第61話 逆鱗

 俺は池袋の駅から少し離れた一角、今は誰も攻略することの無くなったD級の廃ダンジョンに到着した。


 ここか……


 俺はダンジョンのゲートを潜り、内部に侵入した。

 すぐに龍感覚を発動し、内部の状況を把握する。

 

 一階層にはルアンや他の吸血鬼の気配はなく、それにダンジョン産の普通の魔物の気配すらない。

 

 どういうことだ?……奴らはともかく、普通の魔物が一匹も居ない。


 廃ダンジョンは誰も攻略することが無くなっただけで、中の魔物が消えたりはしない。

 

 でも今は好都合だ、通常の魔物と戦っている暇はない。


 俺はルアン達が居ると思われるボス部屋を目指して、荒野を走り出した。

 



 ボス部屋がある10階層に到着した時、俺の龍感覚に無数の反応があった。


 そして目の前に広がる荒れた大地の奥から、無数の吸血鬼やライカンの反応がこちらに近づいてくる。


「へえ〜お前さんが例のコアの持ち主か……適当に足止めしてくれと言われたが、案外俺たちでもなんとかなりそうじゃないか?」

 

「伯爵様を倒したようには見えませんね」

 

「俺たちでぶっ殺して、さっさと帰ろーぜ?」


 上空で静止した吸血鬼と思われる男達が、俺を見てそう言った。


 こいつらに構っている暇はない……ここは押し通る!


 俺は龍翼を展開し、瞬時に間合いを詰める。


 大剣を振りかぶり、3人の吸血鬼の眼前に躍り出る。


 そのまま全員の首めがけて、大剣を一閃する。

 

「「っ ! ?」」


 一人躱したか……

 

 3人中2人の首を落としたが、1人には寸前で回避された。

 

 首を失った2体の吸血鬼の体が地面に落下する。

 

――ドサリ 

 

「お、おいてめえら! こいつをぶっ殺せ!」


 攻撃を躱した1人が、周囲に展開しているライカンに指示を出す。

 

「「「ワオーン!」」」

 

 遠吠えを上げながら、数10のライカンが俺に殺到する。


 数が多い……面倒な……


「魔纏! 一閃・連撃!」


 俺は全ての大剣の一撃に「剣術」を発動し、跳躍してきた無数のライカンを空中で細切れにした。


「時間の無駄だ。ソコヲドケ」

 

 俺がそう告げると、残った吸血鬼は激昂した。

 

「くそがあ! 人間風情があ!」


 叫びながら突っ込んでくる吸血鬼に連動して、残りのライカン達も一斉に動き出す。


『邪魔ダ』


──ドーン!


 俺の体から赤いオーラの衝撃波が円状に発生し、四方八方から迫り来るライカンと吸血鬼を木っ端微塵に粉砕した。


 龍感覚で周囲を確認すると、無数にいたライカンと吸血鬼は1人も見当たらなかった。


 もう湧いてこないか……鈴の元へ急ごう。


 そこでふと、違和感に気付いた。

 

 あれ?


 今、俺は何をした?


 さっきの赤い衝撃波……どうやって出した?


 先ほどの赤い衝撃波は、龍気に似ていたような気がする。

 あんなスキルを習得した覚えはない。


 いや、今はいい……一刻も早く鈴のところへ行かないと。

 

 俺は遠くに見えるボス部屋まで、一直線に飛翔した。




 そしてボス部屋の扉を開き、中へと侵入すると――


「おや? 早いですねぇ。外には仲間を配置していたのですが……」


 広いボス部屋の中心に、ルアンが待ち構えていた。


 そしてその後ろの壁際に、四肢を何かで縛られている鈴の姿を見つけた。


「っ ! ? 鈴!」


 俺の呼びかけに、鈴は反応を示さない。

 

 鈴の手足は縛られ、壁の上方にはりつけにされている。

 そして鈴の手足を縛っている糸のようなものを辿ると、ちょうど鈴の真下の壁際に、異形の怪物の姿が見えた。


 あれは……なんだ ! ?


 鈴の真下にいる異形の怪物は、巨大な蜘蛛の胴体に虫の羽が3対生えている。

 そして蜘蛛の顔の部分からはムカデの胴体の様なものが伸びており、伸びたムカデの胴体の先には人間の顔の様なものがある。


 そして、ムカデの胴体に付いている顔が喋り始めた。


「ん〜? んー? あなた、以前にお会いましたかな? 今回が初めてのはずですが……ええ、ええ」


 トンボのような複眼に、蟻のような顎を持ったその異形は、俺を見てそう言った。


「何を言っているんですかジャドさん? そんなことより少年のコアをお願いしますよ」


「ええ、ええ! そうですな! ルアンさんも早く故郷に帰りたいでしょうし、私にお任せくださいな! ええ!」


 まずはあの化け物からか……あの雑多な昆虫が混ざったような姿、一体どこを攻撃すればいい?


 俺は龍感覚で怪物を観察する。


 っ ! ? こいつ……ニダスよりも数段格上の魔力を感じる。


 勝てるか?……だけどやるしかない!


 俺が負ければ、鈴もおそらく殺される……


 勝つしかない……


『コロスシカナイ……』


「龍纏」


 俺の体を龍気が包み、大気を震わせる。


 なんだろう……いつもより力が溢れてくる気がする。


 体を包む龍気を見ると、いつとオーラの色が違った。


 紫?……いつもはもっと蒼かった気がする。


 だが今はどうでもいい、いつもより力が漲っているし、早く勝負を決めないと龍気も持たない。

 前回の戦いで使い切ってから、まだそれほど龍気が溜まっていない。

 

「ジャドさん、後は頼みますよ」


「ええ、ええ! もちろんですかな!」


 ルアンは壁際まで後退し、代わりにジャドと呼ばれた異形が動き出す。


――ボコボコ

 

 蜘蛛の胴体が、気味の悪い音を立てながら所々膨れ上がる。


 そして風船のように膨れ上がった皮膚を突き破り、何かが姿を現す。

 現れたのは巨大な芋虫と、ウイルスの感染源だった蚊の化け物だった。


 あの蚊は……そうか、あのジャドというやつが蚊の化け物を生み出していたのか。


 そして蜘蛛から伸びていたムカデの胴体部分が分裂し、前長30メートルほどの大ムカデが現れる。


 ワームに蚊、そしてムカデの3体が攻撃を開始した。


『ギシャア!』


 大ムカデはその鋭い顎で、俺を噛み千切ろうと迫り来る。


 様子見はいらない……最初から全力でいく! 

 

 俺は龍纏の出力を、今出せる限界まで上昇させた。

 

 紫の龍気がさらに激しく迸る。

 

 そして迫り来る顎に目がけて大剣を振る。

 

「龍閃咆!」


――ドーン!


 龍気の一撃は大ムカデに直撃し、そのまま頭周辺を吹き飛ばした。


 まずは一匹……


 次の標的を探すが、大ムカデの胴体が視界を埋め尽くしている。


 そして死角から、大量の赤と緑の液体が飛んでくる。


 チッ! 


 瞬時に龍翼を展開して上空へ飛び上がり、そのまま龍感覚で索敵する。


 緑の液体が飛んできた左前方の死角に、全長10メートル程のワームを発見。


 動きのトロそうなあいつからだ!


「高速飛行」を発動してワームの背後に回り込み、大剣を上段に構える。


「龍燕斬!」


――ザシュ!


 紫色の龍気の三日月は、ワームの頭部を刈り取った。


 頭部を失ったワームの胴体は、大きな音を立てて倒れる。


 残る蚊の化け物を索敵しようと龍感覚を発動すると、蚊の化け物は既に俺の背後に移動していた。


 前回遭遇した奴よりも速い……だけど、俺の方が上だ。


 迫り来る巨大な鎌を大剣で受け止め、化け物の腹に蹴りを叩き込む。


「龍脚衝!」


 蹴りは化け物の腹に減り込み、内部で龍気が爆ぜる。


――ボン!


 蚊の化け物は内部から破裂し、周囲に肉片が飛び散る。


 三体の化け物をあっさりと討伐して見せた事で、ルアンが焦りの表情を見せる。


「これは……ジャドさん、勝っていただけないと困りますよ?」


 大ムカデの頭部にあった人の顔が、壁際にいる蜘蛛の胴体に浮かび上がる。


「んん! なかなか良い攻撃ですかな! ええ!」


 ルアンとは対照的に、ジャドは余裕の笑みを浮かべている。


 後はルアンとあの蜘蛛を倒すだけだ。


 鈴……もう少し耐えてくれ。


 俺が壁際の方へ向かおうとすると、ルアン達が動きを見せた。


「念の為に攫っておいて正解でしたねぇ……ジャドさん、娘に毒をお願いします」


「ええ、ええ。それは必要ないと思いますよルアンさん?」


「念の為です。少しでも彼の動きが鈍れば楽になるででしょう?」


「まあそうですね。ええ、ええ」


 すると蜘蛛の胴体から、先端に鋭い針が付いている触手が飛び出す。


 そして触手は縛られている鈴に向かって伸びていく。


 毒?……まさか ! ?


「鈴!」


 急いで鈴の元へ向かおうとするが、針が伸びる速度の方が圧倒的に早かった。


 俺が動き出そうと一歩踏み出した直後、針は鈴の首に突き刺さっていた。


「や……やめろぉおおおおおおお!」


 気づけば俺は、喉がはち切れんばかりに叫んでいた。


――ドクン 


 その時、心臓が大きく脈打ち、体の内側から何かが這い上がってくるような感覚に襲われた。


『警告。ソウルスキルの制御不可能。ソウルスキルが暴発します』


 なんだ ! ?


 突然のアナウンスと体の異変に気を取られていると、先ほどまで意識を失っていた筈の鈴の叫び声が木霊する。

 

「ぎゃあああ!」


「っ ! ? 鈴 ! ?」


 鈴の顔は真っ青で、目、鼻、口、耳と、至るところから血が流れている。

 そして縛らた両手足を必死に動かしてもがき苦しんでいる。

 

――ドクン


『ユダネヨ……イカリニ』

 

 またしても心臓が脈打ち、底冷えするような何かの声が聞こえた。

 

 なんだ ! ? ……今の声……


 声が聞こえた直後、内側から何かが溢れた。


 そして徐々に体の制御が効かなくなり、俺は地面に膝を着いた。

  

 視界も真っ赤に染まり、鈴の姿も朧げになり始めた。


 まずい……意識が……飲み込まれる ! ?


 俺の体は完全に動かなくなり、うつ伏せに倒れる。


 何かに体を乗っ取られているような感覚が続き、俺の意識はどんどん薄れていく。


 ぼやけた視界に鈴をおさめ、俺は最後の力を振り絞って腕を伸ばす。


 鈴……


 伸ばした手は何にも触れることはなく、遂に俺は完全に意識を失った。






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