第87話 同調

 体の奥底から、フツフツと何かが湧き上がってくるような妙な不快感に襲われた。

 

『警告、感情の抑制を推奨します』 

  

 これは……あの時の――うっ ! ?


 突如体が思うように動かせなくなり、同時に赤いオーラが体から噴き荒れた。


――ゴゴゴォ!


 俺はその場に辛うじて膝を突き、何とか体を支配されないように必死に抵抗する。

 

 まずい……今あの時の様に気を失う訳にはいかない!


 冷静になるんだ……感情を抑えろ。


 俺は何かの侵食に抵抗を続けるが、戦場はそれを待ってはくれなかった。


 っ ! ?


 同時に二つの方向から、「危険察知」が激しく反応する。


「悪いが仕留めさせてもらうぜえ!」


 左から拳を大きく振り上げ、俺を仕留めようと襲いかかってくる男。

 そして前方からは先ほどと同じ巨大な魔力矢が、凄まじい速度で飛来してくるのが見える。


「神速思考」によって引き伸ばされた思考の中で、俺はこの絶望的な状況の打開策を考える。


 体は思うように動かない。


 魔力や龍気がうまく操作できないせいか、スキルも発動する気配がない。

 仮に発動したとしても、おそらく障壁の展開はもう間に合わない。


 思考を回している間にも、視界に映る魔力矢は徐々に大きくなっていく。

 

 そして左側からは魔力の乗った拳を振りかぶる男、おそらく「拳豪」の「葛西 鉄雄」だろう。


 最初に感知していた魔力の大きい反応が彼だった。


 木の裏から俺と未来ちゃんを狙っていたのには気づいていた。


 まさかここでスキルが暴走するとはな……


 くそっ、予定通り「桜 みちる」から仕留めていれば……


 今のこの状態で、A級二人の攻撃を防ぐことは難しい。


 もう俺の耐久値を信じて、致命傷にならないことを祈るしか――


 俺が思考を放棄しかけたその時、俺の耳に聞こえるはずのない声が響いた。


『あれ? 諦めるのかい?』


 この……声は ! ?


 いつかの妙な空間で出会った、少しばかり幼さの残る高い声。


 目線だけで声の主を探すも、その姿は見えない。


『感情に勝る唯一のものは意志さ。君の意志はそんなものだったのかい?』


「龍王……様?」


 そうだ……こんなところで倒れる訳にはいかない。


 今までだってそうだったじゃないか。


 諦めなかったから、ここまで来ることができた。


 俺の体を縛る何かは強い感情? 


 これは……怒り。


 怒りに抵抗するんじゃなくて、強い意志で上書きするんだ。


 父さん……必ず、必ず助けてみせる!


 ここで立ち止まる訳にはいかない。

 

「俺は……」


 俺の体から放出していた赤いオーラが、一気に収束した。


「諦めない!」


 そう言葉を発したと同時に、収束したオーラが俺の体から解き放たれる。


――ドーン!

 

 赤いオーラは周囲の全てを吹き飛ばした。


 巨大な魔力矢はオーラにかき消され、「葛西 鉄雄」は拳を振り上げたまま吹き飛ばされた。


『魂の同調に成功――同調率2%――ソウルスキル「狂龍臨天」の制限を一時的に解除します』 


 俺の体は嘘のように軽くなり、縛られるような不快感は一切無くなった。


 何だろう……いつもより気分がいい。


 思考もいつもよりクリアになり、何とも言えない高揚感に包まれている。


 さて、まずは「桜 みちる」だ。


 俺は「千里眼」を発動し、スカイツリーの頂上を見る。


「送還」


 視界は一瞬で変わり、つい先ほどまでいた頂上に転移した。


 俺が公園に向かう直前、柵に立てかけておいた槍を手にとる。


 この槍を起点に、「送還」で俺の体をこの場所まで飛ばしたんだ。

 万が一の為の緊急回避のために用意してたんだけど、さっきは「千里眼」すらまともに使えなかった。

「送還」による疑似転移は、起点となる武具や眷属が直接見えていないと発動できない。

 だから好きな場所に転移するような便利なことはできない。

 

 俺は手に取った槍を、槍投げのように目線と同じ高さに構えた。 

 

 桜みちるの大体の場所は、さっきの攻撃で割れた。


 魔力矢は西側から飛んできた……飛んできた角度的にあのビルかな?


「千里眼」を発動し、西側エリアにある最も高いビルの屋上に目を向ける。


「イタ……」


 おそらく「桜みちる」であろうフードを深く被っている小柄な人物が、ビルの頂上から隣のビルに向けてジャンプした。


 構えた槍に魔力を流し、力の限り投擲。


――ブン!


 槍は勢いよく放たれ、ジャンプした直後の「桜 みちる」めがけて超高速で飛翔する。


 空を貫き、槍は衝撃波を撒き散らしながら飛んでいく。


 そして放たれてからわずか数瞬の間に、槍は「桜 みちる」に到達した。


 しかし槍が直撃する直前、彼女は空中で体を捻らせ、見事に回避してみせた。


――ドーン!


 槍はそのままビル群を貫きながら飛んでいき、マップ外周の壁に突き刺さった。


 あれ、破壊不能オブジェクトのはずだったような?


 まあいい、奴を仕留めに行こう。


 龍翼を広げ、かろうじて隣のビルに飛び移った「桜 みちる」の元へ飛び立った。


 飛び立ってすぐに、前方から無数の矢が飛来する。


 真っ直ぐ向かってくる大きな矢、弧を描く様に飛んでくる矢。

 その全てを大剣で弾きながら、俺は真っ直ぐ彼女の元へと飛んでいく。


――カン!


 弾いた魔力矢は眼下の街に着弾し、大きく爆ぜる。

 

「鬱陶シイ……」

 

 俺は前面に龍気で障壁を張り、さらに速度を上げて突き進む。


 そして矢の雨の中を突き進み、ようやく彼女の近くまで来た。


「チッ……アンタやばすぎるでしょ! はぁはぁ……」


 フードの隙間から覗くピンク色の髪が、「桜 みちる」本人だと教えてくれる。


 おそらくMPを使い切ったのだろう、肩で大きく息をしている。


「……」


 会話する気は無い、彼女にはここで退場してもらう。


 俺は高速で彼女の背後に回り、大剣で心臓を貫いた。


「くっ ! ?」


『致死ダメージを確認。桜みちる、ドロップアウト』

 

 アナウンスと共に、彼女は光となって消えた。


 そして立て続けにアナウンスが流れる。


『生存者が10人を下回りました。マップの縮小を開始します』


 50人で開始した試合は、残り10名の最終局面へと移る。


 放置していた「雪嶋 セツナ」が数を減らしてくれたか……おそらく最後の戦場は東側だろう。


 妙に昂る感情をそのままに、東側のエリアに向けて飛び立った。

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