第157話 古の襲来

Side:ユミレア・レーネベルト

 

 


「甘い! もっと相手の動きを観察しろ!」


 突きを去なし、そのまま木剣を叩く。


――カン!


「ぐぅ……ありがとうございました!」


 今はクランとやらに入ってきた新人の訓練を任されている。

 

「次!」


「お願いします!」


 彼らは決して、天才ではない。

 筋がいいわけでもない。


 だが素直で実直な者が多い。

 本人達次第だが、時間さえかければ強くなれるだろう。


 彼らを見ていると、私も精進せねばと思わせてくれる。


――カン!


 木剣が宙を舞い、中庭に転がる。


「お前は考え過ぎだ。そのせいで体の動きが鈍くなっているぞ」


「は、はい! ハァ……ありがとうございました!」


 そろそろ食事の頃合いか……次の者で最後にしよう。


「次で最後だ。やりたい者はいるか?」


 私が新人達にそう問うと、背後の少し離れた場所から聞き慣れない声が上がった。


「そこなエルフの剣士、探し人がいるのだが――」


「っ ! ?」


 聞き慣れない低い声色、そこから滲み出る猛烈な死の気配。


 私は直感で、自身の命の危機を感じ取った。


 声のする方へと振り向き、すぐさま腰のロングソードを抜いて構える。


「お前は ! ? ネルダー……」


 何故奴がここに……いや、奴らの襲撃が始まったと言うことか。


 ネルダーはクランハウスの屋上、その柵の上に立ち、中庭にいる我々を見下ろしている。


 真っ赤なロングコートに、赤い上下の貴族服。

 白髪に白い髭、人間で言う所の初老の様な見た目だが、奴の実年齢は一万歳を優に超える。


 最古参の吸血鬼の一人だ……

 イヴァの歴史の中で幾度となく行われてきた吸血鬼狩りの大戦を、奴は全て生き延びている。

 

「おや? 我輩を知っておるのか……はて、どこかで会ったかな?」

 

 白髭を撫でながら、私が奴を知っていることを不思議に思っている様子だ。


「やはり覚えてすらいないのだな……」 

 

 私がネルダーと出会ったのは、我が主人であったシルフィーナ王が奴に殺された時だ……


 レーネベルト家が代々御守りしてきたレーネの女王、シルフィーナ・ドゥラハ・レーネ様。


 私は何もできず、無様にも主人を殺された挙句……奴に見逃された。


 いや……最初から奴にとって、私は視界にすら入らない石ころ同然だったわけだ。


「すまぬな。我輩はそこらの下等な吸血鬼とは違うのだ。我輩にとって価値の無い者は殺さない。故に、貴様が生きていると言うことは、我輩にとって価値がなかったのだ」

 

 ネルダーの討伐を目標に、私は御師様に弟子入りし、レーネの秘術も習得した。


 だが依然として、奴との力の差は歴然……


「そんなことよりエルフの剣士よ、天霧という少年はどこかな? 見た所この場にはおらん様だが」


 やはり目的は英人か……


 ネルダーはネメアの指示か、自身の目的以外では戦場に足を運ばない。


 下級の吸血鬼より先に現れるのはおかしいと思ったのだ。


 英人はダンジョンだ……帰ってくるのを待ちたいが、奴が大人しく待っていてくれるはずもない。


「生憎と出払っていてな……」


 どう来る……


「そうか……なればここに屍の山を築こう。さすれば、血相を変えて戻ってくるに違いあるまい――」


 その時、ネルダーに攻撃を与える者がいた。

 

「拳王闘術……我羅無!」


 チャイナドレスと言う異国の衣装を身に纏い、この世界の聖を冠する娘。


「タオ・フェン! 不用意に奴の間合いに入るな!」


 タオ。フェンの拳はネルダーに直撃する事はなく、奴の操る血の障壁に防がれる。


――ガーン!

 

 拳と血の障壁による衝撃が、中庭を走り抜ける。 

 

「おやおや……これは闘気か。となれば小娘は拳聖かな?」


「お前がダーリンを煩わせる吸血鬼アルな? ギタギタにするネ!」


「まだ修練が足りないが、まあ合格としよう……血呪・葬盟拳そうめいけん。我輩の血と成ることを誇って良いぞ」


 タオ・フェンの攻撃を防いだ血の障壁が、ネルダーの拳に纏わりつく。 

 

「起鬼至天・裏鬼門――」 


――ドーン!

 

 ネルダーの拳がタオ・フェンに直撃し、クランハウスを破壊しながら吹き飛ばされていく。

 

 拳は直撃したが、直前で身体強化が間に合った様に見える。

 

「タオ・フェン! 無事か ! ?」


 瓦礫を押し退け、タオ・フェンが起き上がった。


「……大丈夫アル!」


 今の内に……


「お前達はこの場を離れろ! 巻き込まれるぞ!」


 訓練中だった新人達にそう呼びかけると、彼らは慌てて走り出した。


「ほう……無傷で耐えたか。面白い――」


 ネルダーの言葉を遮り、新たな乱入者が現れた。


「ちょっとさ〜、俺を放っておいて何楽しそうなことしてんのさ? 俺も混ぜてよ……」


 子供の様に無邪気な笑み、だがその中に垣間見えるのは獰猛な獣。


 レオナルド・オルティリオ……御師様ほどの実力ではないが、此奴が来たのは大きい。


 レオナルドのソウルスキル、あれは有能だ。

 

 それに加えて、私とタオ・フェンがいれば……


 ネルダーをここで仕留めるのも可能かもしれんな。


 本当なら私が一対一で奴を仕留めたかった所だが……仕方がない、私の実力不足だ。


「タオ・フェン、レオナルド……3人でこいつを仕留めるぞ」

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