第119話 神の御業・合流(前編)

 ゲートを潜り抜けると、そこには雄大な自然が広がっていた。


「おお……」


 人工物が一切なく、穏やかな風がただ吹いている。

 遠くに聳える山脈、目の前に広がる草原、上を見上げれば満点の星空と一際美しく輝く月がそこにある。


 俺はありのままの自然の美しさに、しばらく何もかもを忘れて佇んでいた。

 

『内部の環境は地球をベースに構築しました。地球と箱庭で時間差はありません』


 なるほど、ここは言うなれば人類が繁栄しなかった場合の地球ということだな。


『魔石を消費することで地形操作、物質の生成が可能です。あらゆる物質を生成する事ができますが、箱庭の外に持ち出すことはできません。早速魔石を消費して物質の生成をしてみましょう』


 してみましょうって……どうやってやるんだ?

 ゲート出した時みたいに、意識すればいいのかな?


 とりあえず本当になんでも作れるのか確認してみようか。


 俺は掌に、オリハルコンの塊を生成してみた。


 俺が意識した瞬間、何もなかった掌に拳大のオリハルコンが出現した。


「おぉ」


 最初は米粒ほどの大きさで現れ、たちまち拳大の大きさに変化した。

 緋色をベースに、黄金の光沢が表面で煌めいている。


 確かにオリハルコンだ……だけど外に持ち出せない以上、どう有効活用すべきか検討がつかない。


 このオリハルコンに限らずこの空間そのものを、今後どう使っていくべきなんだろうか?


 うーん……


 用途に悩んでいると、チュートリアルの音声が再び話し始めた。


『箱庭内では魔力と龍気の自然回復が、外の世界の2倍の速度で行われます。眷属の待機場所としての使用が効果的です』


 なるほど、そういうことか。


 前にリュート達に、「眷属はどこに送還されているのか」と聞いた事があった。

 そこは真っ暗で、意識があるのに体も動かせない居心地の悪い場所だと言っていた。


 その異空間の代わりの場所が、この「箱庭」という認識でよさそうだな。

 魔力と龍気の回復が早いみたいだし、戦場から撤退する場所としてはかなり良い場所になる。


 あらかじめ回復魔法使いとして育てたドラゴニュートを用意しておけば、戦いで負傷した瞬間に安全なこの場所で治療できる。


 それに俺も含めて、アーサーさんや鈴もここに入る事ができる。


 緊急時の避難場所としては破格の性能だな……この空間内にいれば、鈴と母さんの安全が確保される。


 大方の方針を決めた俺は、続いてこの箱庭という空間がどれほどの広さか確かめることにした。


 まさか無限に広いということはないと思うが、一応な……


 そう考えた次の瞬間、天の声が教えてくれた。


『現在の箱庭の広さは、一辺100Kmの立方体の形状をしています。さらに土地が必要な場合は、魔石を消費して拡張可能です。加えて天体の様に球体の地形にすることも可能ですし、銀河系を生成することも可能です。尚それには天文学的な魔石量が必要になるため推奨はできません』


「……」


 それって……まさしく神様がする事では?


 これが「魂の神玉」の力って事だよな……魔神軍がこれを奪いに来る理由がなんとなく分かった気がする。


 まあいい……ひとまずそれは置いて、せっかくだしディーンに乗ってこの箱庭を探索してみるか。

 

「ディーン」


「ヒッヒ〜ン!」


 ディーンを召喚すると、ひと鳴きした後すぐに俺に近寄ってくる。


「どうした……あぁ、はいはい。これでいいか?」


 擦り寄ってくるディーンの顎を撫でてやる。


 最近は龍装の状態がほとんどだったから、こうして触れ合うのは久しぶりだ。

 ディーンは頭を俺の頬にスリスリしながら、嬉しそうに尻尾を振っている。


 頬にディーンのゴツゴツした鱗しか当たらないけど、耐久値が高いから別に痛くはない。

 普通の野生動物みたいにもふもふしているわけでもないけどね。


「よし、ちょっと走ろう。背中に乗せてくれ」


「ヒヒーン!」


 俺はディーンの背中に乗り、そのまま夜の草原を走り出した。



「ん〜気持ち良いな」


「ヒヒ〜ン!」


 夜風が頬を撫で、大自然の香りが鼻腔を通り抜ける。


 俺はどうせならと、みんなを召喚した。


「ピュイ〜!」


「おっと」


 リトスはこのスピードでは飛べない様で、召喚した途端に置き去りにしてしまいそうだったが、なんとか捕まえて抱き寄せた。


「ピュイ〜」


 急に突風に煽られて悲鳴を上げていたが、安心した様だ。


 上を見れば、ソラとトグロも俺たちに並走している。


「「グオアア!」」


 蒼く輝く飛竜と、銀色の鱗に黄金の輝きを放つ蛇龍が空を泳ぐ。


 それからしばらく、俺は大自然の中で眷属達との時間を楽しんだ。




 そして翌日、いつもの様に日の出と共に起床した。


 いつもと違う事といえば、実家の俺の部屋ではないということだ。


 昨日から俺が住むことになったこの部屋は、クランハウス東側の7階にある代表用の宿泊部屋だ。


 東側7階は全室が、高級ホテルのスイートルームの様になっている。

 もちろん今俺がいる部屋が一番大きいし豪華だ。


 そしてこの部屋よりワンランクグレードダウンした部屋がいくつかあって、そこにはアーサーさんと美澄さんが泊まっている。

 まあ二人とも、クランの重役に任命することになるだろうから問題ない。


 リュート達眷属は一つ下の6階に全員が泊まっている。

 まあリュート達には箱庭に移動してもらって、そこで建物やらを建築して生活してもらう予定だ。


 さて、日課の鍛錬を始めたいんだが……どこでトレーニングしようか?


 訓練室やら実験室やら、場所が多くて困る。

 それにめちゃくちゃ広い中庭もあるしなぁ……


 鍛錬の場所を考えていると、部屋のインターホンが鳴った。


――ピンポーン


 ベット脇のモニターを見ると、協会の制服を着た美澄さんが立っていた。


「どうしました? こんな早くに」


『おはようございます代表。先ほどクランメンバー募集に対する応募が届きましたので、早速チェックしていただこうかと』


 え、もう応募来てるの? 正式に募集が掲載されたのって昨日だよな?

 

 まあそれは良いとして、そのチェックをこんな朝早くからやらなくても……


「今行きます」


 俺は昨日の攻略で手に入れた「換装の指輪」で、パジャマから鍛錬用のトレーニングウェアに着替えた。


 うん、なかなか便利だ。


 玄関から出た俺は、そのまま美澄さんと一緒に代表執務室へと向かった。




「え? 今なんて?」


「ですから、応募は全部で2318件になります。さすがに全員と面接するわけにはいきませんから、書類の段階で代表に審査してもらうんです」


 俺は頭を抱えた。


 2千件越えの応募?  

 その応募書類の全てに目を通すのか?


「頑張って面接当日までに終わらせます……」


「何を言っているんですか? 明日以降も毎日応募が届くと思いますので、そちらは今日中に目を通さないと明日以降大変ですよ?」


 おう……


 俺は絶望感に包まれながら、ひとまず応募してきた探索者達の書類審査を開始した。




 そして2時間後、俺は再び頭を抱えている。


 ざっと400人ほどの書類に目を通したが、応募してきたほとんどが中堅からベテランのB級以上の探索者達だった。

 

 うーん……まあ即戦力としては問題ないんだが、俺が求めている人材とは少し違う。


 今応募してきている人たちは、どのクランに入っても活躍できる人たちばかりだ。

 正直なところこの人たちには、他のクランで頑張ってもらいたいところだ。


 俺が欲しい人材はズバリ、アーサーさんとか大地みたいな人たちなんだ。


 ジョブに恵まれず、思うように活動できないでいる人達。

 日々努力しながらも、才能に恵まれた人達に次々と追い抜かれ、それでも折れず、諦めずにいる人達。


 そんな人達が欲しい。


 クランメンバーには全員に技能を習得してもらうつもりだ。

 そうなると、相当厳しい修行の日々が待っている。

 

 だからこそレベル上限の壁や才能の壁、そう言ったものの前で必死に足掻いている人の方が良い。


 今目を通した書類のほとんどにあるのが、「パーティーリーダーになってやる」とか、「上級ジョブなので高待遇希望」とか……そんな奴らしかいない。


 まあ大会で結果を残したとはいえ、俺はまだ高校卒業したての18歳だ。

 クランの代表になるには若すぎるし、舐められているのも仕方のないことではある。


 だけどなぁ……あまりに話題性と金銭目的な者が多すぎる。


 何か対策を打たないとまずいかもな……


 そうこうしていると、執務室の扉がノックされる。


――コンコン


「どうぞ」


 入室してきたのはもちろん美澄さんだ。


「代表、ご友人がお見えになっています」


「友人?」


「浦西様と名乗っておられましたが、どうされますか?」


「浦西……修二か!」


 俺はすぐに美澄さんに、修二を執務室に通すように言った。


 高校の唯一の友人が遊びに来てくれたようだ。

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