第25話 英雄の姿
結界石を手に入れたことで、休憩中に周囲に気を配らなくても良くなったのは大きい。
最近では龍装を解除して、俺が食事中の間は各々好きに過ごしている。
リトスは俺の頭の上でグデーっとしており、リュートはディーンの背に乗って近くを走り回っている。
そうして気を休めていると、ふと、入り口で見たアーサーのことが気になった。
数日前、訓練終わりに水を飲もうとリビングに行った時のことだ。
ソファに寝転がりながら、何かを見てニヤニヤとしている鈴がいた。
『鈴、何見てるんだ?』
『あ! お兄ちゃん丁度よかった、今ダンジョン配信見てるんだけどさ〜、この人なんだかお兄ちゃんに似てるんだよね〜』
そう言って見せられたのが、ついさっき見かけた「アーサーチャンネル」のアーサーだった。
どこが俺と似ているのか全くわからなかった。
今も配信しているのかな?
気になって少しだけ「アーサーチャンネル」の配信を覗いてみることにした。
シーカーリングでDチューブを起動し、アーサーさんの様子を確認する。
確か……このダンジョンの生きた魔物を討伐しようとしているんだったか?
『みんな、さっきの遠吠えを聞いたかい? ここは昆虫系のダンジョン。つまり! 僕のこの明晰な頭脳によると、今の遠吠えの主がこのダンジョンのイレギュラーだ!』
遠吠え?……もしかしてライカンスロープか?
『第五層で出てくるとはね。神はどうやら、僕に早く英雄になってもらいたいらしい』
"早くボコられるとこ見たい"
"やっちゃってください英雄様www"
"はよ討伐しに行け"
"マジでこいつ草"
"夢見すぎ"
『さあ! ファンのみんなが待っているようだし、遠吠えの主のところへ向かうとするよ。僕の勇姿を見ていてくれたまえ!』
すごいポジティブだな……
俺とどこが似ているんだ?
鈴には俺のことがこんな風に見えてるのか?……
それより、なんだか嫌な予感がする。
ふと、以前ライカンを見つけた時の光景が脳裏を過ぎる。
一面の血溜まりの中で、人間を食っている奴の姿。
第五層って言ってたかな?
助けに行った方がいいかもしれない。
アーサーさんが以前の昇格試験で見た強さと変わっていなければ、少し危ないかもしれない。
俺はディーンとリトスを龍装に戻し、第五層へ向かった。
森の中をディーンで走り抜けながら、馬上から魔物を大剣で薙ぎ払っていた。
「リュート! 撃ち漏らしのトドメと魔石の回収をしながら着いてこい!」
「お任せください!」
――ザシュ
魔物を切りつけながら、左腕のシーカーリングでアーサーチャンネルの動向を確認している。
『あいつが雄叫びの主か……も、もちろん不意打ちはしないさ。それは僕の美学に反するからね。お……おい! そこのオオカミくん! 僕はアーサー! 将来はえい――がはっ!?』
まずい、戦闘が始まった。
しかもアーサーさんは初めて生きた魔物に遭遇したんだろう。
奴らはダンジョンの魔物とは違う。
まだ俺は第三層、急がないとまずい!
「ディーン! 龍装してくれ!」
「ヒヒーン!」
ディーンが光の粒子となり、俺の足に集まる。
俺はディーンを龍装し、そこからは全力で第五層を目指した。
***
SIDE:アーサー
「さあ! ファンのみんなが待っているようだし、遠吠えの主のところへ向かうとするよ。僕の勇姿を見ていてくれたまえ!」
現在の同接人数は過去最高の128人、僕の姿を多くのファンが見ている。
最近噂のイレギュラーの魔物、そいつさえ倒せば、才能のない僕でも英雄になれる!
あの人みたいになってやるんだ。
僕は遠吠えの方へ、主を探して歩いて行った。
「あいつが雄叫びの主か……」
あれはライカンスロープ!? いいや、データベースの情報よりも少し大きい。
あんなの……僕には……
”B級のライカン?”
”ワイB級やけど、ちょっと違う気がする”
”英雄さん! 先手必勝、今がチャンスですよww”
”まさか不意打ちなんてしないよね?”
”これ流石にまずくね?”
”事故配信www”
”同接めっちゃ増えとる”
「も、もちろん不意打ちはしないさ。それは僕の美学に反するからね」
もう後には引けない。
僕は英雄になる男だ! 僕にならできるはずさ。
僕は意を決してライカンスロープに近づく。
「お……おい! そこのオオカミくん! 僕はアーサー! 将来はえい――がはっ !?」
気つけば僕は宙を舞っていた。
強烈な痛みを伴って。
「あがぁああ!」
う、腕が!? いっ痛い! 痛い痛い痛い!?
左腕が変な方向に曲がっている。
身体中から変な汗が噴き出してきた。
ちくしょう! まだ何も成し遂げていないじゃないか! まだ……倒れる時じゃない!
僕は必死に痛みを堪え、槍を杖のようにして立ち上がる。
オオカミくんはニタニタした笑みを浮かべている。
あの蔑むような笑い、何度も目にしてきた……
「僕は……アーサー! 英雄になる男だ!
「ガアア!」
そこから、僕は何度も立ち上がり、攻撃を続けた。
しかしやっぱり、オオカミくんに僕の攻撃は通用しなかった。
僕の攻撃は擦りもしない。
反対に、僕の体は裂傷が増えていく。
地面には大量の血痕が散っている。
言うまでもなく僕の血だ。
もう立ち上がる力も残ってない……僕はここで、死ぬのか?
オオカミくんが嘲りを浮かべて近づいてくる。
「ワオーーーン!」
遠吠え……そうか……これは勝利の……
「ガアア!」
そして凶悪な爪が、僕を貫こうと迫ってくる。
僕に才能があれば、あの人みたいに強くなれただろうか?
10年前にいなくなってしまった僕の憧れ……
僕が死を悟った時、突如目の前に、美しい蒼色のオーラを纏い大きな剣を持った人物が現れた。
「あ……あなたは……僕の……」
英雄……
僕の意識はそこで途絶えてしまった。
***
SIDE:天霧英人
もう少しで第五層への階段が見えてくる頃だな。
アーサーさんの配信を確認すると、アーサーさんは何度も立ち上がり、ボロボロになりながらも戦っていた。
”ボコボコで草”
”やば、俺もう見てられない”
”ちょ、さっきのB級さん! 助けにいった方が……”
”これがイレギュラーの個体か”
”誰でもいいからアーサー助けてやってくれ!”
”じゃあお前が行けし”
”そのうち誰か来るんじゃね”
視聴者は1500人を突破して、今もなお増え続けている。
もうそろそろ限界だ。
早く行かないと!
俺は第五層への階段を発見し、スピードを落とすことなく走り抜けた。
第五層に入り、「魔力感知」スキルを使ってアーサーさんを探す。
どこにいるんだ !?
半径50メートルの範囲で索敵するも、アーサーさんの反応はない。
ダンジョンの階層は、中心部に次の階層への階段があり、そこから外周の壁まで約3km。
ダンジョンによって異なるが、このダンジョンは大体それくらいだ。
そして数秒ほど中心部に向かって走ったところで、ライカンの遠吠えが聞こえてきた。
「ーーン!」
「っ!? 龍感覚!」
咄嗟に「龍感覚」を使用して、遠吠えの場所を探る。
見つけた!
約一キロ離れた場所に、倒れているアーサーさんと腕を振りかぶるライカンの姿を捉えた。
「龍纏! 舞鶴!」
できる限りの速度バフをかけ、ライカンの元へ走り出す。
間に合ってくれ!
そしてわずか4秒、亜音速で森を走破し、ライカンとアーサーさんはもうすぐそこに見える。
間に合った!
俺は大剣を召喚し、今にも振るわれ様としているライカンの腕を切り飛ばす。
――ザシュ!
「ガウ?」
俺はそのまま、呆然と切られた腕を見ているライカンの首を刎ねる。
――ボトリ
地面に落ちたライカンの頭部は俺に気づき、俺を睨みつけながら、ゆっくりと光を失った。
「あ……あなたは……僕の……」
______
あとがき
新キャラのアーサー君は個人的に好きなキャラクターです。
今後も他者視点のストーリーが入ってくると思いますが、ご了承ください。
まるまる1話を他者視点にする場合は、幕間などタイトルでわかるようにします。
王の道編は後10話ほどで終了予定です。
その後、3章開始までの間に、スキルなどの設定をまとめたものを投稿します。
あとお父ちゃん視点のエピソードもあるのでお楽しみに〜
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