第186話 魂の記憶

Side:リュウキ


 


 視界が赤く染まり、成す術なくやられると思った。


 そして自然と目を瞑った時、最愛の弟の声が正面から聞こえてきた。


「姉さん! 無事 ! ?」


 目を開けるとそこには、リュウガがガキの攻撃を必死で食い止めていた。


 リュウガの大楯に血液の濁流がぶつかり、盾に沿って血液は後方に受け流されている。


「守護龍域! 動ける ! ? 姉さん!」


 俺の全身を、リュウガの龍気が包み込む。


 身体が多少軽くなるが、地面に縫い付けられた脚は動かないまま。


 チッ! 足が動かねえ!


 このままじゃリュウガが持たねえ……クソ!


「だめだリュウガ! 早く離れろ!」


 大楯には今も尚、血液の濁流が押し寄せ続けている。


 大楯が徐々に溶けていき、次第にリュウガの身体にもガキの攻撃がぶつかりはじめる。


「オイラはいいから! オイラは守ことしかできないんだから! 姉さんが奴を倒すしかないでしょ!」


 クソ……こんな時に限って意地張りやがって!


 視界の赤の向こう側から、ガキの嘲笑が聞こえる。


「アハハ! いいねいいねえ! 僕感動しちゃったよ! 弟君がドロドロになるまでそこで見てるかい? それとも姉を見捨てて、弟君だけ助かる ! ? どうするどうする ! ? ハハハ!」


 ガキの嘲笑を境に、血液の波は勢いを増す。


「ぐうぅ! うおおお!!!」


 リュウガの決死の叫びが、俺を慌てさせる。


 やべえ ! ? いっその事足を切断して――


 ユルングルを握り、地面に張り付いた両足に振り下ろそうとすると、リュウガがそれを止めた。


「ダメだ姉さん……そんなことをしたら戦えなくなる。大丈、夫……僕が姉さんを守るから」


 顔を少しこちらに傾けたリュウガは、そう言って小さく微笑んだ。


「だったらどうすりゃいいんだ ! ?」

 

 リュウガの顔はもう、原型を留めていなかった。


 顔だけじゃねえ、全身が既に溶け始めている。


「ほらほらあ! 二人ともドロドロになっちゃうよ〜 アハハ!」


 ここに来て更に、攻撃の勢いが増す。

 

「姉さん……また僕が先だね。でもこれで最後、もう会えないけど……オイラのこと忘れないで――」


 リュウガは少しだけ笑みを浮かべた。

 

「こんな時に何言ってんだ ! ?」


 リュウガの意味不明な言葉を最後に、俺達は赤い濁流に飲み込まれた。

 


 

『姉さん危ない!』

『姉……さん』

『姉さん!』


 あれ……なんだ?


 頭の中に、大量の映像が流れている。

 それらの殆どは、リュウガとの別れの瞬間だった。


 あぁ……さっきのはそう言う意味か。


 俺達龍人族は魂の寿命が尽きるか、もしくは死ぬと、記憶を失ってまた蘇る。


 これまでそんな輪廻を、幾億と繰り返してきたんだ。


 そしていつも、リュウガが先に死ぬ。


 あいつは普段は泣き虫で、ウジウジしている癖に、俺が危機に瀕する時だけは違う。 


 だからいつも、あいつは俺を守って死ぬ。


 前回の時もそう、そして今回も……


 ゆっくりと目を開けると、目の前にはクソガキ吸血鬼の姿があった。


 そして目の前の地面には、ドロドロに溶けた大楯の残骸だけが転がっていた。


「はあ? どーゆーこと? なんでお前無傷なんだよ……」


 ガキ同様、俺も自分の身体に違和感を感じた。


 両手のひらを顔の前に持ってくると、自分の身体を光が包み込んでいた。


 光は暖かく穏やかで、いつの間にか足の痛みも無くなっていた。


 俺はゆっくりと立ち上がり、クソガキ吸血鬼を睨みつける。


「てめえの攻撃は、弟の力の前では無力ってことだな」

 

 なんとなく分かる。

 この光は、リュウガの何かしらの能力だ。

 

 弟は死んで尚、俺を守ってやがる。


「何言ってんだよ。君の弟君は跡形もなく溶け切ってるよ」


「ああ、そうだな……」


 こんなことは初めてだ……今回は何かが違う。


 いつもは弟が死んでも、何も起こらなかった。


 そして頭の片隅にある前の主人との記憶を思い出した。


 龍の都を襲う奴らとの戦争の後だった。


 戦場が見渡せる丘の上で、俺は龍王様に問うた。

 

『なあ主人、俺が死んだらよ……あいつの事とかこれまでの事とか、今生の記憶は忘れちまうんだよな?』


『ああ、そうだよ。僕が引き出せる神玉の力では、そうせざるを得ないんだ。すまないね』


 龍王様は続けて、俺に言った。

 

『だけどいつか……僕ではない龍王が生まれた時、君は全てを思い出す時が来るよ……リューキ』


 その言葉通り、俺は全てを思い出した。


 まあよく分かんねえけど、思い出すと案外良いもんでもねえな……


 遠い記憶にしばらく耽っていた俺は、目の前のガキに改めて対峙する。


「おいクソガキ……覚悟決めたか? ぶっ殺してやる」


「だから僕にはノルって名前があるんだって……何度も言わせるなよ」


 俺の魂ってやつが、ようやく本領発揮したみてえだ。

 

「武装龍体……」


 この目覚めたソウルスキルで、こいつとの戦いを終わらせてやる。

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