第176話 罰を背負う

Side:天道 レイナ



 

「ごきげんよう……私はミーヴァ、伯爵よ。それと『死体漁り』とも呼ばれてるわ」


 手についた血を舌で舐め取りながら、少女はそう名乗った。


 その直後、背後で悲鳴が上がる。


「ぐああ ! ?」

「レイナさん!」


 横目で背後を確認すると、私の後に続いていたクランの仲間達が何者かに襲われていた。


 っ ! ? 


 クランメンバーやドラゴニュートたちを襲っていたのは人間だった。

 スーツを着ている女性、お年寄りに女子高生、それに小さな子供達まで。


 仲間達は皆、全身から血の棘を無数に生やした一般市民に攻撃されている。

 

 何とか軽傷で済んでいる者もいれば、全身を貫かれて既に事切れている者もいる。

 

「死体漁り」ってそういう事ね……外道極まりないわね ! ?


 おそらく彼らは周囲に転がっていた死体、それを何らかの方法で操作している。

 そして明らかに女性や子供、年寄りが多い。


「ぐ ! ? この!」


 少年の死体に襲われているクランメンバーが、剣での反撃を戸惑っている。

 

 明らかにみんなの動きが鈍い。


「氷結! 躊躇しちゃダメよ!」

 

 すぐ様私は周囲一体を氷結させる。


――パキパキパキ……

 

 そして氷結の発動と同時に、英人からの呼びかけが脳内に響く。

 

『レイナ! そっちで何があった?』

 

「油断したわ……我道さんがやられた。それに何人かあなたの部下も……」


『っ ! ?……数分持ち堪えろ! サクヤを向かわせてある』


 頼もしい援軍だけれど……ミーヴァとかいう吸血鬼は厄介――


 その時、横目で警戒していたミーヴァと名乗る少女が動いた。


――ザッザッザッ!


 少女は裸足の足から生えた血のスパイクで、凍結した地面を踏み締めながら迫る。


「お仲間より自分の心配した方がいいよぉ?」

 

 少女の腕から血と思われる刃が無数に生えており、さながら釘バットの様になった腕を私に振るう。


 私は剣で少女の攻撃を弾き返す。


――キーン!


 少女とは思えない怪力ではあるけれど、そこまでの脅威じゃないわ……

 

「どうしたの〜? ほらぁ、反撃しないの〜? ハハハ!」 

 

 甲高く幼い声で、ミーヴァはそう煽った。

 

 この少女もおそらく死体……


 ごめんなさい……綺麗な状態で埋葬してあげたかった。


 恨まれる覚悟を決め、少女の首に剣を振り下ろす。


「やめて! お姉ちゃん ! ?」


 先ほどまでとは違う、おそらく少女本来の声色と表情でそう叫んだ。


「っ ! ?」


 私は躊躇し、剣を振り抜けなかった。


 そして次の瞬間、少女の全身から血の棘が飛び出す。


「アハハ! バーカ! 何躊躇してんだよ!」


 しまっ ! ?


 無数の血の棘が私の体を貫くかに思われた時、少女と私の間に何かが割り込んできた。


――パキン!


 金属の様な何かが折れる音が無数に鳴り響いた。


「馬鹿なっ ! ? 生身で私の血針を ! ?」


 少女の驚く声……そして私の目の前には、筋骨隆々で上裸の大男の背中があった。


「当然です……その程度の攻撃で、私の肉体は傷つかない」


 金髪坊主の大男が、巨大なミスリルのハンマーを肩に担いでそう言った。


 何となく、その大男に見覚えがあった。


「が、我道さんなの?」


 私がそう聞くと、大男は顔だけ振り向いた。

 

「今は金太郎……そう呼んでください」


 いつもの口調からは程遠い、歴戦の猛者の様な低くドスの効いた声色。

 そして明らかに異常な発達をしている全身の筋肉。

 背丈も雰囲気も、私の知る我道さんでは無かった。


 呆気に取られていると、我道さんが少女に向き直る。


「さて、2秒です。2秒以内にその子の体を返すのです」


「はん! お前に幼い少女を攻撃出来んのかよ? どうせ出来無――」


――ドーン!


 それは一瞬だった。


 瞬きする間も無く、我道さんは巨大なハンマーを横薙ぎに振り抜いた。


 なんてパワーとスピードなの……


 見た限り魔力や龍気の身体強化は使っていない。

 それなのに、私は認識するだけで精一杯だったわ。


 一直線に吹き飛ばされ、近くの建物に激突した少女。


 少女はフラフラと立ち上がるも、左半身の腕と脚は折れ曲がっている。


「くっ……てめえ本当に人間か ! ? こんな幼女をボコって心が痛まねえのかよ ! ?」


 どこまでも外道ね……こいつはそれを分かっていて、意図的に死体を選んでいる。

 

 ミーヴァがそう叫ぶと、徐に我道さんは語り出した。


「ええ、もちろん痛みます。それが私への罰なのです……その罰を背負ってでも、一刻も早くその少女をゲスの手から解放するのが、究極の紳士である私の義務なのです」


「ああそうかよ! 訳わかんねえこと言ってんな!」


 少女の全身から触手の様なものが無数に飛び出し、我道さんに迫る。


 触手の先端から伸びる血の刃が、回避する気配の無い我道さんを襲った。


――キキキン!


 触手の刃はすべて、金属音を立てて我道さんの肉体に弾かれた。


「レイナさん。私が相手をしておきます。敵の本体を探して下さい」


 何が何だかわからないけれど、ここは一旦任せておいた方が良さそうね。

 

「……分かったわ」


 そう返事をした私は、龍感覚とユニークスキルによる探知を開始した。

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