第225話 アーサーという男
Side:雪嶋 セツナ
『セツナ……お主は一度、他所のクランに入りなさい。お主に足りないものが見えてくるやもしれん』
父上にそう言われた私は、「龍の絆」にやってきた。
天霧英人に英雄杯で敗れた私は、クランに入ってしばらくは彼を観察していた。
彼を一言で言うなれば狂気だ。
睡眠や食事以外では、ほぼ全てトレーニングをしていた。
クランの執務をしている時間もあれど、彼は朝一番から夜遅くまで、何かしらのトレーニングで常に体を動かしていた。
私は彼の様にはなれない。
1日のほぼ全てを、強さを追い求める事に私は費やせないし、その理由もない。
そんな彼の狂気に少しばかり恐怖し、彼の様に強くはなれないと思っていた矢先、吸血鬼の大侵攻が起きた。
そこで私は、天霧英人とは別の強さを持つ男を見た。
アーサー。
彼は己を犠牲に、名前も知らない市民を救った。
そんな人間、物語の中にしか存在しないと思っていた。
それから私は、アーサーという男が気になった。
彼が何を考えているのか知りたくなった。
そしてしばらくアーサー殿と行動を共にして、わかったことがある。
彼は一人なのだ。身も心も……
「ミス・セツナ、準備はいいかい?」
「はい」
私とアーサー殿は赤鬼と対峙する。
「お前達が我の相手か……舐められたものよ」
赤鬼は大きな曲刀を担ぎ、私達を見てそう言った。
「僕が前に出る。ミス・セツナは援護を頼むよ。無茶はしなくていい。もしもの時は、君が逃げる時間は稼いでみせるさ」
彼はこういう男だ。
もしもの時は自分が犠牲になると言っている。
少し前に調べたら、アーサー殿は戦争孤児だということが分かった。
ジャーナリストの父はイギリスにて戦死、母は誰かも分からない。
施設で育った彼に、親族は居ない。
だからじゃないだろうか?
彼が自分を犠牲にするのは……天涯孤独の自分の命は、家族のいる私達よりも軽いと、本気で思っているんじゃないだろうか?
自分の死を悲しむ人間なんて居ないと、そう思っている気がしてならない。
「いいえ、私は逃げません。死ぬ時は、二人一緒です」
貴方を一人にはしない。
「おっと、なんて素敵なプロポーズなんだ。フフフ……僕も罪な男だね」
「みんながみんな、貴方の様に冗談を言うとは限らないですよ?」
「おぅ……ん? それはどういう――」
「来ます!」
「我の前で談笑とは余裕だな! 人間!」
――カーン!
赤鬼の攻撃を、私は鞘に収めた刀でガードした。
「ぐっ ! ?」
なんてパワー……正面の打ち合いではまず敵わない。
「僕に任せてくれ!」
私は赤鬼と押し合いになる前に、攻撃を受け流しつつ後ろに飛んだ。
直後にアーサー殿と赤鬼の撃ち合いが始まり、槍と曲刀が激しくぶつかる。
私は抜刀の構えを取り、赤鬼の隙を窺う。
あの鬼、ただ力押しで攻撃してくるだけの脳筋とは違う。
アーサー殿と撃ち合う中も、私が常に視界に入るように立ち回っている。
武器の扱いも超一流、アーサー殿の攻撃は尽く去なされ続けている。
そしてその高度なフェイントに、武術の初心者であるアーサー殿は対処できない。
「フン! 未熟も未熟! 出直して参れ!」
「くっ ! ?」
体勢を崩すアーサー殿に、赤鬼の攻撃が容赦なく迫る。
「真雪嶋流――残月!」
一瞬で赤鬼へと接近し、振り下ろされた曲刀を抜刀術で打ち返す。
――キーン!
「チッ! 鬱陶しい小娘が!」
赤鬼の蹴りが飛んでくるが、私は直ぐに赤鬼から離れる。
そして刀を納刀し、再び抜刀の態勢を作る。
今のが赤鬼の渾身の一太刀ではないだろうけど、弾いて軌道を逸らす位はできた。
新たな技能に昇華した「真雪嶋流抜刀術」は、ちゃんと通用した。
過去の「雪嶋流抜刀術」に限らず「村雨流十槍術」などの流派は、武術とは名ばかりのものだった。
それらは古くからある剣術や槍術の動きに合わせて、スキルを発動しただけに過ぎない。
刀の抜刀に合わせて、剣術Lv1「一閃」を発動。
すると抜刀した刀は、スキルの分だけ加速する。
言うなればこれは、不完全な武術。
スキルを上乗せしなければ、ただの古き抜刀術と変わらない。
だけど魔力を操作できる様になった今、「雪嶋流抜刀術」はようやく、本当の意味で完成した。
刀身に魔力を纏わせ、刃はより鋭くなる。
鞘内にも魔力を流し、抜刀までの間に刀身を魔力で押し出し続けることで、抜刀の際にそのエネルギーを放出する。
納刀状態が長く続く程、一撃は強力なものになる。
「鬼さんこちら! 君の相手は僕さ!」
再びアーサーが距離を詰める。
「フン! 小僧、お前はつまらん。なんだその槍捌きは? まるで成っとらんわ!」
アーサー殿は武術に関しては素人だが、油断は禁物だ。
彼は時折、予想もしない一撃を放つ時がある。
「もうよい! 死ねい!」
赤鬼の太刀筋が、ほんの少し大雑把になった。
狙っているのか分からないけど、アーサー殿を侮り一撃が雑になった時に限って、彼は牙を剥く。
「隙有りだね!」
少し大振りになった曲刀の一撃、それを受けることなく寸前で躱し、アーサー殿は赤鬼の顔面めがけて魔法を放った。
「
「なっ ! ? 貴様魔術を ! ?」
――ドーン!
赤鬼の顔に火魔法が直撃し、火の手が上がる。
私は炎が視界を塞いでいる内に、赤鬼の懐に潜り込む。
「真雪嶋流・
赤鬼が防御を取る動きはない……ガラ空き!
抜刀した刀は赤鬼の首元に吸い込まれ、 その首を落とすかに思われた。
しかし刀は、赤鬼の首に数ミリ食い込むだけに留まった。
「なっ ! ?」
「今のは良かったぞ? だが残念、地力の差だ」
赤鬼は刀を掴み、私の離脱を妨害。
そしてもう一方の手に握られた曲刀は、すでに私に向けて突き出されていた。
刀を捨てて離脱するしか ! ?
一瞬でももたついている場合では無かった 。
これが赤鬼の言う地力の差、フィジカルが違いすぎた。
私の反応速度を超えた一撃、回避はすでに困難だった。
曲刀が私を貫く直前、私の体は横から突き飛ばされた。
体は宙を舞う。
当然、私を突き飛ばしたのはアーサー殿だった。
強引に体をねじ込んだアーサー殿に、曲刀が突き刺さる。
「がは ! ?」
「アーサー ! ?」
地面に転がった私の目には、彼の二度目の死が映っていた。
胸を曲刀で貫かれたアーサーは明らかに致命傷、力が抜けた様に手足を揺らす。
「何故自ら死にに行くのだ? 人間は理解に苦しむ」
赤鬼は血振りをする様に、曲刀に突き刺さるアーサーを払う。
大丈夫……アーサーはまた起き上がってくる。
私は彼のソウルスキルを信じるしか無かった。
「興醒めだな……所詮人間はこの程度よ。ほれ、これは返してやる」
私の刀を、赤鬼はこちらに放り投げた。
武器をわざわざ返してくれる。
それほどまでに、赤鬼と私達の差は歴然だった。
まだ……アーサーはまた起き上がってくる。
それまでは、私も立ち上がらねば……
目の前に突き刺さった刀を握り、立ち上がった時だった。
遠くから、凄まじい魔力の高まりを感じた。
「む? おのれアイの奴め……我を巻き込む気か ! ?」
赤鬼が目を向ける方向を見る。
すると遠くの方に、黒い炎の塊が見えた。
あれは……
なんて魔力なのだ……質も量も、想像を絶する程の魔力が蠢いていた。
黒い炎は次第に大きくなり、かなり遠いはずのこの場にも熱が届き始めた。
まさか……あれはこの場所にも到達すると言うのか?
その答えを示すように、赤鬼が大きく跳躍し、この場から離れていく。
赤鬼の行動で理解したと同時に、逃げる間も無く黒い炎の塊が爆ぜた。
「あぁ……」
超高密度の魔力の波が、凄まじい速度で迫る。
あれは……一瞬で消し炭になるだろうな。
痛みは無さそうだ。
そして黒い炎の波は、数秒と経たずに視界を覆った。
私は静かに目を瞑った。
しかし目を瞑ると同時に、私を呼ぶ声が聞こえた。
「セツナ!」
アーサーだ。
迫り来る黒い炎から庇おうと、彼は私を抱きしめる。
やっぱり貴方は、また起きがってきた。
二度の死から起き上がる。
そして再び、私のために三度目の死を迎える。
黒い炎はおそらく、ヒト一人が壁になったところで意味はないだろう。
私は死に、アーサーだけが生き残る。
私は静かに、彼の体を抱きしめ返した。
そうして最後の瞬間を噛み締めようとした時、再び声が聞こえた。
『界』
その言葉の直後、黒い死の波の魔力を一切感じなくなった。
黒い炎の轟音は止み、辺りは静寂に包まれている。
そして私とアーサーの周りに、四人の魔力の気配があることに気付いた。
「いやぁ〜アツいっすな! お二人さん」
「ガラハッド、茶化すのは失礼だぞ! この方は殿下の兄君なのだぞ。不敬罪だ!」
「なんだこの黒い炎は……とんでもねえな。俺の剣で斬れるか?」
呑気な男達が、私とアーサーを囲んで談笑している。
不思議に思って目を開けると、周りには四人の騎士風の男達がいた。
そして四人の男の内の一人の顔を見て、落雷の様な衝撃が走った。
「アーサー……殿?」
アーサーと瓜二つの男がそこに居た。
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