第179話 生贄
Side:アーサー
「アーサー殿 ! ?」
落ち着くんだ僕……何かあるはずだ。
みんなを救い、シューリッヒを倒す方法が……
シューリッヒへの攻撃は僕とミス・セツナ、それから後ろで怯える市民達にも返ってくる。
奴に致命傷を与えれば、同時に全員が死ぬ。
そして攻撃だけじゃない……奴が自傷した結果も、おそらく僕らに影響する。
毒霧を回避できなかったのが致命的だった。
いや……仮に僕とミス・セツナが回避できていたとしても、市民が避けられなければ同じだね。
状況を整理していると、シューリッヒが動き出す。
「あなた方の命は私の手の中です」
舞台で役を演じる役者の如く、シューリッヒは揚々と右手で空を掴む。
「まずはあなたからです。私に死の絶頂を魅せてください!」
シューリッヒは一足で僕の目の前に現れる。
奴の速度にも反応できている。
なのに反撃ができない。
「素晴らしいですねぇ! 人間の思いやりというものは!」
「ぐっ ! ?」
シューリッヒが僕の首を片手で掴み、そして僕の足は宙に浮かび上がる。
「フハハ! ほら、泣いてもいいんですよ! 叫んだって良い!」
――バキ! ゴキ!
顔を何度も殴られ、意識が飛びかける。
こんな……僕には誰も救えないっていうのか ! ?
「ごはっ ! ?」
腹や顔面に拳が突き刺さり、腕や足は鋭い爪で斬られ続ける。
「あなた、我慢強いですねえ……大抵の人間は泣き叫んでいるところですよ」
ぼやけた視界には、興味を無くした様に無表情なシューリッヒが映る。
「であれば、嬲る人間を変えてみましょう」
そう言ってシューリッヒは、僕を放り投げる。
――ドサッ
冷たいアスファルトが、頬の傷に染みる。
「ふむ……ではそちらにいる皆さんの中から、次の生贄を決めましょうか」
シューリッヒは、僕らが保護した市民の中から生贄を決めると言った。
だめだ……僕と同じように痛めつけられてしまう。
視界の隅で怯える人々が見える。
「あぁ……」
「くるな……バケモノぉ!」
皆一様に、恐怖で腰を抜かしている。
這うようにシューリッヒから離れようとする者、呆然とする者、更には隣にいる人を蹴飛ばし、自分が標的にされないようにする者まで出始めた。
「クハハ! やはり人間はこうでなければ! 愚かで矮小! この世で最も醜い生き物なのです!」
人々がパニックになる中から、小さな人影がシューリッヒの正面に躍り出た。
そんな……だめだ! 早く逃げ――
そう叫びたいが、顔面が腫れているせいだろう、うまく言葉が出なかった。
「お……おい! ボクが相手になるぞ! フーッフー……ボクがぶっ倒してやるぞ!」
あの子は……
その子は唯一、ドラゴニュート達に笑顔で「ありがとう」と言った少年だった。
少年は足を震わせ、目に涙を浮かべながらシューリッヒの前に立ちはだかる。
それを見た時、僕の中で何かが目覚めた気がした。
いや、目覚めたんじゃない。
思い出したんだ。
僕の脳裏には、幼い日の光景が過ぎった。
それは僕の中で最も古い記憶。
かつてEU諸国がダンジョンの利権を巡り戦果の渦に包まれていた時、両親の居ない僕は戦地を彷徨う浮浪児だった。
そして僕がどこの国かもわからない兵士に連れ去られそうになった時、目の前に立ちはだかった男がいた。
その日から僕は憧れたんだ……英雄に、天霧大吾に!
僕は彼の様になりたかった。
だが僕は彼の様にはなれない……弱いから。
だけど例え自分が命を落としても、僕は誰かの英雄になりたい。
僕は全身に走る痛みを堪えて立ち上がる。
「勇敢な少年です……私は感動しましたよ。そんな君には、とびっきりの苦痛を与えましょう――」
シューリッヒはそう言って、少年に手を伸ばす。
しかしその時、シューリッヒに飛びつく者がいた。
「逃げて! 早く!」
シューリッヒを後ろから羽交締めにしたのは、ミス・セツナだった。
「おやおや……無駄なことを」
そして次の瞬間、羽交締めにするミス・セツナの全身から真っ赤な棘が生えた。
「がはっ ! ?」
全身を棘で貫かれたミス・セツナが、仰向けに倒れる。
それと同時に、思わず僕も歯を食いしばる。
全身に痛みが走るかに思われたが、僕の体には何も起こらなかった。
え? どういう……
不思議に思った僕は、市民達にも視線を向ける。
「傷が無い……」
市民達も僕と同様に、全身に貫かれた痕は見られなかった。
僕の呟きが聞こえたのか、シューリッヒが僕の方へと振り返る。
「おや……気付きましたか?」
そしてシューリッヒは不敵な笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「ご覧の通り、私への攻撃は皆さんに等しく返ります。ですが……あなた方への攻撃は私にしか影響しません」
シューリッヒへの攻撃は市民を巻き込んで跳ね返るけど、逆はそうでは無いって事か。
「この意味がわかりますか? クックック……つまり私を殺したければ、あなた方の誰かを犠牲にすれば良いのです!」
っ ! ? そういうことか……なんて悪質なんだ!
「この少年でも、あそこの老婆でも、そこのあなたでも良い!」
シューリッヒは市民達を指差しながら、揚々と演説する。
そして僕の方へと再び向き直り、指を差す。
「そのミスリルの槍で、ここにいる誰かの心臓を貫くのです! そうすれば、私と貫かれた哀れな生贄だけが死に、その他大勢の人間は助かりますよ?」
ニタリと笑うシューリッヒ。
……こんな外道に会ったのは初めてだ。
「ククク……フハハ! どうしますかぁ ! ? 誰かを生贄にしますか? それとも、黙って私に殺されますか?」
僕は覚悟を決めた。
「ハハッ……シューリッヒ、君は人間を舐めすぎだよ」
僕の言葉に、シューリッヒは眉を顰める。
「はて……そうでしょうか? 大抵はここで、愚かにも言い争うのが人間というものでしょう?」
その言葉通り、市民達が騒がしくなる。
「お願いだ! 俺には息子と娘がいるんだ! 生贄にするならそこの爺さんにしてくれ!」
「きっ、貴様! ワシは何十年もこの国のために働いて――」
「そうよ! そこのジジイでいいでしょう ! ? 私たち若者は助かるべきよ!」
「うーん! いいですねぇ! 人間らしくなってきましたよ! これですよ!」
僕は声帯に魔力を集中させ、強化された喉で力一杯叫んだ。
「死ぬのはあああ!!!」
――ボーン!
爆音に空気が揺れる。
その場にいる全員が静まり返り、僕の方へ視線を向ける。
「死ぬのは……僕だけで良い!」
僕にとっては簡単な選択だ。
そして次の瞬間、僕は右手の槍を短く逆手に持ち大きく振り上げる。
「っ ! ? あなたまさか……させません!」
僕の意図に気付いたシューリッヒは、瞬時に自分の右腕に短剣を振り下ろす。
しかしそこに、ミス・セツナが飛びかかった。
「くっ ! ? 離しなさい! 死に損ないがあ!」
ありがとう……ミス・セツナ。
僕は自分の心臓に、精一杯の気合と共に槍を振り下ろす。
「あああ!!!」
「やめろおお!!!」
――グサリ!
冷たい感触が胸に沈んだ。
「うっ……がはっ」
同時に肺を貫いたせいか、息が出来ない。
そして強烈な痛みが脳を支配する。
周りの状況など一切入って来ない。
ただ僕の死が、急激に迫るのを感じた。
そうして激痛が治まったかと思えば、今度は全身に力が入らなくなる。
――ドサ
あぁ、寒い……凍る寸前の池に沈んでいる気分だなぁ。
そして寒いという感覚も次第に消え、視界にはもう何も写っていない。
そして薄れゆく意識の中、今日までの日々が高速で流れていく。
すまないミスター……僕はここまでみたいだ。
僕は君や大吾さんのような……英雄に――
なれた……かな?
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