第88話 鎮火

 上空から最後の戦場になる東側エリアに向けて飛びながら、眼下の市街地を索敵しながら進む。


『致死ダメージを確認――』


 飛行しているこの間も、おそらく雪嶋セツナであろう人物が着々と数を減らしてくれている。


 ああ……楽しみだ。


 


 数分で東側エリア上空に到着した。 

  

 雪嶋セツナ以外にも戦闘していたようで、あっという間に俺を含めて生存者は残り3人となった。


 俺は高層ビルに囲まれた大きな交差点の中心に降り立つ。


 刀を腰に差し、袴姿の雪嶋セツナが言葉をかけてくる。


「やはり生き残っていましたか……」


 試合開始から今までずっと戦闘を行なってきた彼女は、明らかに疲労困憊の様子。


「初めまして、随分疲れているみたいですね……お二人とも」


 もう一人の生存者も、すでにこの場に到着しているのが感知できた。


「バレてたか。さっきはやってくれたじゃねえの」


 建物の影から、ボロボロの防具を纏った葛西鉄雄が現れた。


 防具がボロボロなのは、先ほど公園のあたりで吹き飛ばしたのが原因だろう。


「次はヘマしねえ。勝つのは俺だ!」


 両拳を突き合わせ、そう気合を入れている。


 さて……まずは二人の能力を見させてもらおうか。


 俺は「龍眼」を発動し、二人のステータスを確認した。


 ______

 名前:雪嶋セツナ

 ジョブ:剣豪(総獲得SP 810ポイント)

 Lv 80

 HP:6780/9600

 MP :2080/5320(3200+1000+1120)


 筋力:10920(6400+1000+3200+320)

 耐久:3200

 器用:10600(6400+1000+3200)

 敏捷:4000

 知力:4600(2400+1000+1200)

 

 スキル

 ・武術系

 剣術Lv10、魔闘術Lv5

 ・強化系

 MP増強Lv7、筋力増強Lv10、器用増強Lv10、知力増強Lv10

 ・特殊系

 気配察知Lv6、魔力察知Lv5、危険察知Lv5、MP自然回復速度上昇Lv10、思考加速Lv10、言語理解Lv1


 技能

 ・雪嶋流抜刀術(初伝)


 装備

 ・魔導武器「一刀刹那いっとうせつな

 ・力の指輪

 ・知恵の指輪

 ・魔糸の袴

 ______

 

 

 どういうことだ?


 ステータスの各数値も、スキル構成もおかしなものはない。

 どれも「剣豪」というジョブなら一般的なものだ。

 

 だが一点、技能の熟練度である「初伝」の部分だ。


 鈴と同じ高校の3年生である雪嶋セツナが、未来ちゃんという12歳の少女と同じ習熟度なのは普通に考えておかしい。


 未来ちゃんが天才なのか、それとも雪嶋セツナが凡人なのか……


 まあ、戦えば分かることか。


 俺の昂る感情が、少しだけ消えていくのが分かった。


 ちなみに葛西鉄雄の方は至って普通だった。

 技能もないし、その他も特に不思議なものは無かった。


 ステータスを確認した俺は、二人に提案をする。


「お二人ともかなり消耗してるみたいですし、二対一で構いませんよ」


 大剣を右手に召喚し、剣先をダラリと地面に向けて自然体で構える。


「……」


「舐めやがって……後悔すんなよ!」


 その言葉と共に、『拳豪』の葛西鉄雄は「魔纏」を発動しながら肉薄してくる。


 放たれる拳の連撃を、後ろに下がりながら空いている左手で受け止める。


「オラオラァ!」


 遅いな……ユミレアさんの格闘術に比べたらどうって事ない。

 

 右手の大剣はフリーにしつつ、雪嶋セツナの攻撃に備えている。


「ぶっ飛べ! 魔天衝まてんしょう!」


 葛西は連撃の最後に、魔闘術の奥義を放つ。


 魔天衝……拳から特大の衝撃波を放つ技。

 受け止めるのは愚策。


 俺は一歩遠めに、余裕を持って真横に躱す。


――ドーン!


 衝撃波がすぐ横を掠める。


 そして派手な攻撃に紛れて、もう一人の敵が攻撃を仕掛けてきた。


「はあ!」


 気合い一閃、俺の首を落とすまいと抜き放たれた刀は、抜刀と共に魔力を纏う。


 ______

 魔導武器「一刀刹那いっとうせつな

 納刀時に刀身に魔力を充填し、抜刀後の最初の一撃のみ威力と速度が上昇する。

 ______


 まさに抜刀術のためにある刀と言える。


 淡く輝く刀身が、視界の右側から迫ってきている。


 今日はいつもより視野が広い……間合いも十分に読めている。


 俺は迫り来る刀を、ギリギリで避けられる程度に躱す。


「っ ! ?」


 顔のギリギリを通過するはずだった刀は、何故か俺の頬を僅かに掠めた。


 刀身が伸びた……いや違う。


 雪嶋セツナの手元を見れば、刀は柄頭のギリギリで握られていた。


 なるほど……抜刀の瞬間に柄の根元から、スライドするように柄頭ギリギリを握り直したのか。


 そうすることでリーチを僅かに伸ばした……


 ハハハ……面白い!


『同調率が上昇しました――現在10%――』


 目にしたその技術に、落ち込んでいた気分がまた昂る。


「魔纏!」


 普段は紫に近い色の魔力が、今日は少し赤み掛かっている。

 そして普段の「魔纏」よりも、その効果が高くなっていることに気付いた。


 いつもならここで、何故そうなるのかと思考を回しているところだが、溢れる全能感が思考を放棄した。


「ハハハ! そうでなくちゃ! もっと見せてください!」


 抜刀後の隙だらけな雪嶋セツナを蹴り飛ばし、同じく拳を振り切った形で僅かな硬直状態の葛西鉄雄に大剣を叩き込む。


「ぐっ ! ?」

 

「チッ!」


――ドーン!


 雪嶋セツナは近くのビルの壁面に激突し、葛西には辛うじて防御された。


「くそっ……なんつー馬鹿力してやがんだよ!」 


 両腕のナックルガードは完全に砕け散り、腕はもう使い物にならないほどボロボロになっている。


「チッ……もう魔力もすくねえ。これに賭けさせてもらうぜ」


 そう言って右腕に左手を添え、葛西は残りの全魔力を右拳に集め始めた。


――ゴゴゴォ!


 綺麗な紫紺の魔力が、拳を美しく彩る。

 

 そして魔力の充填が完了し、真っ直ぐとこちらに向かって走り出した。


 さっきとは違って十分に魔力を溜め込んだ「魔天衝」か……


 猛スピードで近づいてくる葛西を、俺はただ眺めていた。


 今の俺の「魔纏」なら、避ける必要もない。


「これが俺の全力だあ!」


 葛西の拳は俺の鳩尾に直撃し、莫大な威力の衝撃波が俺を襲った。


――ズドーン!


「……うそ……だろ……」

 

 爆風が収まると、俺に拳を突き立てた葛西がそう言葉をこぼした。


 俺は静かに大剣を上段に構え、そのまま葛西を両断した。


 葛西は避ける素振りも見せず、ただただ俺を呆然と眺めていた。


『致死ダメージを確認。葛西鉄雄、ドロップアウト』


 葛西鉄雄が光となって消え、ついに生存者は俺と雪嶋セツナだけとなった。


 彼女は刀を杖のようにしながら、よろよろと立ち上がる。


 俺は大剣を両手で握り、正眼に構える。


「あなたの技をもっと見せてください。そんなものじゃないでしょう?」


 俺の言葉に対して、刀を腰に差し戻し、改めて柄を握る雪嶋セツナ。


「天霧さん……あなたは強い。師である我が父より遥に……あなたの期待には応えられそうに――ない!」


 口上から突然、まるで予備動作無しに彼女は一瞬で俺に肉薄した。


 今のは「縮地」か……「魔闘術Lv5」で使用可能になるスキルだ。


 眼前に迫った彼女は、深く腰を落として抜刀する体勢を作り上げる。


 抜刀術の残念なところは、その軌道が読みやすいところだ。


 彼女は刀を腰の左側に差し、右手で柄を握っている。

 つまり剣の軌道は、俺から見て必ず右側から飛んでくることになる。


 ただの居合斬りだとしたら……ちょっと残念だ。


「雪嶋流・暗月あんげつ!」


「うーむ……」


 抜き放たれた剣撃は、俺の右側ではなく左側から飛んで来た。


 抜刀の瞬間、流れるような動作で鞘ごと刀を頭上に掲げ、抜刀後は外側から内側に腕を大きく捻ることで、当初とは逆側からの一撃を放つ。


 確かに意表は突かれる……だが言ってしまえばそれだけだ。


 せめて俺の認識を超える速度でなければ効果は無い。


――ガキン!


「なっ ! ?」


 危なげなく刀を弾き、次の攻撃を待つ。


「まだだ!」


 雪嶋セツナは「縮地」で退避し、また「縮地」で俺に近づき居合斬りを放つ。


――カン!……カン!

 

 そして幾度となく繰り返されるヒットアンドアウェイ。


 彼女の技を受ける度に、俺の昂りは鎮まっていく。


 少し期待はずれだったか……


 俺は彼女の最後の一撃を、左手で掴み取る。


 たった今彼女のMPはゼロになった。


 もうこれ以上は時間の無駄だろう。


『同調率が著しく低下しました。ソウルスキル「狂龍臨天」の鎮静を確認。再度封印します』


 そうアナウンスが聞こえた後、妙な感情の昂りは俺の中から完全に消えた。


 そして同時に戦意を失った雪嶋セツナの敗北の宣言が聞こえた。


「ハァハァ……降……参です」


 膝をつき崩れ落ちる雪嶋セツナ。


 その瞬間、俺の勝利が決まった。


『雪嶋セツナのリタイアを確認。勝者、天霧英人』

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