第224話 乱入者

Side:天道 レイナ





 隕石の様に火を纏った、縦横数メートル程の物体が落下してきた。

 氷を前方に張って衝撃に備えていたのだけれど、不思議な事に一切の衝撃は来なかった。


 何の音もなく、見ていたものが幻だったかの様に辺りは静かだった。


 何が起こったの…… 

 

 急造で張った氷の壁を、向こう側が見える様に透明度を変える。

 そして透明の氷の向こう側には、落下してきたと思われる球状の物体があった。


 鉄製の球体には、一つだけ扉の様なものがある。

 そして球体の中から、複数の魔力の反応を感知した。


 明らかに人工物……しかも中に人が?


「修二、あれは何? 自衛軍の増援?」


 修二からはそんな報告は受けてなかったけれど、一応確認した。


『いや、多分敵だ。作戦本部にはどこからも連絡は来ていない。気を付けろ』


 修二との会話の直後、球体の扉が開き、中から人が現れた。


「ゲハハ! よくやったぜニコライ!」


「うっぷ……アバルキンさん、流石に気持ち悪くなったっす。もう吸えそうに無いっす……うぅ」

 

 モヒカンの大男が、野人の様に生い茂った髭を撫でながら扉から現れた。

 その後ろからニコライと呼ばれた小男が、口元を押さえながら現れる。


 更にその後も中から探索者と思われる人達が続々と現れ、合計で十人ほどの部隊となった。


 私の視界を共有して見ている修二が、すぐに敵の情報を調べてくれた。


『だめだ、誰も検索にヒットしねえ。顔立ちからして……北欧系か?』


 こんな所にわざわざ少数で来るくらいだから、それなりに腕が立つんだろうけれど……誰の情報もないなんてね。


 あの背中に斧を背負ったモヒカンの大男は、まさかとは思うけれど「斧聖」じゃないかしら?


「斧聖」はたしかロシア所属らしいけれど、表に一切の情報が無い為に、ロシアのハッタリでは無いかとも言われていたわね。


 確かに、あの男からはタオやレオナルドと同じくらいの魔力を感じる。

 他の連中も、トップクラスの探索者達で間違いないわね。


 彼らの目的は多分、他の国と同じで九州を手に入れる事。

 当然敵だけれど、青鬼がいる状況でどう動くかしらね……

 

 私は地上に降り、ロシア軍と思われる人達に接触する。

 

「あなた達、一応聞いておくけれど、協力してくれる気はあるかしら?」


 先頭に立つモヒカンの大男が、私の呼びかけに反応する。


「んあ? ああ、お前さんのことは知ってるぜ? 氷の嬢ちゃん」


 不敵な笑みを浮かべるモヒカンからは、協力してくれそうな雰囲気は感じない。


「協力ねぇ…あのバケモンみてえに強そうな鬼、あれに苦戦してるんだろう? 良いぜ! この『斧聖』アバルキン様が共闘してやるよ」


 やっぱり、ロシア軍で間違いなかったわね。

 言葉ではああ言ってるけれど、協力する気はなさそうに見えるわ。

 油断はしないほうがいいわね。


 青鬼をまず倒さなければ、どの道ロシア軍も私も無事では済まない。


 三つ以上の勢力がいる乱戦では、共闘がセオリーになる。


 ロシア軍も、あの青鬼の強さが分からないほど馬鹿ではないみたいね。


「話は纏まったかえ? 妾であれば、汝ら程度の人間がどれだけ集まろうとも構わんぞえ」


「言ってくれるじゃねえかよ。後で泣いても生かしてやらねえぜ?」


 何だか、ロシア軍の雰囲気に違和感がある。


 青鬼の強さは規格外。


 それは相対した探索者なら分かるはず。

 最強と謳われる聖者達でさえも、敗北する可能性の方が圧倒的に高い。


 それなのにモヒカンはもちろん、その取り巻きの誰もが、自分たちが勝利することを信じているような雰囲気がある。


 ユニークジョブの強さを盲信している?


 いいえ、これは多分…何か切り札のようなものがありそうね。


 なら、それを利用させてもらおうかしらね。


 竜神刀・おかみを構え、私は青鬼へ攻撃を仕掛ける。


「魔力巡纏!」


 龍気を温存するため、あまり使わない魔力は身体強化に回した。


 青鬼へと疾駆すると、当然青鬼からの妨害が始まる。


 周囲に無数の火球が出現し、私の行手を阻む。


「ハア!」


 私の進路上にある火球は龗で斬り払い、それ以外は氷の壁を張って爆発を凌ぐ。


――ドーン!


 そろそろ火球の攻撃も慣れてきたわ。

 爆発の衝撃が私に来ない様に、最低限の氷を火球の横に張ればなんとかなりそう。

 進路を邪魔する火球は、竜神刀・龗で斬っていけば問題無いわ。

 

 多少の爆発を受けつつも、私は青鬼の正面に躍り出た。


 龗に龍気を流し、展開される魔力障壁の上から竜神刀を振り下ろす。

 

――キーン!


 硬すぎる……でも!


 障壁にぶつかる龗に、更に龍気を上乗せする。

 

――ピキッ


 すると、魔力障壁に少しだけ亀裂が走る。


「ほう……少しはやるえなぁ。でも、いいのかえ?」


 青鬼が言いたいことはわかっている。

 

「ええそうね……やっぱりそう来ると思ってたわ」


「――ゲハハ! ガラ空きだぜぇえ!」


 私は背後に、高密度の氷を生成した。

 

――キーン!


「さすが氷姫様だぜ! その若さで名を馳せているだけはある。ただのお嬢ちゃんじゃねぇってわけだな!」


「悪いけど……もうユニークジョブが最強だった時代は終わったのよ」


 青鬼が展開する魔力障壁の表面を、一時的に氷で覆う。


 青鬼はおそらく、視界がなくても魔力の動きで私を捉えられる。

 それでも、このモヒカンを攻撃する少しの時間は稼げるはず。

 

 青鬼に背を向け、氷に斧を振り下ろすモヒカンを視界に収める。


 足に龍気を流し、振り返ると同時に回し蹴りを放つ。


 私の動きを、おそらく斧聖は追うことができない。


 私の蹴りがモヒカンの顔面に吸い込まれていく。


 反応されることなく、私の蹴りはモヒカンの頬を打ちつける。


「げはっ ! ?」


「「アバルキン将官 ! ?」」 


 斧聖を蹴り飛ばすと同時に、取り巻き達が一斉に動き出す。


 数名がモヒカンをカバーする動きを見せ、そのほかは私と青鬼に攻撃を仕掛けようと動く。


 執拗にロシア軍を追撃する必要はないわ。

 彼らには居てもらったほうが、青鬼の突破口につながるかもしれない。

 

 モヒカンへの追撃はせず、一度青鬼から離れようとした時だった。


 背後から、異常なまでに高出力の魔力が蠢く。


「フフフ……妾を前にまだ争うのかえ? そんなお前達には、妾しか見えぬようにしてやろうぞ」


 これはまずいわ ! ?


 振り返って青鬼を視認する余裕は無い。

 それほどの魔力の脈動――直ぐに回避を! 


 青鬼に背を向けたまま、全力で青鬼から離れる。


 走る背後では、青鬼の魔力が高まり続ける。


 そして突然周囲が明るく照らされ、走る私の前方に影が現れた。

 

 その影は私だった。

 前方に長く伸びる私の影はおそらく、後ろで光源となる青鬼の魔法によって現れたもの。


 更にその影から、ジンの分体が顔を出す。


「レイナ! あれはヤバイ! 俺の影に飛び込め!」


 万が一の時のための緊急脱出として、ジンの闇魔法による影移動ができる。

 影に入れば、私はあの魔法から逃れられる。

 

 一瞬の思考の末、私はジンの提案を却下した。


「私は良い! 後方で戦う自衛軍の部隊を避難させて!」


 おそらく青鬼のあの魔法は、今現在ライカンの群れと戦闘中の自衛軍の防衛ラインに到達する。


 ジンはタオを大分側に移動させたらしいから、魔力に余裕があるわけじゃないはず。


『レイナ! ジンの言う通りに!』


 通信魔道具から修二の声も聞こえてきた。


「あの人数は無理だ! 全員は避難させられない。ならばお前を避難させたほうが現実的――」


 私はジンの言葉を遮る。

 

「私は良い!!! 何度も言わせないで! 早く行って!」


「くっ……頑固な奴め」


 ジンはそう言って私の影に潜ると、ジンの気配は完全に消えた。


 それと同時に私は立ち止まり、青鬼の方へと振り返る。


 先ほど青鬼を閉じ込めた氷は既に無く、黒い炎の塊を頭上に掲げる青鬼がいた。


 黒い炎の球体は眩い光を放ち、だんだんと膨れ上がっている。

 

「これくらいで良いかのう……極火魔法・黒陽波――死んではつまらんぞえ?」


 青鬼が錫杖を振り下ろすと同時に、黒炎の塊が爆ぜた。


 全方位に凄まじい速度の黒炎の波が放たれた。


 視界が黒で染まった。


「氷結!」


 ソウルスキルを全力で発動し、前方に氷を張る――


――が、生成した側から氷が蒸発を始める。


「降らせ高龗!」


 竜神刀で雨を降らせるが、黒炎の熱波で私の元まで雨粒は届かなかった。


 氷が蒸発して生まれた水蒸気をかき集め、私は前方に氷を生成し続けた。

 

「くっ ! ?」


 氷の障壁を、なんとか維持することには成功した。

 だけど少しでも力を緩めれば、私は一瞬で消し炭になるわね。

 

 氷の壁に阻まれた黒炎は、左右に分かれて後方へ流れていく。


 視界は氷と黒炎だけ。


 肌がチリチリと焼かれていくのが分かる。


 汗は吹き出してすぐに蒸発し、呼吸もままならない。


 熱い……苦しい……痛い。


「――ぁああああああ!!!」


 死にたくない……こんな所では……死なない!


 

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