第151話 因縁

Side:ジン

  :渋谷スクランブルスクエア(屋上)にて




 新宿を監視していた分身が、ダンジョンから溢れ出す吸血鬼の姿を視認した。


 始まったか……それにしても、やはり吸血鬼は満月で強化されるという噂は本当だったみたいだな。

 

 夜の空に映る巨大な満月を見ると、自身の最後を思い出す。

 

 大規模な真祖討伐作戦の決行日、その日も満月が空で輝いていた。

 そして現在は、その作戦から1000年以上経っているという話だ。

 

 その作戦の中で俺は死んだ。

 そして再び生を与えられたと思ったら、またしても吸血鬼と戦うことになるとはな……


 満月を見ながらそんな自分の運命を呪っていると、黒い何かが満月を横切った。


 そしてその黒い何かは、俺には見覚えがある吸血鬼だった。

 

 ん? あれは……ネルダー!?


 侯爵の一人であるネルダーは、俺が死んだ当時にもいた奴だ。

 

 あの方角は……まさか英人の方へ向かっている?


 俺は直ぐに、英人に「魂話」というスキルを繋げる。


『英人、悪い知らせだ。吸血鬼の襲撃が始まった』


『分かった。直ぐにそっちに向か――』


 うん?


 英人の言葉が途切れた。

 

『どうした? 早く返事をしろ。東京は中々やばいことになっているぞ』


 英人の応答を待っている間、新宿のダンジョン前から三人の侯爵と思われる吸血鬼が飛び立つのを視認した。


 チッ……奴らの動きが早い。

 

 三人の吸血鬼は三方それぞれに別れて飛び去る。


 三人の吸血鬼を視認した直後、英人から返事があった。

 

『ジン、こっちにも吸血鬼の襲撃があった。できるだけ早く片付けて合流する』


 あっちにも襲撃があったのか……それに加えてネルダーがクランの方角へとまっすぐ飛び続けているのを、道中の俺の分身が視認し続けている。


『分かった。おそらくネルダーという侯爵がそっちに向かっている。奴は手練だ……気を付けろ』


『侯爵か……』


『俺はどこを救援すればいい? 数が多い……全員は助けられないぞ』


『……母さんの方はどうなってる?』


『ミランダ殿の方は心配しなくていい。あの人がネメア以外に遅れを取ることはない』


『そうか……なら御崎さんを頼む』


『了解した』


 俺は英人との魂話を終え、直ぐに新宿の分身に意識を移す。


 そして闇移動で勇者の近くに移動し、声をかける。

 

『勇者、お前達はこのまま進むつもりか?』


『ジン殿か!』


 勇者一行は、吸血鬼の群れを薙ぎ払いながら進んでいる。


『英人君はどれくらいでこっちに来られそうだい?』


『すまないがしばらく来られそうにない。向こうにも吸血鬼の襲撃があったらしい。絶賛取り込み中だ』


 おそらくネルダーとも戦いになる……到着は大分遅れるだろうな。


『分かった。僕たちはこのまま、ネメアの討伐に向かう。奴をあの場で食い止めなければ――』


『ダンジョンの前に立っている奴のことを言っているのか? あれはネメアではないぞ。ネメアはまだ姿を見せていない』


 まあ無理もない。

 俺もニアと始めて相対したときは、同様の反応をしたものだ。

 

『なっ ! ? じゃあこの魔力反応は……』

 

『奴の名はニア、爵位は公爵、真祖に最も近い吸血鬼だ。おそらく俺が加勢した状態でも、奴を足止めするのが精々だ。どうする? それでも行くのか? 逃げるなら今の内だが』


 普通なら逃げる一択だが……


『もちろん戦うさ……それが僕の使命だからね』


 やはりな……こいつは俺の知っている勇者そのものだ。

 

 その他大勢のために、己を犠牲にする者。

 

『そうか。ならば俺も――』


 その時、本体の背後で強力な魔力反応を感知した。

 

 どうやら、勇者との会話に意識を向け過ぎたようだ……


「イヒッ! やっぱりお前だったかぁ……ジ〜ン〜」


 後ろを振り返ると、そこにはひとりの吸血鬼がいた。


 三日月のように吊り上がった口角、それによって剥き出しになる鋭い犬歯に、俺は前世の死の直前を思い出す。


「バハラン……」

 

 俺は勇者に悲報を告げる。


『すまない……侯爵の一人に見つかったようだ。すぐに東京一帯の分身を本体に戻す』


 こいつに見つかった以上、俺が東京一帯に放っている分身を維持するのは難しい。


『すまないな勇者。なんとか持ち堪えてくれ……武運を祈る』

 

 そう言って俺は、東京中の分身を消した。


「ジン〜、千年ぶりかぁ? なんでお前生きてるんだよぉ。俺ちゃんがちゃんとトドメ刺したよなぁ?」


「侯爵」バハラン、金髪の隙間から見えるその愉悦に染まりきった目は、千年たった今でも変わらないようだ。


 まあ、俺の感覚では数週間前ってところだがな。


「まあいいやぁ。お前は俺ちゃんの千年の虐殺の中でも特に楽しめたからねぇ、今でも覚えてるよ〜。あれがもう一度味わえるなんてなぁ……ゾクゾクするよぉ」


「それは光栄だな。だが前回の様にはいかないぞ?」


 俺は手に入れた……


「それは楽しみだなぁ。じゃあ始めよっかぁ……楽しい虐殺を!」


 至高の甘味を!


「お前に見せてやろう……並行世界の真髄を」


 今の俺なら辿り着ける。


 こいつに前世の復讐を果たそう。


 俺は闇収納から「ブドウ糖キャンディーお得パック」を取り出し、袋の中身を一気に口に入れる。


 うむ! 素晴らしいぞ! 脳が大歓喜している!


並行世界の複写パラレルワールド・トレース!」

 

 こうして、俺とバハランとの一騎討ちが始まった。

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