第195話 夜明け

Side:天道レイナ




 ネメアの背後を取った英人が、ネメアに攻撃を当てる直前だった。


 ネメアはそれに反応し、大剣を振り上げた英人の身体を切り裂いた。


 上半身だけになった英人がそのままネメアを両断したけれど、直後に両者が爆風で吹き飛んだ。


「英人 ! ? 英人!」


 私にはもう、無残な姿の英人しか見えなかった。


 低めのビルの屋上から援護していた私は、すぐに柵を越えて飛び降りる。


 嫌……英人、英人!


 地面に着地した私が、うつ伏せで倒れる英人の元へと走ろうとした瞬間だった。


「ぐっ……誰でもいい! 奴を……逃すなぁあああ!」


 英人がそう叫んだと同時に、英人の隣に人影が現れた。


「お任せください。ククク……」


 っ ! ? あいつは……


 虫の化け物との戦いの時に見た記憶がある。


 確かルアンという男。


 死んだんじゃ……なんで生きてるのよ ! ?


 驚愕のあまりその場で立ち尽くしていると、ルアンは歩き出した。


 そこから私は、ただ呆然と佇んでいた。


 何が起きているのか、私には理解できなかった。


 ルアンがネメアにトドメを刺し、何かを口に入れる。


 ユミれエア師匠と健くんが攻撃を仕掛けるも、煙と化してルアンは消えた。

 

 そしてルアンの声だけが、戦場に響き渡った。


「ククク……せっかちな方々ですねぇ。いずれお相手して差し上げますよ。ククク……それでは、またお会いしましょう」

 

「いったいなんなのよ……」


 思わずそう呟いた私は、自分の声で我に返る。


 英人!


 倒れたまま動かない英人に、私は夢中で駆け寄った。


「英人! 誰か! 回復をお願い!」


 そう叫びながら、英人の元へ走った。


 そして英人のすぐ側まで来た時、英人の体が光を放つ。


「今度は何 ! ?」


 光を放つ薄い白色の膜が、英人の身体を包み込んだ。


 そして光が英人を包んだ直後、英人の体から別の光が飛び出し、巨大なドラゴンが現れる。


 ドラゴンは英人を守る様に、私の前に立ち塞がった。

 

「グォアア!」


 大口を開け、咆哮で私を威嚇する。

 

「ソラ?……私よ。英人を傷つけるつもりは無いわ! 早く手当てしないと――」


 私が威嚇するソラを宥めようとしていると、他のみんなが続々と集まってくる。


「兄貴! 兄貴!」

「ミスター!」


 そして再び、ソラは翼を大きく広げて周囲を威嚇する。


「グォアア!」


 みんな、その咆哮を聞いて立ち止まる。


 私達が立ち尽くしていると、二人のドラゴニュートが英人の側に降り立った。

 

「ご主人様! 死んじゃ嫌なのです!」


「主人! しっかりしろおい!」


 上半身だけになった英人の体に、サクヤとリュウキが抱き付く。

 

 ソラは二人の事は威嚇しなかった。

 

「グルルルゥ」


 喉を鳴らし、頭を英人に擦り付けている。


 呆然と立ち尽くす私の隣を、リュートが通り過ぎた。


「……」


 リュートは側で立ち止まり、拳を強く握る。


「遅くなってごめんなさいなのです! サクヤが……うぅ」


 そうしてリュートは、ただ二人と一匹が英人の側で涙を流すのを見下ろしていた。

 

 しばらくして、徐に口を開く。


「サクヤ……王を安全な場所へ」


 リュートがそう言うと、サクヤが頷く。

 

 サクヤが英人を抱き抱え、ソラの背中に跨る。

 そしてサクヤを背中に乗せたソラは、何処かへと飛び去って行った。

 

 リュウキが立ち上がり、険しい表情をリュートに向ける。

 

「おいリュート……なんでてめえが居ながら、主人があんなことになってやがる」


 リュウキから、黒いオーラが溢れ出す。


「「「っ ! ?」」」


 本能的に危険を感じたのは、私だけじゃなかった。


 何……この黒いのは……


 ネメアとは違った恐ろしさを、私はリュウキに感じた。

 

「私が弱かったからだ……王の戦いを支援するのが限界だった。だがお前こそ……何をしていた?」


「ぐっ ! ? 遅れたのは認めるけどよ……仕方ねぇだろ――」


 リュウキとリュートの二人が言い合うのを、ミランダ師匠が仲介する。


「はいはい、二人とも喧嘩しない。まだやる事があるでしょう?」


 手を叩きながら、二人の間に割って入った。


 そしてユミレア師匠も、続いて声を上げる。


「その通りだ。時期に夜が明ける……各地に散った下級の吸血鬼の残党を始末しなければな。大半は太陽に焼かれて死ぬだろうが、建物やダンジョンに逃げ込む輩が少なからず生き残るだろう……休んでいる暇は無いぞ」


 師匠達の言う通りね……英人の事が心配だけど、どの道あの怪我は私にはどうにも出来ない。

 生きていることすら不思議なレベルの大怪我だもの。


 そうひとまず納得していると、セツナさんが声を掛けてくる。


「天霧代表があの状態ですから、今後の指揮は天道副代表の役目ですよね? 指示をお願いします」


「そう……なるわね」


 私に……いや、私がやらないと。


 気持ちを無理やり切り替え、全員に指示を出す。


「残党の殲滅と、生存者の保護を最優先でやりましょう。それから……いや、ひとまず殲滅と救助に集中しましょう」


 やらないといけない事が山ほどあるけれど、ひとまずの優先事項はそんなところね。


「うっす」

「分かった。僕は東側を探索していくよ」

 

 健くんとアーサーがそう返事してくれた。


 そして七瀬さんと影森さんが、私に声を掛けてくる。


「レイナさん。僕らは一旦ブレイバーズの本部に戻ります。生き残りのメンバーを集めて、僕達も後始末に参加します」


「ん……この場は任せた」


 二人はそう言って、本部の方へ歩いて行った。


 影森さんの背中には、勇者の亡骸が背負われている。

 そして七瀬さんは、弓を握りしめた女性の片腕と、男性用の防具の破片を抱き抱えていた。

 

 私は二人の背中を見送った後、周囲の惨状を目に焼き付けた。


 この悪夢の様な惨事を、忘れない様に……


 この悔しさを、絶対に忘れない様に……


 半壊したビルの隙間から、朝日が顔を覗かせた。


 暖かい光が体を包むと同時に、眩しい光が目に染みた。


 私は目を閉じ、そのまましばらく朝日の心地良さに浸っていた。




***

Side:???

 

 


 ルアンが真祖の力を奪うことに成功した。


 原初の時代にアデンが生み出した真祖吸血鬼が、初めて二代目となった。

 

 全宇宙の歴史で初めて、真祖が入れ変わったのだ。


 真祖の力は心臓に宿り、心臓を取り込むことで次代へと継承する。

 

 吸血鬼という種が途絶えない様に、アデンは真祖をそうデザインしたと言っていた。

 

「それが真実かどうかは半信半疑だったが、アデンの言った事は本当だったようだ」


 そう呟いた私の後ろに、新たな真祖となったルアンが現れる。


 後ろを振りかえり、私はルアンの状態を確認する。


「お疲れ様。体の調子はどうだい?」


「ええ、とてもいい気分ですねぇ。今ならアナタを殺せるかもしれませんよ? ククク」


 おっと、駒が調子に乗り始めてしまった様だね。


「呪いなんて、私にとっては無意味だよ? 君も分かっているだろう?」


「そうですねぇ。今はやめておくとしましょう。ククク……それで、次はどうするのですか?」


 今はね……いつでも同じ事だよ。


 私は心の内でそう呟き、ルアンの質問に答える。

 

「しばらくは彼らの戦いを見守るとしよう。暇なら君は、眷属でも増やして来るといい」


「それもそうですねぇ……では私は、星々を散策してくるとしますよ」


 そう言って、ルアンは姿を消した。


 さて、後少しだね。


 ゼラと天霧英人……両者の衝突はもうすぐだ。


 実に楽しみだよ……



_____

あとがき


これにて、月下の悪夢編は終了です。


長くなってしまいましたが、ここまで読んでいただきありがとうございます。


楽しんでいただけましたでしょうか?


次章以降も楽しんでいただければ幸いです。


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