第221話 内通者

Side:ジン


 


 俺は本体を龍の絆のクランハウスに置き、皆の影に潜ませた分体で戦場の状況を見ていた。


 そして今、未来の前に弓聖が現れた。


 一度弓聖に攻撃をさせ、居場所を特定して真壁に足止めをさせる。


 そんな作戦を立てていたが、敵の方が一枚上手だった様だな。


 また気になるのが、未来が勇者となった事を、弓聖や中国軍の兵士は知っていた。


 これまで他国の軍勢は、日本側の動きを読んでいるかの様な行動を多々見せていた。

 

 EUや東南アジア軍は、レイナ達探索者の部隊がいない南側から侵入してきた。

 結果的にはユミレア殿とリュウキが秘密裏に南側で行動していたことで、それを知らないであろうEUと東南アジアを抑え込んでいる。


 レイナや軍の上層部は、他国へ情報を流している者が部隊に紛れていると考えていたな。

 

 今までは俺もそう思っていたが、中国軍の動きを見て考えが変わった。


 未来が勇者だと知っている者は、行軍中の部隊ではレイナやアーサーといった、龍の絆の幹部達のみだ。

 

 彼らが情報を流しているというのは考えにくい、英人と契約している以上、英人や日本を裏切るメリットはほぼ無いだろう。


 だとすれば……


「ねえジンジン……レイナ達は生きてるアルか?」


「ああ、今の所な。だが未来達の方に、お前の仲間が襲撃に来ているぞ」


「仲間……そうアルか、やっぱり国は動いているアルか。ウチはハブられてるネ……もう仲間だと思われてないネ」


 タオが嘘をついている様には見えない。


 本当に何も知らない可能性が高い。


「ウチはダーリンがいれば良いネ。みんな勝手にすればいいネ……でも、レイナ達が死んだらダーリン悲しむアル……ジンジン、ウチはいったいどうすればいいアル? うぅ、ダーリン……」


 こいつはずっとこんな状態だ。


 俺にレイナ達の安否を訪ねては、一人で気を落としている。


 これまで、こんな感じでタオに戦場の情報を話してしまっていた。

 そしてタオと常に一緒にいる女、ワン・リーフェイにも同様に話を聞かれていた。


 この二人なら、日本側の動きも未来が勇者になった事も把握している。


 現状俺の中で、他国に情報が漏洩している原因はこいつらだと思っている。


「タオ様、今から九州に行っても時間がかかります。到着した頃には手遅れかもしれません」


「それもそうアルな……ウチはダーリンのそばに居るネ」


 もし情報がここから漏れていたとしたら、今の状況は俺のせいでもある。


 責任はしっかりとらないとな……


 調査する時間は無いのでな……少し手荒に行こう。


 胡座で目を閉じていた俺は立ち上がり、ソウルスキルを発動する。


並行世界の複写パラレルワールド・トレース


 闇魔法を極めた並行世界の俺をトレースする。


「ジン殿?」


「怖い顔して、急にどうしたアル?」


 一度だけ、自分から答えるチャンスをやるか。


「他国に情報が漏れている話はしたな? 俺はその原因がお前達のどちらか、あるいは両方ではないかと疑っている。心当たりはあるか?」


 俺の質問に嘘で答えようが、その感情や内面は隠せない。


 俺の適正である闇魔法は、魔法の中で最も因子の数が多い。


 ああ因子と言うのは、火魔法なら『火』・『熱』、光魔法なら『光』・『向上』・『線』・『正』と言ったもので、その魔法の特徴みたいなものだ。


 闇魔法は因子の数が多く、『闇』・『吸収』・『鈍化』・『負』と多くある。


 今は『感覚』・『感情』の因子を持つ闇魔法を使っている。


 まあ簡単に言えば、俺はこいつらの喜怒哀楽や、不安やら恐怖と言った感覚を読み取れる。


「ウチはそんな事しないネ……ウチはダーリンの不利になることはしないアル」


 タオからは動揺は感じられない。

 タオの心はずっと、英人が傷ついた悲しみで支配されている。


「私も、その様なことはいたしません。私は――」


 ワン・リーフェイ……上手く隠してはいるが、心の奥では動揺が現れた。


 僅かな目線の揺れ、僅かな緊張が見られる。


 お前だったか。

 

 タオは白だと思うが、一応確認はさせてもらおう。


 俺は二人に魔法を使う。

 

五感幽閉ブラックアウト負感増幅ダーティーエンハンス


 五感の機能を停止させ、今ある負の感情を増幅させた。


 二人は音も光も無い闇の中で、恐怖や不安が襲ってくる状態だ。


「何ネ ! ? うっ……ダーリン! ダーリン……うぅ、うぇーん!」


 タオはその場に崩れ、ただ英人を呼び子供の様に泣き喚いてしまう。


「何を……ジン殿! やめてくださいジン殿 ! ?」


 ワンはその場で尻餅を付き、恐怖が支配している様子だ。


 俺はワンの聴覚と触覚だけを正常に戻し、再び質問を始める。


「ワン・リーフェイ、お前は中国の内通者で間違いないな?」


「い、いや……私は……」

 

――キーン


 俺は闇収納にあった適当な大きさの剣を取り、仰々しく音を立てて鞘から引き抜き、その刃をワンの首筋に当てる。


 暗闇の中で俺の声と、剣の冷たさを感じているはずだ。


「お前は確か、鑑定士というジョブだったな? お前であれば、日本の動きに加えてレイナや大地の詳細なステータスを知ることが可能だな? 未来のところに現れた中国の兵士が、大地と金太郎の力量を知っているかの様な動きを見せたのもそのせいだろう?」 


 おそらくステータスの数値とスキルが見えるだけで、未来視や技能である抜刀術なんかは見えていないんだろう。


 だから兵士たちは、事前情報と未来の実際の強さに驚き、命を落とした。


 まあはっきり言えば、こちらの情報が漏れることは大したことでは無い。


 龍の絆と他国の戦力は、情報程度で崩れるような戦力差では無い。


 現状でも俺とミランダ様とユミレア殿、龍人の中で頭ひとつ抜けたリュウキがいれば、大抵のことはなんとかなる。

 英人がいれば尚更、この地球という星に存在する国など脅威にならない。


 だが今回の主目的はオーガだ。

 余計な手合いは早々に排除しておくのが望ましい。


「あ、あぁ……」


 ワンはすっかり腰が抜け、その感情からは諦めが伝わってきた。


「うわーん! だーりーん! だすけでぇ! うぇーん!」


 タオがうるさいな……


 そろそろ解除してやるか。


 俺は二人にかけた闇魔法を解いた。


「ハァハァ……申し訳ありません」


「認めるのか? なら全て話せ」


「私は……本国の命令で、ユミレア殿やリュウキ殿の動きも含めた情報を流していました。タオ様を監視し、ランジュ様に逐一状況を報告していました」


「お前が情報を流していた相手は弓聖だけか?」


「はい……」


 なるほどな……であれば、EUや東南アジア軍は弓聖によって、ユミレア殿とリュウキを南に釘付けにするための駒に利用されているという事だな。


 そうまでして、なぜ未来の事を狙うのかという話だが……


「お前達中国軍の目的は、勇者の始末だな?」


 この地球ではどうか知らないが……俺のいた前世の世界では、勇者が死ぬと、その力は別の誰かに移る。


「そう聞いています……なんでも、ユニークジョブ持ちが死ぬと、そのユニークジョブは別の誰かに継承されるという話です」


 地球でも同じなのか……


「ギャンブルではありますが、次の勇者が本国で生まれる可能性を考慮してのことだそうです。本国は人口が多いですから……」


「ふむ……大体は理解した」


 さて、こいつの処遇をどうするか?


「私の命は好きにしていただいても構いません……ただ一つ、私の家族だけは――」


 その時、これまで黙っていたタオが動いていた。


――バキ! 


「ぐっ!?」


 タオがワンの顔面を思い切り殴り飛ばしていた。


「リーフェイ……お前とウチは友達じゃなかったアルか? ガッカリネ! なんでアル! 金が欲しかったアルか? それとも権力アルか ! ? そんな小さい女だったアルか ! ?」


 いやタオよ……今情報を流していた理由を話そうとしていたみたいだぞ?


 しかも家族と言っていたな……人質的なやつだろう。


 面倒だな……ひとまず拘束して、レイナに任せるとしよう。それが良い。


「ジンジン! ウチも九州に行くアル! ランジュの奴をボコってやるネ! 空を飛べるドラゴンを貸すアル!」


 頭に血が上ったタオは、九州に行くと言い出した。


 これはこれで丁度いい。


 未来達の方面は少し心配ではあるからな、こいつが加勢してくれれば少しは楽になるだろう。


「ドラゴンで飛んでいく必要はない。俺の影移動を使えばいい。一瞬だ」


「何! そうと決まれば早くいくネ! ジンジン!」


 ああ行く前に、一つ言っておかないといけないな。


「俺はジンだ。そのパンダみたいな呼び方はやめろ」


「分かったアル! 早くその影移動とやらを使うネ!」

 

 こいつは多分、俺をまたジンジンと呼ぶだろう。


 なんとなく分かる。


 俺は未来に付けている分体を目的地に定め、俺の影と繋いだ。


「さあ俺の影に入れ、そうすれば戦場だ」


「すごいアルなジンジンは! 見直したネ!」


 そう言って、タオは俺の影に飛び乗り、九州の戦場へと去っていった。


 ……まあいい、気にしている方が疲れるからな。


 俺は横で気を失っているワンを闇魔法で拘束し、ついでにもう一人、火をつけなければならない男の元へと向かった。





***

あとがき


一応、魔法の「因子」についての設定を少し補足しておきます。


闇収納→『影』と『空間』

闇魔法Lv10:カオスストライク→『感覚』・『鈍化』


現象を構成する『因子』を理解することで、高度で強力な魔法が使用できるという事です。


火、水、風、地魔法の因子は、そこまで複雑ではありません。

火魔法→『火』・『熱』・etc、水魔法→『水』・『液体』・etc と言った具合です。


観測しやすい火や風と違って、光と闇は概念的要素が多分に含まれる為、イヴァの世界では魔法の中でも高難度な部類になっています。


また雷魔法や氷魔法などの上位魔法は、異なる魔法の因子同士を併用して生まれる魔法という設定です。


ここまで書きましたが、覚える必要も理解する必要もそこまでないです。一応設定しているというだけです。


そういうものだと思っていただければ十分だと思います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る