第180話 救世の星・凍氷紅蓮の片割れ
Side:天道 和久
私は現在、池袋支部にて状況把握に努めている。
そして東京は今、壊滅的な被害を受けていることを確認した。
財前会長、並びに内閣総理大臣の死亡。
さらには議事堂前に集まっていたその他大臣、自衛軍幕僚長の死亡が確認されている。
そしてこの池袋支部の他で連絡がついたのは、ブレイバーズの新宿本部と龍の絆の本部のみ。
もはや国家の存続が危うい……
池袋支部周辺のエリアでは、今の所被害はない。
と言うのも、数刻前に発生したドーム型の水の壁が、我々を吸血鬼の攻撃から守ってくれている。
これは英人君のクランのミランダ殿という女性の魔法らしい。
池袋は今の所安全地帯となっているが、ここが危機に瀕するのも時間の問題だろう。
――ドーン! ドーン!
薄く見える水の壁の向こう側では、吸血鬼と思われる大群が壁の破壊を試みている。
地鳴りのような音が響くたび、この場の全員に緊張が走る。
「天道君、これからどうするのかね?」
大楯を担ぎ、腰に直剣を佩く老公が私にそう尋ねる。
「大門先生、今この場で頼れるのは先生方だけになります。もし水の結界が破られた時は……」
大門京次郎、ダンジョン出現当時から活躍されているお方だ。
私と同年代や、他の数多くの探索者が大門先生に師事を受けた経歴がある。
そして大門先生率いるクラン「救世の星」が、この場の最高戦力になっている。
「救世の星」には、過去にS級やA級で活躍された先輩方が多く在籍している。
その先輩方の多くが、この池袋の在住で助かった。
だが頼もしい存在であると同時に、すでに前線を退いた方々に頼らざるを得ないとは……情けない。
「そんな顔をするでない。わしら救世の星は、こんな非常時にこそ輝くでな。のう? お主ら」
「当然! まだまだ若いもんには負けねえからよお!」
「アタシらは出来る事を精一杯やるしか道はないだろ」
「大吾んとこの坊やが、今も戦っているのじゃろう? ワシらも覚悟を決める時じゃのう」
大門先生の後ろに控える多くの先輩方が、私を勇気付けてくれた。
「先生方……ありがとうござい――」
私が感謝を述べようとした時、何かが割れる音がした。
――パリーン!
池袋周辺を囲っていた水の壁が、大きな音を立てて割れた。
空を見上げれば、ドーム型に展開されていた壁の破片が崩れ落ちていくのが見える。
破片は細かい水となり、大雨となって降り注ぐ。
――ザァー!
そして雨音に紛れて、大門先生の叫びが聞こえる。
「お主らぁ! 敵じゃあ!」
ゾワリと、全身の毛が逆立つ程の悪寒が走る。
そして悪寒の原因は、あっという間に我々の目の前に現れた。
「ふむ……」
我々の真上で静止した一人の吸血鬼、西洋の古い貴族服を纏った男。
真っ赤に染まった瞳、2本の赤い角、生気の感じられない青白い肌。
そして絶望的なまでの圧力。
これが敵の主力……馬鹿げている ! ?
そして吸血鬼は、固まる我々を見下ろして徐に口を開く。
「いるんだろう?
その声は、まるで拡声器でも使ったかの様に凄まじい音量で放たれた。
そしてその直後、誰かの足音が響き渡る。
――カツ……カツ
音の方を確認すると、そこにはハイヒールを鳴らし、ランウェイを優雅に歩く美女がいた。
純白のドレスに、美しいブルーの髪を靡かせる女性。
「そんなに大きな声で言わないで頂戴。耳がおかしくなっちゃうわ〜」
我々は圧倒的なまでの二人の強者の間で、身動きが取れなかった。
***
Side:ミランダ
結界が一瞬で破られ、現れたのが誰かと思えば……
あれはニア……他の吸血鬼とは何かが違う、不気味な男。
「ドロテアを一瞬にして仕留めた者が誰かを見に来てみれば……久しいな、恐渦の魔女よ」
「久しぶりね、ニア。元気そうで嬉しいわ」
「1000年ぶりかな? また会えて光栄だよ。して……片割れの姿が見えないが? 一人で私と戦うのかな?」
まるで私一人じゃ勝てない様な言い草ね……まあ間違いではないわね。
旦那も居ないし、おまけに神器も無い。
勝ち目は薄いかしら?
「旦那なら居ないわ。良かったわね〜、おかげで多少は貴方に勝ち目がありそうよ?」
「それは残念……煉獄殿にも再び相見える事を期待したんだがね。それなら仕方がない、魔女殿に手合わせ願おうか」
そうなるわよねぇ……
とりあえずそこにいる人たちが邪魔になるわね。
見た所年寄りばっかだし、戦力になるほどの人も居ない。
「そこのあなた達、早くこの場から離れてもらえる〜? 死んでも知らないわよ〜」
「あ、あなたがミランダ殿ですか ! ?」
ちょっと前にパーティーで見た気がする中年の男が、私の名前を叫んだ。
私が無言で頷くと、男は老人達と共にこの場から離れて行った。
「さあ、始めましょう?」
「ええ、私の命に手が届くことを期待しています」
はぁ……アッシュ、せめて貴方が居てくれれば、状況は今より良かったんだけど。
こうして、私とニアの戦いが幕を開けた。
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