第155話 最悪の気分


「ヴァアア!」  

「アガアア!」


 正気を失い大口を開けて飛び掛かってくる二人を、両腕でそれぞれ防御する。


 二人が俺の腕に噛みつくが、纏った龍気がその鋭い歯を通さない。


 鎌瀬はこんな事のために家族を捨て駒の様に……


 正気を失いながらも、二人の赤く染まった目からは涙がこぼれている。

 

 二人はおそらく、血の呪いという力の影響を受けているんだろう。


 二人を正気に戻すには、術者である鎌瀬を叩くしかない。


「ごめん……」


 コイツはここで俺が殺す。


「鎌瀬社長……桜ちゃん。俺を恨んでください」


 鎌瀬の奴が行動を起こしたのは、おそらく俺が原因だ。


「ガァア!」  

「ガウ!」


 腕に噛み付く二人をそのままに、俺は一度鎌瀬から距離を取る。

 そうして二人を一度、少し離れた場所まで連れていった。


「ウォーターバインド、龍気障壁」


 水魔法で二人を拘束し、追加で龍気の障壁で覆う。


 二人を拘束した時、脳内に声が響いた。

 

『英人、悪い知らせだ。吸血鬼の襲撃が始まった』


 やっぱりそっちでも始まってるのか……

 

 鎌瀬を倒して、急いで潤さんの元へ向かおう。

 

「分かった。直ぐにそっちに向か――」


 鎌瀬の方へと視線を向けると、木にもたれ掛かる鎌瀬の周囲に複数のハイドローブを着た者たちがいた。

 

「旦那、またやられたんですかい?」


「だから全員で行きましょうって言ったじゃないですか。せっかく俺らに金払ってるのに、一人で先走ってやられたら意味ないですぜ?」


「うるさい! 僕に偉そうにするなよ!」


 あいつら……しっかりと正気を保っている。

 鎌瀬の能力で操っているわけではないのか?


 それにあいつら……さっきまでの一般人達とは違って探索者だ。


 ローブの隙間から、鎧や武器が見え隠れしている。


 鎌瀬と同じ様に吸血鬼になったとして、それぞれ別の血の呪いの能力に目覚めるのか?


 それとも鎌瀬と同じ、他者を操る能力?


 いや……時間が惜しい。


 能力を使われる前に仕留めればいい。


 連中を観察していると、ジンが返事を催促する。

 

『どうした? 早く返事をしろ。東京は中々やばいことになっているぞ』

 

「ジン、こっちにも吸血鬼の襲撃があった。できるだけ早く片付けて合流する」


 一刻も早く潤さんと合流したい。


『分かった。おそらくネルダーという侯爵がそっちに向かっている。奴は手練だ……気を付けろ』

 

「侯爵か……」


 侯爵ってことは、伯爵であるニダスよりも圧倒的格上。


 厄介な……

 

『俺はどこを救援すればいい? 数が多い……全員は助けられないぞ』


「……母さんの方はどうなってる?」


 最優先は母さんと鈴だ……申し訳ないがそこは譲れない。


 鈴は今クランハウスにいるはずだから心配いらない。

 あそこにはクランのみんながいる。

 

『ミランダ殿の方は心配しなくていい。あの人がネメア以外に遅れを取ることはない』

 

「そうか……なら御崎さんを頼む」


『了解した』


 そうして、俺はジンとの魂話を終えた。


 鎌瀬の周囲にいる者達が、一斉に武器を構え出す。

 

「何一人で喋ってんだよ?」

「早く殺して、酒でも飲みに行こうぜ」

「いいね! ついでにどっかで女も攫ってこようぜ」


「喋ってないでさっさと行け! とどめを刺した奴にはボーナスをやろう!」 

 

「ウェイ! 旦那太っ腹!」

 

 1秒でも早く、地上に戻ろう。


 出し惜しみはしない。


「龍纒……出力最大」


 体から溢れ出す高密度の龍気、澄み渡る空の様な蒼色のオーラが全身を包み込む。


 黄金の小さな蛇龍達が、俺の周りを優雅に泳ぐ。


 大気は震え、やがて龍の咆哮に変わる。


 大剣を召喚し、龍纒を大剣の鋒まで広げる。


「「「っ ! ?」」」

 

 鋒を彼らに向け、俺はA級探索者としての義務を果たす。

 

「A級探索者規定に基づいて、この場でお前達を処刑する。地獄で罪を償え……クソ野郎共」


 一歩踏み出すと、視界は一番手前の男の懐に変わる。


 フードの隙間から見える男は、驚いた表情のまま固まっている。


 表情だけではない。


 男の手足も動かず、ハイドローブの揺れも無い。


 周囲の木々でさえ、まるで絵画の様に静止している。


 俺は男の首を一刀で刎ねる。


 次に近場の他の襲撃者も同様に首を刎ねる。


 一人、二人……七人。


 そして最後に、一番後ろで指を刺し、歪んだ笑みを浮かべる鎌瀬の正面に立つ。


「……」


 いや、何も言うまい……


 七人の襲撃者と同様に、鎌瀬の首を大剣で跳ねる。


 俺が足を止めると、後ろから衝撃波の爆音が轟く。


――ドーン!

 

 音速を超えた移動によって発生した衝撃波で、男達の首と胴体が周囲に吹き飛ばされる。

 

「なんだ ! ? 何が起こった ! ?」


「体の感覚がねえ ! ?」

「チキショーどうなってやがる ! ?」


 残心。

 

 首だけになったにもかかわらず、しばらく男達は喚いていた。


 しかしそれも長くは続かず、次第に森は静寂を取り戻していく。

 

「クソ! クソが! お前の泣き叫ぶ顔を見るまで……僕は! ぜった……いに、死な……ない――」


 最後に残っていた鎌瀬も、その目から生命力が消えた。


 ニダス達の様には再生しないか……


 龍気の特攻が効いたのか、あるいはこの状態から再生する程の吸血鬼としての力が無かったか……


 まあいい……


「ふぅ……うっ ! ?」


 龍纏を解き、一息吐こうかと思ったがダメだった。


「うっぷ……はぁ……」


 胃から込み上げてくるものがあったが、なんとか吐かずには済んだ。


 探索者の規定があるとはいえ、初めて明確な殺意を持って人を殺した。


 奴らは俺に好意的では無かったし、鎌瀬に至っては正真正銘のクソ野郎だった。


 それでも……最悪の気分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る