赤鬼は驚異的な反応速度で振り返り、僕の槍を弾く。
――キン!
まずい ! ?
ここに来て、僕はトドメを焦った。
ダメージは上がっていても、僕らのスピードは赤鬼にとっては遅かったのだ。
「甘いわ! 死ねい――」
――ブシャア!
僕が三度目の死を覚悟した時、曲刀を振り上げようとした赤鬼の右腕が飛んだ。
「なっ ! ?」
完全に、赤鬼の動きが止まった。
なんてタイミング……やっぱり僕は神に愛されているね!
これは多分、ミスターガラハッドの『腐食』の影響だ。
執拗なまでに、赤鬼の右肩を狙っていた。
僕は身体を覆う魔力の全てを、両腕を通して槍に流す。
「はああ!!!」
全身全霊の一撃で、赤鬼の心臓を貫いた。
──グサリ
「ガアア ! ? おのれ貴様らあ!」
赤鬼は残る左腕で、僕に反撃を仕掛けてくる。
く……僕には復活スキルがある!
ここで引くわけにはいかない!
死を覚悟し、胸を貫く槍を強く握る。
そして赤鬼の左腕が迫った時だった。
「真雪嶋流・初雪」
――スパン!
見事なまでの美しい刀が、魔力の雪を降らせながら赤鬼の左腕を斬り飛ばす。
「聖王槍術・
赤鬼の胸から、ランスロットの槍が飛び出す。
「ガアアアア ! ?」
赤鬼の絶叫が響く。
そしてランスロットの槍が神々しく輝き、その光が弾けた。
赤鬼を飲み込む光は柱となり、天高く昇る。
「おのれ! 人間如きがああ――」
光の柱の中から赤鬼の絶叫が響くが、それも数秒で聞こえなくなった。
光が細くなりその輝きが収まると、赤鬼の姿は跡形も残ってはいなかった。
勝利を認識した僕は、その場に仰向けに倒れた。
「ふぅ……勝ったんだよね」
あぁ……もう力が入らない。
極限状態の疲労が、一気に押しよ寄せてくる。
そして力無く寝転がる僕の頭に、不思議なアナウンスが鳴り響いた。
『天霧英人のレベルが100に到達しました――試練が終了します』
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