第62話 赤き暴虐

***

Side:ルアン


 娘に毒を注入した直後、少年は地面に倒れ伏しました。


「おや? ジャドさんが何かしたのですか?」


「いえいえ、私の攻撃は当たっていないですかな!」


 一体何が──


「「っ ! ?」」


 突然、倒れた少年から凄まじい圧力を感じました。

 少年から真っ赤なオーラが噴き出し、いつの間にか立ち上がっています。


「何が…」


 すると少年から、身を凍らせるような低い声が発せられました。


「邪魔者ハ……ケス」


 少年の瞳は縦に割れ、赤く染まっています。

 そして顔や腕には先ほどまでは無かった、黒い紋様のようなものが浮かび上がり始めました。


「ジャドさん ! ? すぐに彼を始末してください!」


「わかっていますかな!」


 先ほど少年にやられたジャドさんの分体達が再生し、一斉にお襲い掛かります。


『『ギシャア!』』


 大ムカデとモスキートが少年に肉薄し、その首を噛みちぎろうと迫るが――

 

――ドーン!


「なっ ! ?」


 少年が腕を振った。


 たったそれだけで、2体の虫は塵一つ残さずに消滅しました。


 驚いているのも束の間、少年はいつの間にかワームの頭上に移動しています。


「シネ……」


――ドカーン!


 ワームに拳を振り下ろし、その衝撃でダンジョンの床が崩壊しました。


「あり得ません……ダンジョンの床を破壊するなど……」


「ええ、ええ、あり得ませんかな。あの力……あの方に匹敵するかもしれませんかな」


 ここは引くべきでしょうか……どうやらまともに意識も無いように見えますし、人質も無意味でしょう。


「ジャドさん、今回のところは一旦引きましょうか」


「それには及びませんかな! あの少年の力は強力ですが、そう長くは持たないように見えますかな」


 そうかもしれませんが……あれが後どれくらい続くのでしょう? 私は生きているでしょうか?


「私の分体は死にませんから、少年の力が尽きるまで再生させ続けるとしましょうかな! ええ!」


 なるほど、我慢比べのようなものですね……なら私も覚悟を決めましょう――


「邪魔ダ」

 

「「っ ! ?」」


 気が付くと、少年は私たちの目の間に立ち、既に右腕を振り上げていました。


幻影イリュージョン!」

「速すぎま――」


――ドーン!


 少年の赤いオーラの衝撃波は、私の幻影となった体をすり抜けてジャドさんに命中します。


 私はすぐさま距離を取り、その場から離れることに成功しました。


 なんという速さですか……


 幻影の発動があと数瞬遅れていたらと思うとゾッとしますねぇ。


 少年はそのまま、壁にはりつけにしていた娘の元へ飛び上がります。


 まあ良いでしょう……もう人質に意味はなさそうですし。


 少年は娘を抱きかかえ、そのまま着地しました。


「スズ……」


 そしてまた一段と、少年から発せられる圧力が増しました。


 どうやら怒らせてしまったようです。


 もう私だけでも逃げてしまいましょうかねぇ……


  


 ***

 Side:リュート




「王よ!」


 王は吸血鬼を仕留めた後、そのまま廃ダンジョンに向かって走り出した。

 

 私も着いて行きたいが、王はこの場を任せると仰った。

 ならば王を信じて、それに従おう。


 私が王の母上殿と、友人のアーサー殿を床に寝かせて様子を見ていると、ルーシー殿達の3人がやってきた。


「リュートさん!」


「ルーシー殿、急いで回復魔法をお願いします」


 私は母上殿が見えるように場所を空け、回復を促す。


「っ ! ?  美沙さん! ゴッドヒール!」


 ルーシー殿は倒れている2人に駆け寄り、回復魔法を発動した。

 すると母上殿とアーサー殿の顔色は見る見るうちに良くなり、穏やかな寝息が聞こえ始めた。


「リュートさん、英人さんはどちらに?」


「王は廃ダンジョンという場所に向かわれました。どうやら敵の首領が、そこを根城にしていたようです」 

 

 廃ダンジョンというのが何かはわからないが、彼女らには伝わるだろう。


「廃ダンジョン……そんな所にいたのですか」


「おいリュート! なんで1人でアイツを向かわせた!?」


「そうよ、英人は敵に狙われているんでしょう? 敵の思うツボよ」

 

 アンナ殿と白髪の娘が、責めるようにそう言った。


「どうやら王の妹君が敵に攫われたようです。王は母を私に任せ、妹を助けにいく決断をしたまでです」


 私がそう伝えると、3人の表情が変わった。


「鈴さんが攫われたのですか ! ?」


「なんてことだ……」


「……それなら、私たちも早く行きましょう」


「そうしたい所ですが、まずはこの2人を安全な場所へ移動させるのが先です」


 ルーシー殿がそう言って、腕に着けているリングに話しかけると、数分も経たずに救急車という白い箱がやってきた。


 そして母上殿とアーサー殿を安全な場所へ運んで行った。


「ええと、リュートだったかしら? 池袋の廃ダンジョンでいいのよね?」

 

「ええ、確かにそう言っていました」

 

 そうして私達4人は、場所が分かるという白髪の娘を先頭にして、廃ダンジョンへ向かった。




 それから王の元へ向かった私達が、廃ダンジョンの第6階層を走っていた時だった。


――ドーン!


 突如上空から凄まじい衝撃音が鳴り響き、全員の足が止まった。


「あれは……穴?」


 誰かが音が鳴った方角を見てそう言った。

 だが私はそれどころでは無かった。


 っ ! ? なんだ……これは……


 衝撃音が発生した直後、私の体を貫くような凄まじい怒りの感情が伝わってきた。


 これは……王の怒り……いったい何が起こっている。


 魂の奥底から、王の怒りが伝わってくる。


 王の元へ急がなければ!


「あの穴を見てください! どこかに繋がっているようです」


 ルーシー殿がそう言って、全員が上空に出現した穴を観察する。


 穴の向こうはどこかの天井が見える。


 そして穴から漏れ出ている赤いオーラを見て、私は確信する。


「王があそこにいます!」


「それは本当ですか?」


「はい、間違いないかと。あの穴の向こうで王が戦闘しているようです」

 

「だが、どうやってあの穴まで行くんだ?」

 

「私に捕まってください」


 そう言って、すぐに龍翼を展開する。


「翼 ! ? その角といい、お前はいったい……」


 白髪の娘が驚いているが、すぐにルーシー殿とアンナ殿が私の指示に従ってくれた。

 

「レイナさん、後で説明しますから、今はリュートさんに従いましょう」


「……分かったわよ」


 全員が私に掴まったことを確認して、穴に向かって飛び立った。


 王よ……どうかご無事で……




 穴を通り抜けると、そこには妹君を抱えた王が、雑多な昆虫の群れに襲われていた。


「王よ! ご無事ですか ! ?」


「あれは……いったい」

「なんという圧力だ……」

「あれは……英人なの?」


 なんだ? あの黒い紋様は……


 王の額には、翼を広げた黒い龍の紋様が浮かび上がっている。

 さらに黒い紋様は額から頬に伸び、首筋まで続いているのが見える。


 そして王の姿に驚いている間も、数多の昆虫の群れが王に殺到する。


――ブーン

――ガサガサ 

 

 殺到する虫は、王が放つ赤いオーラに触れた瞬間に爆ぜ続けている。

 

「来タカリュート……後ハ任セル」

 

 王が私にそう言った瞬間、力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。

 

 っ ! ? 王から放たれていた赤いオーラが消えた! 


 虫の攻撃は止まらず、オーラの結界が消えた王に再び殺到する。

 

 私はすぐに短剣を抜き、倒れた王の正面に躍り出る。

 

「蒼月乱刃! うぉおおお!!!」


 無数に迫り来る虫達を、二刀の短剣で切り続ける。


 数えきれないほどの物量に、私の攻撃の手数では足りなかった。


「ぐっ ! ?」

 

 攻撃をすり抜けた虫が、私の体に噛みつき始める。

 

 この命尽きようとも、御身だけは守らねば――


「凍りなさい」


 私が覚悟を決めた瞬間、鈴の音の様な声と共に、氷の壁が目の前を通り過ぎた。


 これは……


 氷の高さは天井まで伸び、横はダンジョンの壁まで到達した。


 突如として氷の壁が、敵とこちらを分断した。


「大丈夫かしら?」


「あなたは確か……レイナ殿。助かりました」


 白髪の少女レイナ殿と共に、ルーシー殿とアンナ殿が駆け寄ってくる。


「英人さん! 鈴さん! ゴッドヒール」


 ルーシー殿が回復魔法をかけてくれたところで、王と妹君の顔色が戻った。


 ひとまず王と妹君が無事でよかった……

 

 そう一息ついた瞬間、王が装備している龍装が光を放つ。

 

「ピュイ!」

「ヒヒーン!」

「グォアア!」


 龍装されていたリトス、ディーン、ソラが現れ、我先にと王に擦り寄った。


「なっ ! ?、なんなのよいったい ! ?」


 そうか、レイナ殿は知らないんだったな。


「まあ! ドラゴン以外にもいるのですね!」

「なんだこの馬は! カ……カッコイイではないか!」


 そして皆が驚いているのも束の間、御身に変化があった。


 王の体がいつもの蒼い龍気に包まれ、目を覚ました。


「ん……みんなどうしてここに……」


「ご無事で何よりです。王よ」


 私は王の横に跪き、そう述べた。

 

 私は王の盾……この先何が起ころうとも、生きて御身を守護いたします。


 


 ______

 あとがき


 遅くなってすみません。

 次回は英人視点に戻ります。


 それと、立て続けに星が入ったり、初めてコメント付きのレビューを頂いたり、ギフトをくださったりと、本当にありがとうございます!


 ハートですらテンションぶち上がる私は大変歓喜しております。


 これからも本作をお楽しみいただければ幸いです。


                                  ナガト

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