第152話 死生反転

Side:財前 一郎(日本探索者協会・会長)

   :国会議事堂前

   :勇者パーティーが「公爵」ニアと交戦を開始した同時刻

 

 

 

「財前! 勇者は何をしている!? 早く我々を護衛しないか!」


 後ろからそう捲し立てるのは、この国の総理大臣じゃ。


 嘘だと思うたじゃろ? これが現実じゃ。

 

「何度も言っていると思うのじゃが、御崎君はこの国の為に敵首領の討伐に向かったのじゃ」


 わしの言葉に、周りにいる議員達もわしを責め立てる


「貴様何を言っている! 我々を守らずしてどうするのだ!?」

「そうです! 私達議員が生き残らねば、この国が機能しないのですよ!?」


 やれやれ……やはり現場を知らない老害議員共は滑稽じゃな。


 わしも老害じゃが……此奴らほどではないわい。


 そんなやりとりをしている今でも、戦況は確実に悪化しておる。


 議員どもがここまで取り乱しているのも、本来議員達を護衛するはずのS級探索者達がすでにやられているからじゃ。


「魔道戦車部隊及び魔法大隊、目標は上空の魔物だ……発射!」

 

――ドーン! ドーン!


 魔道戦車の砲門から、魔力による砲撃が開始される。


 そして砲撃の撃ち漏らしを、大魔術師で編成された部隊が魔法で迎撃を開始した。

 

「陸戦部隊は地上の魔物を速やかに排除し、市民の避難を最優先!」


 地上で市民を襲っている吸血鬼に対しては、前衛ジョブをもった隊員だけで構成された陸戦部隊が交戦を開始。


 ふむ……ここは時間の問題じゃな。


 御崎君が敵首領の討伐に成功したとしても、わしらは助からんじゃろう。


 前方から津波の様になって押し寄せる吸血鬼の群れが、国会議事堂にいる者達の死を確信させる。


 さっきまで議会の最中でよかったのう。


 おかげでこの国の膿を一度に取り除ける……わしを含めてじゃがな。


「篠崎幕僚長! 自衛軍の増援はまだか!?」


 恐慌状態の総理に、篠崎幕僚長が答える。

 

「現在、西は杉並区、東は江戸川区にまで魔物の被害が到達している模様です。北と南も同様に、すでに東京で被害のない場所はありません。それらの救援もそうですが、そもそもここに増援は辿り着けないでしょう」


「なんだと……」


 総理が腰を抜かしおった。


「む?」

 

 総理がへたり込んだと同時に、強烈な気配を持った何かがやって来た。


「やあやあ、ゴミ虫の皆さんこんにちは!」


 子供……には見えるが、あれは化け物じゃな……


「そしてさようなら! 血呪・殺血の雨ブラッド・レイン〜!」


 声変わり前の少年の様な甲高い声と無邪気な声色で、ワシらの死を告げた。


――ポタッ


 一滴の雨粒がワシの腕に落ちてきた。


 そして徐々に大雨となって降り注ぎ始める。

 

――ザアア!


「なんだこれは!? 財前! 早く勇者を――」


 総理は真っ赤な雨に全身を濡らし、瞬く間に皮が溶け、そして骨だけになり、やがて総理だったものはチリ一つ無くなった。


 わしは魔纏を発動しておるから、総理より少しだけ寿命が伸びただけじゃ。


 腕を見れば、覆われた魔力がみるみる内に剥がれ、すぐに血の雨粒は皮膚に到達した。


「わしもここまでか……」


 この場に居た自衛軍と探索者達の、一切の抵抗が意味を成していなかったのう。


 一般市民も関係なく、血の雨に溶かされていきおる。


「うわあああ!」

「なんだよこれー!」

「嫌ああー!」


「アハハハ! 気持ちー! やっぱ満月といえばゴミ人間の鳴き声だよねえ!」

 

 そして10秒程で、立っておるのはわしだけになった。


 自分の体が溶けていくのはちと恐怖じゃったが、存外に痛むことはなかったのう。


 痛みを伴わずに死ねるワシは、幸せな方なのかもしれんのう……


「おじいちゃん? どうして叫ばないの? つまんないな〜」


 黙っておれ……節操のないガキは嫌いなんじゃ。


 このまま死んでもいいんじゃがのう……わしは探索者協会の長じゃ。


 最後の悪あがきじゃ……

 

「タダでは死なぬぞ小童あ! 死生反転!」


 これが今わしにできる唯一の事。


 ユニークスキル「死生反転」。


 スキルの効果は単純明快じゃ。

 わしのダメージと、相手のダメージ状態を入れ替える。

 今死にかけているわしのダメージはあの小童に、そして小童の状態は反転されてわしは無傷になる。

 

 じゃが発動条件はわしが死の淵に立つ事。

 そこで初めて、ユニークスキルは発動する。


 死の淵から一転、無傷になったわしは剣を抜く。


 小童の体は皮膚が溶け、ところどころで骨が剥き出しになる。


 魔力障壁で足場を作り、上空にいる小童に向けて斬り掛かる。


「獲った!」


 わしの剣が小童の首に触れる直前、溶けて歯茎が剥き出しになった口元が不敵に歪んだ。


「アハハ!」


――ザシュ!


 わしの剣は小僧の首を刎ねる。


 じゃがその生首は、刎ねられても尚笑っておる。


「アハハ! おじいちゃん面白い能力だね! でも残念。吸血鬼が自分の呪いでどうこうなる訳ないでしょ!」


 小僧の生首から血の糸が伸び、胴体の首に繋がる。


 そして爛れていた皮膚もみるみる内に再生し、無傷の状態へと一瞬で戻った。


「ミスリルの剣なんじゃがのう……弱点というのは嘘だったか?」


「ミスリルは確かに弱点だけどさ〜 下級の吸血鬼なら死ぬだろうけど、僕は候爵だよ? 階級が上になるほど、ミスリルは効きづらいのさ! アハハ! すごいだろう?」


 やはりガキじゃのう……自分の優位をペラペラと語るとは。


「聞いておったかあ! 天道!」


 こやつとの接敵から今までの一部始終は、全てシーカーリングを通して天道君に中継してある。


「てんどう? 何言ってるのさ? まあいいや、もう死んで」


――ザシュ


 わしの視界はグルグルと回る。


 首から下の感覚がない。


 勝てないことは会った瞬間から分かっておった。


 じゃから少しでも情報を残すことを、わしは最優先としたのじゃ。


 命をかけたにしては、大した情報では無かったかもしれんのう……


 わしもこの程度だったということじゃ……


 あぁ……今宵の月は美しいのう……




 ***

 被害報告

 :国会議事堂にて防衛線を張っていた自衛軍と探索者が全滅。

  財前会長含む、多数の国会議員、自衛軍幕僚長及び幹部の死亡。

  避難していた民間人の全滅。


  国会議事堂前・生存者ゼロ名。

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