第211話 龗

Side:天道レイナ




  池袋支部で行われた作戦会議の前日、私はリュート達眷属の住む箱庭という場所を訪れていた。


 作戦への協力をリュート達に頼み込んだけれど、返事はNOだった。

 

『我らは王の側を離れない。代わりに、主人から預かっていた武具を渡そう』

 

 そう言って渡されたのは、三つの武器だった。


 その一つが、私が持つこの刀。


 名前は竜神刀・おかみ。水を操り、雨や雪を降らせる能力。


 昨日までの間に、できるだけこの刀を使いこなせる様に試してはいたけれど、力の全ては把握できていないわ。

 そんな状態でも、今目の前でこちらを嘲笑うオーガエンペラーと、十分に渡り合える程の力がある。


 はっきり言ってこの刀、常軌を逸しているわ。


 この刀をもっと早くリュートが渡してくれていれば……


 本当はこの刀、ネメアが侵攻してくる前には私達に渡されるはずだったらしいわ。

 

『申し訳ありませんレイナ様。リュート様は、あなた方契約者の皆様を良く思っていなかったのです』


 リュートの側近である女性のドラゴニュートが、私にそう言ってきた。


『ですが、多めに見ていただけると嬉しいのです。リュート様は苦しんでいるのだと思います。主人を守れなかった己、弱き己の存在意義を見失っているのです』 

 

 側近のドラゴニュート曰く、リュートが武器を私達に渡すのを拒んだらしい。


『代わりに今回はリュウキ様と、一万のドラゴニュート兵をお貸しいたします。それで、何卒ご容赦ください』


『もう過ぎた事だからあんまり言わないけど、悔しい思いをしているのはみんな同じよ』


 頭を下げる側近にそれだけ言って、私は箱庭にある王城を後にした。


 

 英人とネメアの戦いの場にいた者は全員が感じたはず。


「参戦するには力不足だ」、「戦いの邪魔になる」と……それぞれが自分の弱さを知り、悔しさを心に刻んだはず。


 少なくとも私はそうだった。

 

 でももう、そんな思いはしたくない。

 

 私はこの九州の戦いで証明してみせるわ。


 貴方と共に、戦える存在だと。


 幼い頃想い描いた、貴方の隣に立つ私、そんな自分になれたのだと。


 私は抜き放った刀を頭上に掲げ、鋒を上空へ向ける。


 刀に魔力とソウルを流しこみ、上空の雨雲に命じる。


「降らせ……高龗タカオカミ


――ポツリ


 頬に、雨粒が当たった。


 そう感じた次の瞬間には、豪雨へと変わった。


――ザァアアア!


 突然の雨に、オーガエンプレスが慌てて魔法を発動した。


「っ ! ? 魔障壁!」


「アメ? チョウドイイ。コノ星ハ暑カッタ――」


 エンペラーの方は頭が悪そうだわ。


 おかげで思ったより早く倒せそうね。

 

「貴方! 早く闘気を纏うのです! 雨に触れてはなりませぬ!」


 エンプレスの方がそう叫ぶが、もう遅い。


「ア? ナニヲ言ッテ――ゴバッ ! ?」


 雨でずぶ濡れになっているエンペラーの口や鼻から、大量の水が噴き出した。

 

 この雨には、竜神刀・おかみの水の力が付与されている。

 雨は皮膚に触れた瞬間に体内に浸透して、身体の内側を濁流のように流れる。


 地上にいながら溺死寸前のオーガエンペラーに向かって、私はトドメを刺しに掛かる。


「――龍纏!」


 雨の中を突き進み、エンペラーに向かって疾駆する。


「アバッ! ? ゴブァ ! ?」


 膝を突き、喉を掻きむしりながらもがき苦しむエンペラー。


 私は確実にトドメを刺すために、ソウルスキルも併せて発動させた。


「氷結!」


 するとエンペラーの身体に落ちた雨粒、そして地面の水溜りが氷に変わる。


――パキパキパキ


 氷が四肢を固定し、体内では水が暴れ回る。

 

 これで動きは封じた。


 私がエンペラーへと近づく中、エンプレスが黙ってはいなかった。


 頭上に展開した魔力の障壁で雨を凌ぎながら、こちらに魔法を放たとうしている。


「おのれ人間の分際で! 炎魔法・超新ビッグバ――」


 エンプレスが魔法を放つのを、阻止する者がいた。


「よそ見すんなよ。お前はこっちに集中しろ? メテオストライク・終焉の黒点・レイコンバージェンス」

 

 和也が立て続けに、多種多様な魔法攻撃をエンプレスに放つ。


 巨大な岩にレーザー、黒炎がエンプレスを襲う。


「はん! 下級の魔法なんて、いくら撃っても意味ないのよ! 魔素領域支配術!」


 空気中の魔素の支配 ! ? 


 味方では、ミランダ師匠しか会得していない高度な技術。


 エンプレスの方が厄介そうね……尚更、先にエンペラーにトドメを刺さないと!


 私がエンペラーへと後少しまで来た所で、和也の魔法がかき消された。


「っ ! ? まじかよ……」


 私に攻撃がくるかと思ったけれど、そうはならなかった。


「姐さん! そのまま進んでください! うおお! 龍鳳――」


 健がエンプレスへと飛び掛かり、拳を振り上げた瞬間だった。

 健を追い越し、凄まじいスピードでエンプレスに突っ込む何かが見えた。


「ハッハー! 俺の最大バルクの一撃ィ! ウルトラ・スマーッシュ!」


 一瞬聞こえたのはおそらく戦也の声で、気付けばエンプレスを殴り飛ばしていた。


「っ ! ? バカな! 人間の速度では――」 


――ドーン!


 エンプレスは高速で吹き飛び、背後にあった博多駅に衝突した。


「ボス! エンプレスは仕留めたぞ! ハーッハッハ!」


 健が少しかわいそうだけれど……助かったわ。


 私は邪魔をされる事なく、未だに苦しむエンペラーの懐に潜り込む。


 地面に手を着いたまま凍りつき、四つん這いで動けなくなったエンペラー。


「ゴフッ……ガハッ ! ?」


 私はエンペラーの頭部の横に立つ。


 首を捧げる罪人の様に、エンペラーの首は目の前にある。


「終わりよ……」


 私は竜神刀・龗を両手で握り、そのまま上段から振り下ろした。

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