第124話 会者定離

 リュートに箱庭と眷属の管理を任せ、クランハウスの中庭へと戻ってきた。


 ゲートを抜け中庭へと出ると、すでに外は朝日が上り明るくなっていた。


 このゲートは開けたままの方が良いのかな。

 俺しかゲートを開けないし、その内リュート達がダンジョンに向かうだろうからしばらくは開けたままにしておくか。


 中庭にゲートを出したままにしておくことを決め、そのまま俺は代表執務室へと向かった。


 中庭からエントランスホールに足を踏み入れた瞬間、何かが突然俺の腹に突っ込んできた。


「ダーリーン!」

 

――ドスン!

 

「うぇ ! ? なんだ ! ?」


 いきなり腹に衝撃が走り、思わず変な悲鳴をあげてしまった。


 視線を下へと向けると、女の子に抱きつかれている。

 この子が誰かはすぐに分かった。

 

 顔は見えないが頭のお団子から伸びる三つ編みツインテール、そしてこの朱色のチャイナドレスは間違いなくタオさんだ……レイナと喧嘩が始まってうまく逃げられたと思ったのに。


「ちょっと、良い加減離れてくださいよタオさん」


「グフフ……もう逃さないアルよ〜」


 タオさんを引き剥がそうとするも、ガッチリとホールドされてびくともしない。


 抱きついてくるタオさんを引き剥がそうと奮闘していると、またしても聞き覚えのある声が聞こえた。


「お二人とも仲が良いですね」


 その声に反応してタオさんから視線を正面に向けると、赤毛の神官服姿の女性が俺とタオさんのやりとりを見ながら微笑しげな表情を浮かべていた。


「ルーシーさん?」


「お久しぶりです、英人さん。英雄杯は大活躍でしたね」


 ルーシーさんの背後にはアンナさんと、タオさんの付き人のワンさんもいる。


「ありがとうございますルーシーさん。立ち話もなんですし、すぐに部屋へ案内します」


 俺はすぐに美澄さんを呼び、タオさんを引き摺りながらルーシさん達と応接室に移動した。




 応接室へ到着すると、美澄さんはすぐに全員分のお茶を用意してくれた。


 ルーシーさんとアンナさんは俺の向かい側のソファに座るが、タオさんは当然のように俺の横へと腰掛ける。

 そしてワンさんはタオさんの横で控えている。


 横に座るタオさんには左腕に抱きつかれているが、ひとまず無視してルーシーさんに話を聞く。

 

「ところで、今日はどうしたんですか?」


「私とアンナは今日のフライトで帰国することになりましたので、最後に顔を見に来ちゃいました」

 

「そうですか……」


 そうか……ウイルス事件の時に救援できてくれて、それから約二ヶ月経つけど、元々大会の時だけ来る予定だったんだっけか。


 キメラウイルスの事件が無かったら、二人とはここまでの仲にはならなかっただろうな。


 二人はフランスの重要人物だし、今後はそう簡単には会えないだろう。

 もしかすると次に会うのは何年も先かもしれないな……


「なんだ英人、私達との別れがそんなに悲しいのか? フッ……いつもは歳の割に大人びているが、年齢相応な可愛い所もあるのだな」

 

 少しばかり気落ちしていると、アンナさんが少し揶揄ってきた。

 

「いえ……まあ、二人とはそこそこ一緒にいましたからね」


「安心しろ、何かあればまた駆けつけるさ」


「そうです英人さん。例の件は我々にも無関係ではありませんから、もし戦いになれば私共も協力は惜しみません」


 それもそうだな。

 ウイルス事件の時みたいに一般人にも被害が出るようなら、聖女の回復力は大きな力になるだろう。

 そうなれば、日本政府もフランスに救援要請を出すのは想像に容易い。

 

「ルーもアンナも、これからはダーリンの心配はいらないアル。ダーリンにはウチがいれば十分ネ!」


 今まで大人しくしていたタオさんが、ここで話に入ってきた。


「フフ、タオちゃんがいてくれるのなら安心ですね」

 

 タオさんの発言を聞いたルーシーさんは、ニコニコしながらそう言った。


 タオちゃんにルーか……二人は仲が良いのかな?


 まあそんなことはどうでもいいか、それより……


「タオさんはどうしてここに? あと、中国の方には帰らないんですか?」


「そんなの決まってるネ。ダーリンのお手伝いをしに来たアル! それに国にはランジュがいるから心配ないネ、ウチはジャパンでダーリンと過ごすアルよ〜」


 ランジュって……ああ、中国にもう一人いるユニークジョブ、「弓聖」ウー・ランジュか。

 それにしても、いつまでいるつもりなんだろうか?

 部屋はたくさんあるから泊まるのは構わないけど……俺忙しいしなぁ。

 

 チラリとワンさんの顔を見ると、申し訳なさそうに頭を下げられた。


「……タオさん、自分のクランの方は放っておいて良いんですか?」

 

 タオさんのクランは世界で一番クラン員の人数が多かったはず、名前は確か「大華拳帝団たいかけんていだん」だ。

 そんな大所帯のクランで、代表が長期間不在では現場が混乱する――

 

「クランには優秀な副代表がいるアル。それにウチは普段から何もしてないから問題ないネ!」


 うん……まあなんとなく察してました。


 多分この人の周りは相当苦労している事だろう、ワンさんの疲れ切った表情を見て一発で理解した。


「うちのタオが申し訳ございません天霧様。しばらく御厄介になります。私でよければ、クランの雑務をお手伝いさせていただければと……」


 ふむ……まあワンさんは優秀そうだし、今は猫の手も借りたいから悪くないのか?


「ウチはどんなことでも手伝うアル! なんでもするアル!」


 ほう……なんでもするアルか。


「それは良いことを聞きました。これからよろしくお願いします」


 俺の急な掌返しに、ワンさんは不安そうな表情を見せた。

 タオさんは何も考えていないのだろう、ニヤニヤとだらしない笑みで俺の左腕に頬を擦り付けている。


 まあどうせなら、散々こき使ってやろうじゃないか。

 

 こうして、タオさんとワンさんが一時的にこのクランハウスに滞在する事となった。


 その後はルーシーさんとアンナさんとしばらく談笑し、最後のひと時を楽しんだ。


 そして1時間も経たない内に、二人はフランスへと帰国して行った。


 まあ、二人にはまた会えるさ。


 少しばかりの別れを惜しんだ後、俺は仕事に向かうのだった。

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