第223話 VS青鬼

Side:天道 レイナ




 熊本市内に入った私達の部隊は、周囲の民家やビルの中を隈なく捜索していた。


『こっちの衛星でも確認したけど、熊本市内に生物の反応は無いな』


 修二からの通信の通り、私の探知にも何も引っ掛からなかった。

 民間人はもちろん、オーガの姿も無かった。

 

「民間人の救出を急いだ方がいいかも知れないわね。明朝に阿蘇山へ向けて出発するわ。民間人護送用の部隊を派遣しといてもらえる?」


『それについてだけど、ルーシー様が博多を出発して熊本市に向かっている。街道の瓦礫が撤去されているお陰で、明日の正午には到着予定だ』


 聖女様の救援部隊、これほど頼もしい存在はいないわね。


 オーガとの戦闘で、どれだけ負傷者が出るかわからないもの。


 そうして修二と明日の打ち合わせをしていると、戦いの火蓋は突然切られた。


『――ォーン!』


 阿蘇山の方角から微かに、遠吠えの様なものが聞こえてくる。

 

「これは……ライカンの遠吠え? 修二、状況はわかる?」


『どうやら敵襲みたいだ。ライカンスロープの群れを先頭に、敵軍がこっちに向かって来てるぞ!』


 阿蘇山で大人しくしていると思ってたけれど、ここで動き出すのね。


 私はすぐに、部隊全員に指示を出す。


「東の阿蘇山から敵軍が接近してるわ。各隊戦闘準備を」


「「「了解」」」


 指示を出してすぐに、再び修二から通信が入る。

 

『レイナ、戦闘機による航空支援と、戦艦に搭載されているミサイルの使用許可が降りた。どんどん使っていけ』


 周囲に民間人が確認されなかった事で、自衛軍による支援が可能になったわね。


 敵に有効かどうかは分からないけれど、積極的に使っていきたいわ。


「ありがとう。ポイントのマークは頼んでもいいかしら?」


『もちろんだぜ! 視界に敵を収めてくれれば、マジックアイ越しにターゲットしていくぜ』


 修二の返事を聞いた私は龍翼を展開して、最前線になるであろう熊本空港上空に向かった。





 熊本空港の上空に着くと、すでに魔道戦車による攻撃が始まっていた。


――ドーン!


 魔道戦車に搭載されている魔道砲の砲門から、高出力の魔力弾が東に向けて発射される。


 魔道砲は勿論レグナ社製の兵器で、一般的には流通していない。

 威力がどの程度かわからないけれど、魔物相手に通用するのかしら?


 空から地上の様子を見ると、効果はイマイチといったところだった。


――ドーン!


 発射された魔力弾がライカンスロープの群れの先頭に直撃したけれど、致命傷にはなっていない。

 

 ライカンの体を少し傷つけるくらいで、敵軍の進行を多少遅らせる程度の効果だった。

 

 効果は薄いけれど、敵も無傷というわけでは無いみたいだから、やらないよりはマシね。


「修二、ミサイルと爆撃をお願い」


 ライカンの群れがまだ遠い内に、航空支援の要請を行う。


 街に近くなると建物への被害が酷くなるからね、使える時に使っておきましょう。


『了解だぜ』


 修二の返事から数秒後、背後から轟音が聞こえてくる。


 魔道戦闘機が4機、私の頭上を通過した。


 そして戦闘機はライカン達の頭上から爆撃を開始した。

 

――ドドドドーン!


『お、どうやらこっちは有効みたいだな!』 


 修二の言う通り、爆撃の方は効果があった。


 土煙の隙間から、倒れて動かなくなったライカン達の姿がちらほらと見えているわ。

 

『7秒後にミサイルが着弾するぞ。衝撃に備えてくれ』 


 修二の通信を聞いて、すぐに地上の自衛軍の部隊に注意を促す。


「7秒後にミサイル着弾。備えて」


 できるだけ簡潔に、各隊へ指示を送る。


「「「了解」」」 


 そしてキッチリ7秒後、小型のミサイル群が私の頭上を通過した時だった。


 ライカンの群れの後方から、大きな魔力の高まりを感知した。

 

 そして直後、群れの後方から高密度の火球が放たれた。


――ドーン!


 無数の火球は高速で上空に飛来し、こちらのミサイルは全て撃ち落とされてしまった。


 火球の出所に目を向けると、二体の鬼がいた。


「あれは……」


 暗くて見にくいけれど、あれは間違いなくジンが偵察した時に確認された鬼ね。

 

 赤い鬼と青い鬼……


 二体の鬼と視線が交差する中、通信魔道具から氷室戦也の声が聞こえた。


「ボス、S級ダンジョンからオーガの群れが出てきた! こっちで対処しても問題ないな!?」


「ええ、お願いするわ」


 私は鬼から目線を外さず、そのまま他の部隊に指示を出した。


「雪嶋師範、氷室兄弟の援護をお願いします。それからアーサーとセツナさんは、最前線まで来てもらえる?」


『心得た』


『そう言われると思ってね、丁度そっちに向かってたところだよ』


 アーサーからの通信の直後、後ろから二人の魔力を感知した。


「あれを倒すんだね?」

「私達三人で倒せるでしょうか?」


 横に並んだ二人は、すぐに赤鬼と青鬼を見つけてそう言った。


「やるしか無いのよ。私は青鬼を、二人は赤鬼をお願い」


「そうだね……死んでも勝ってみせるさ」 

「わかりました」


「いきましょう……」


 私を先頭に、赤鬼と青鬼のいる敵部隊後方へと飛んだ。


 私達三人が赤鬼と青鬼の元へ近づいても、鬼達は動きを見せない。


 ニヤついた表情がムカつくわね……


「二体を分断するわ」


 赤鬼と青鬼の間に、上空から氷の壁を生成しようとソウルを広げた瞬間だった。


 氷の生成前に、赤鬼と青鬼は左右へ大きく跳躍した。


 ソウルに反応した ! ? 


 英人みたいにソウルが見えてる……いや、ただ単に勘がいいだけ?


「二人とも油断しないで!」


「もちろんさ! すぐに片付けて、そっちに合流するよ」

「鬼退治です」


 アーサーとセツナさんは赤鬼の元へと向かい、私は青鬼を追いかけた。




 跳躍した先で立ち止まり、こちらを見つめる青鬼の前に着地した。


「白髪の女……お主が妾の相手をしてくれるのかえ?」


 青鬼は、ダンジョンで見るオーガとは違った風貌だったわ。

 背丈は私と変わらず、着物の様な装いに、手には魔術師と思われる錫杖を持つ。


 近くで見ると、魔物というよりは人間に近いと言えるわね。


 青い肌に鋭利な角、そして長く伸びる青い髪の隙間から、青く輝く瞳が覗いている。


 瞳は夜の暗がりの中で怪しく光り、真っ直ぐと私を見ている。


「人間にしては、そこそこの力を持っておるえなぁ……精々妾を楽しませておくれぇ?」


 青鬼がそう言った直後、私のすぐ後ろで魔力が膨れ上がるのを感知した。


「っ ! ?」


――ドーン!


 背後で突然爆発の様なものが起こった。


 魔力を感知してすぐに背中を氷で覆ったおかげで、特にダメージは無かった。


 やっぱり魔術師だったわね……それにこれは多分、魔素領域支配術ね。


 魔法は基本的に術者から発生すると、ミランダ師匠から教わったわ。

 術者の魔力を使う以上、魔法は術者から出る魔力の流れを見逃さなければ、その発動を予測できると。


 でも今の攻撃、青鬼に魔力の挙動は見られなかった。

 突然背後で魔力が爆ぜたわ。


「魔素領域支配術」は大気中の魔素を使い放題だから、魔力切れは見込めない。

 むしろ時間が経つ程、こっちの消耗で不利になるわね。

 

「ほう……氷かえ? それもソウルの……能力は恵まれておるえなぁ」


「そうかもしれないわね……降らせ高龗たかおかみ!」


 夜の空に雨雲が広がり、周囲はいっそう暗くなる。


 一瞬にして辺りには湿気が充満し、ポツリポツリと雨が降り出す。


「神器まで所持しておるのかえ? これは楽しくなろうぞ」


 雨が降り出すとすぐに、青鬼を魔力の障壁が囲んだ。


 高龗たかおかみの雨は、相手の肉体に触れないと意味が無い。


 雨は障壁に防がれると判断した私は、すぐに雨粒を氷の槍に変える。 


氷槍瀑連ひょうそうばくれん!」

 

 氷槍の雨が障壁を打ちつける。


 が、一本たりとも魔力障壁を貫けなかった。


「まだまだ青いぞえ? その程度の意思では、妾の障壁は貫けぬぞえ」


 青鬼はそう言いながら、私への攻撃を開始した。


 突然周囲で火球が生まれ、気付いた次の瞬間には爆発し始める。


――ドン! ドドン!


「くっ ! ?」


 周囲で無数に展開される火球。


 左右にステップでよけても、避けた先で火球が生まれる。


 避けきれないものは氷の壁で対処し続けた。


「逃げるだけなのかえ?」


 後衛である魔術師は接近されたら弱いってよく言うけれど、ここまで極められたら前衛より厄介だわ。


 このままじゃジリ貧ね……

 

 青鬼の魔力障壁、あれを突破できれば話は早いのだけれど……私の場合、敵の防御を破る高火力の攻撃手段が乏しい。


 龍気をこの「竜神刀・おかみ」に集めた一撃、攻撃力で言ったらこれが一番かしらね。

 

 突破口を模索しながら、青鬼の攻撃を回避し続けていると、上空から凄まじい轟音が響き渡る。


――ゴオオ!


 青鬼を警戒しつつ、隙を見て頭上を確認していると、轟音はどんどん大きくなっていく。


 何……青鬼の攻撃?


 そう考えると同時に、青鬼からの攻撃が止んだ。


 見れば、青鬼は空を見上げている。

 

「ほう……人間は面白い事をするえなぁ」


 空を見上げると、高龗が作り出した雨雲を突き破り、隕石の様な火の玉が現れた。

 

 隕石……それも青鬼の攻撃ではない?


 隕石は光を放ちながら、真っ直ぐ私と青鬼のいるこの場所に落ちてきている。


 見ている場合じゃないわね。


 すぐに落下地点を予測し、そこから距離を取る。


 翼で上空へと飛び、正面に氷の障壁を展開した。


 そして数秒後、隕石は強烈な光を放ちながら、前方の地面に落下した。

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