第177話 慈愛の鉄槌

Side:天道 レイナ


 


 可能な限り探知を広げ、周辺一帯を隈なく探る。


 辺りに吸血鬼の反応は無い。


 それどころか、私達以外の生き物の反応すら全くない。


 あの少女が操られている死体なのはほぼ間違いないと思うけど……


 そうなると……考えられる可能性は、本体は私の感知範囲外に居るという事ね。


 感知範囲内で、感知不可能な隠密をしている可能性はなくは無い。


 けれど仮に「ハイドローブ」の様なものを装備しているとしても、存在そのものを消せない限り、私のユニークスキルが捉えられる。


 今の所反応は一切無いから、感知範囲外に居る可能性が高い。


 だったら、この場を一旦収める他ないわね。


 私は戦闘中の我道さんに声をかける。


「がど、金太郎! 私の感知範囲内には居ないわ!」


「そうですか……困りました」


 我道さんは少女と距離をとり、私の隣まで退避してくる。

  

 隣に立つ我道さんに、気になっていたことを尋ねる。

 

「あなた怪我は? さっき心臓を貫かれた様に見えたけれど……」

 

 すると我道さんは私に向き直り、左胸の傷跡を見せる。


「大丈夫です。心臓を動かしたので、この通り……あとは筋肉を引き締めれば復活です」


 意味がわからないわ……


「それ何かのスキルかしら?」


「私にもわかりません。なぜか出来ました。そんなことより、早く少女を解放しましょう」


 まあいいわ……


 話を切り上げ、ミーヴァの方へ向く。


「チッ! 化け物が……アタシの攻撃が効かないなんて」


 折れた腕を無理やり元に戻しながら、少女が愚痴をこぼす。


 再生しない……いや、もしかしてできないんじゃない?


 チラリと背後を見れば、操られた一般市民の死体も再生はしていなかった。


 やっぱり……死体だから再生できない?


 それとも、そもそも再生能力がないのかしら?


 どちらにせよ好都合ね。


 もし本当に再生できないなら……

 

「氷結!」


 既に私のユニークスキルの効果範囲は周囲一帯をカバーしている。


 逃げ場はないわ!


――パキン!


 一瞬にして、少女は氷像へと変わった。


 表面だけじゃない、体の内部まで完璧に凍らせた。


 もし再生できないのであれば、氷を無理やり破った後は体が壊れてまともに操れないはず。


 どうなるかしら……


 しばしの沈黙の後、少女の氷像が振動し始めた。


 そして突然、少女の胸の辺りから何かが飛び出してきた。


――ガシャーン!


 氷を無理やり突き破り、少女の胸に風穴を開けて飛び出してきたのは、真っ赤な血の塊だった。


 そして直後、後方からも氷が割れる音が聞こえた。


――パリン! パリン!


 後方からこちらに勢いよく飛び出したのは、同じく真っ赤な血の塊。


 至る所で同じ現象が起こる。

 それらの血の塊はやがて、少女から飛び出した血の塊に合流し始める。


 数秒ですべての塊が集合し、不気味に蠢く巨大な血の塊を形成した。


「何あれ……スライムかしら?」


 見た所、下級のダンジョンでたまに出現するスライムに似ていた。


 けれど私の知るスライムとは異なり、目の前のスライムはドス黒い血の色で、更には周囲の建物を余裕で超えるほどの大きさだった。

 

「なるほどそうでしたか……弱者故の外道だった訳ですね」


「そう……本体は元々そこにいたのね」


 他の吸血鬼とは違う様だけれど……

 

『アアァ! ウザイウザイ! オトナシクシネ!』


 巨体が蠢き、無数の触手が私たちを襲う。


 すると我道さんが私の前に立ち、手に持つ巨大なハンマーを振った。


――パシャーン!


 触手は水を叩いたように弾け、周囲に血が弾け飛ぶ。


 そして血が飛び散ったと思えば、血は極小の針の様になって再び私達に飛来する。


「フン!」


 再度我道さんはハンマーを振り抜き、飛来した針の雨を風圧で叩き落とした。


 すごいわね……


「レイナさん。あれの動きを止められますか? そうですね……2秒あれば構いませんよ」


 一体何をする気?


「まあ良いわよ……それくらいなら簡単だから。アイスワールド!」


 私は全力で「氷結」を発動し、赤いスライムの全身を氷結させる。


 スライムの巨体は凄まじいスピードで凍り始めた。


 私との相性最悪ね……本体が水分みたいなものだから、あの巨体を凍らせるのも難しくないわ。


 表面から凍結を始め、スライムの体は氷像へと変化していく。


 そしてミーヴァがそれを放置するわけもなく、凍りついた側から巨体を揺らして氷を剥がしていく。


――パキパキパキ

――パリーン!


『ッ ! ? クソ! ウットウシイノヨ!』


 すると隣にいた我道さんが、ミーヴァに向けて大きく跳躍する。


 巨大なミスリルハンマーを片手で振り上げ、そこに龍気を流し始める。

 

――ゴゴゴォ!

 

「これで終わりです。か弱きスライムよ……慈愛の鉄槌!」


 振り下ろされたハンマーは轟音を立てて直撃し、凄まじい破壊の波を撒き散らした。


――ドカーン!


 周囲にスライムの破片が飛び散り、私はそれを一つ残らず凍結させていく。


「おやおや……やはり核がありましたか」


 我道さんがそう言って見下ろしている先には、小さな赤い玉が転がっていた。


 あれは……スライムと同じ魔核?  


 見れば周囲に飛び散っているミーヴァの肉片が、魔核と思われる玉に向かって動き出している。


 けれど凍らせたおかげで、その動く速度はナメクジ程度の速さね。


「あの世で罪を償いなさい――」


 我道さんはそう言って、魔核にハンマーを振り下ろした瞬間だった。


 どこからともなく光の柱が落ちてきた。


――ドーン!

――パリーン!

 

 爆音の中で、何かが割れる音がした。


 そして続いて、聞き覚えのある声が響く。


「ワーハッハッハ! これで一件落着なのです! サクヤの勝利なのですよー!」


 空から聞こえるそのはしゃぎ声はサクヤのものだった。


 何横取りして勝ち誇ってるのよ!


 そんな言葉を飲み込み、今はミーヴァの警戒を続けた。

 

 

 そしてしばらく警戒を続けるも、ミーヴァという吸血鬼が復活することはなかった。

 

「ふう……能力は厄介なものだったけれど、伯爵って言うほどの強さではなかったわね――」


 そう喋りながら我道さんに近づいていくと、突然我道さんは仰向けに倒れた。


「ちょっと ! ?」


 急いで滑り込み、その巨体が地面に倒れる前に支えた。


「済みません……後は……頼みました」


 そしてみるみる内に我道さんの肥大化した筋肉は収縮し、元の我道さんのサイズまで縮んだ。

 

「はぁ……いったいなんだったのよ」


 胸を見れば、さっきは塞がっていた傷口は元に戻っていた。


 まずいわね……早く手当てしないとまずいわ。


 手持ちの回復ポーションを振りかけるが、傷口は完全には塞がらない。


 っ ! ? 


 見た所全く意味がないわけじゃないみたいね……ひとまず回復魔法とポーションで治癒し続けないと。


 その時、上空から降りてきたサクヤが声をかけてきた。


「キンちゃんが重症なのです ! ? サクヤに任せるです! すぐにクランハウスに届けるのですよ!」


「お願いするわ……」

 

 そしてサクヤは、我道さんをワイバーンに乗せて飛んでいった。


 嵐見たいね……

 

 昨夜の後ろ姿を見送った私は、後ろで戦いを見守っていたクランメンバーとドラゴニュート達を連れて都市部を目指した。


 我道さんのおかげで、伯爵と戦闘した割には力を温存できたわ――


 すると前方の遥か彼方の上空で、真っ赤な球体が浮かび上がった。


 その球体は周囲に赤い光を放ち、周囲が少しだけ赤色に染まる。


 何よあれ……嫌な感じがするわね。


 私は英人との合流を急いだ。

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