第178話 悲劇の開演
Side:アーサー
「いくよ……準備はいいかい? ミス・セツナ」
「はい!」
僕の呼びかけに応じたミス・セツナは、すぐさま腰の刀を握る。
そして空中に魔力障壁による足場を展開し、浮遊する吸血鬼へと迫る。
「雪嶋流……
抜刀と共に、超速の斬撃が吸血鬼を襲う。
――スパン!
吸血鬼は避ける素振りを見せず、されるがままに首が刎ねられる。
その隙に、すぐ後ろで混乱する一般市民の避難を誘導する。
「僕達が引きつけている内に逃げてくれ!」
「うわああ!」
「早く逃げろお!」
「化け物だああ!」
蜘蛛の子を散らす様に逃げ始めた市民達。
しかし吸血鬼は、黙って見逃してはくれなかった。
「化け物だなんて、ひどい言われ様です……お仕置きが必要ですね。血呪……
ミス・セツナが跳ねた首が、宙を舞いながらそう言った。
醜悪に歪んだ笑みの後、その口から真っ赤な霧の様なものが勢い良く噴出した。
――シュウウ
これは、毒か ! ?
吸血鬼の口から噴射された赤い霧は瞬く間に周囲に広がり、直ぐに市民達の姿も見えなくなる。
毒霧の様な見た目に、僕は思わず手で口元を覆った。
視界が赤く染まり、それからしばらくして毒霧の様なものが晴れていく。
ただの煙幕かな? 今の所体に異常はない。
そして僕の後方にいたはずの市民達を見れば、皆地べたに座りこんでいた。
「なんだったんだ……」
「生きてる……生きてる!」
市民達の一旦の無事を確認した僕は、正面に視線を戻す。
毒霧が晴れ、後ろで腕を組みながら佇む吸血鬼の姿が見えた。
流石に伯爵は再生が早いね……もう首と胴体が繋がってる。
「喜劇の開演の前に、支配人である私の自己紹介から……私はシューリッヒ・バーナムと申します。ネメア様より伯爵位を賜ってお――」
シューリッヒの口上を止めたのはミス・セツナだった。
突如シューリッヒの背後に現れ、その首を再び狙う。
「何度でも落とすまでです! 白嶺!」
「おっと」
首元に迫った刀を、今度は回避する。
そしてシューリッヒの首に、ミス・セツナの刀が僅かに触れた時だった。
「っ ! ?」
僕の首元にチクリとした痛みが走った。
思わず首に手を添えると、僅かに冷たい液体が流れているのを感じた。
何をされたんだ……まさか ! ?
ミス・セツナを見ると、僕と同じく首が僅かに斬られていた。
嘘だろ……冗談じゃない。
そして後方から、次々に悲鳴が上がる。
「うわああ!」
「首……首があ ! ?」
後ろを振りかえれば、市民達も同様に首が僅かに斬られていた。
「人の話は最後まで聞きましょうよ? 私が避けなければ、危うく私以外の全員の首が飛んでいたところなんですから……フフフ」
最悪だね……
奴への攻撃が、この場にいる全員に跳ね返っている。
さっきの毒霧のせいか……その前の攻撃で首を刎ねたときはなんとも無かった。
「さて、困りましたねえ? 私は吸血鬼なのですぐに再生しますが、あなた方はそうはいかないでしょう?」
どうすれば……
「さあ! どこまで発狂せずにいられるか……見ものです」
シューリッヒは右手に血の短剣を握り、左腕を掲げる。
そして右手を大きく振り上げ、自分の左腕に短剣を振り下ろす。
っ ! ?
瞬時に奴の元へと走り、槍でその自傷行為を止めに入る。
槍で腕を斬り飛ばさないように、穂先とは逆の柄頭の部分でシューリッヒの右腕を叩き上げる。
――ゴキッ
「「ぐっ ! ?」」
僕とミス・セツナが同時に呻く。
今ので腕がっ ! ?
そんなに力は入れていないはずなのに ! ?
直後、またしても後方から市民の悲鳴が上がる。
「うぎゃああ ! ?」
「痛ええ! 腕があ!」
クソ ! ?
「おっと、言い忘れていました。私こう見えて、結構体が弱いところがありましてねぇ……ちょっとしたことですぐに怪我を負ってしまうんですよ……ククク」
シューリッヒはニヤニヤとした笑みを浮かべながらそう言った。
僕らは腕を折られたのに、シューリッヒの腕はたちまち元の状態へと再生する。
「アーサー殿 ! ?」
ミス・セツナが焦燥の表情を浮かべ、僕に向かってそう叫ぶ。
落ち着いてくれ……僕もどうすればいいか見当がつかないんだ。
こうして僕らは市民を人質に取られ、攻略不可能と思える能力によって主導権どころか命を握られてしまった。
***
あとがき
更新遅れて申し訳ないです。
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