第15話 生きた魔物

 俺たちはダンジョンから帰還し、池袋支部の応接室にやってきた。

 

 応接室に入ると、御崎さんが前回いなかった二人を紹介してくれた。

 

「そういえば、二人を紹介していなかったね。こっちの根暗そうなのが、うちのクランで一番優秀な斥候だよ」


「ね、根暗って……。ぼ、僕は影森亮かげもり りょう、ジョブは暗殺者です。よ、よろしく」


 黒髪の身長170センチほどで、いかにも暗殺者という様な格好をしている。


「亮さんですね。よろしくお願いします」


「それでこのちっこい子が七瀬ミト、火と風の大魔術師だ」


「ん……ミト」


 ポーションをもらった時にも思ったけど、あんまり喋らない人みたいだ。

 身長は150センチほどで、俺が丁度180センチだから余計に小さく感じる。


「よろしくお願いします。ミトさん」


「ん」


 

 

 全員が着席したところで、今回の事件についての確認が始まった。

 

「さて英人くん、簡単に状況を話してくれるかい?」


 天道支部長に説明を促され、俺は遠吠えのようなものが聞こえてから、ライカンに遭遇し討伐したところまでを話した。

 どうやって倒したかまでは説明していない。


「そうか、とにかく無事で何よりだ」


「天道さん……やつは、あの魔物は何ですか?」


「ここ数年、世界各国で魔物に襲われて死亡する事件が相次いでいるという情報は耳にしていた。日本での被害は今までなかったが、最近になって生きた魔物、本物の魔物の目撃例が出始めた。死者も少ないが出ている」


「本物の魔物」……か。


 奴は他のダンジョンの魔物とは明らかに違った。

 嗤っていたし、最後には恐怖もしていた。

 何より、人間を食っていた……。


 あれが「魔物」の本当の姿なのだとしたら、ダンジョンの魔物はいったい……


「それで、御崎君達ブレイバーズが、この件の調査をしている。君が電話してきた時、たまたま御崎君達と話していたんだよ」


「なるほど、だから御崎さん達がきてくれたんですね。それで、魔物については何かわかったんですか?」


 俺が天道さんに質問すると、御崎さんが代わりに答えてくれた。


「今の所分かっている事は少ないね。まず一つ、彼らはダンジョンのランクよりも上位の魔物であること。二つ目、彼らは生きた魔物であること。三つ目、各ダンジョンに一体だけ出現し、一度討伐すればそれ以降は現れない」


 なるほど、つまりC級やB級のダンジョンにはライカンスロープよりも上位の魔物がいることになるのか。

 今後の探索は命懸けになると思った方がいいかもしれない。


「そして最後に、これが一番重要かもしれない。奴らは、階層を移動できる」

 

「階層を移動する? 確かに、今回のように低階層で出現したら被害が出るかもしれませんね」


「それもあるんだけど、昔ダンジョンが出現した当初に行われた、魔物を捕獲して階層移動させた実験を知っているかい?」


「ええ……確か、魔物はその階層でしか存在できなくて、無理に移動させると消滅する。というやつですよね?」


「そう、奴らは階層を移動できる。つまりは地上にも移動できる可能性がある」


 っ!? 


 地上に出ることができる?……そんなことが起きたら相当な被害が出る。


 今までダンジョンから魔物は出てこなかった。


 もし出てきていたら、地上は今みたいに平和ではないだろう。


「まあ、今の所ダンジョンの外に出てきた報告はないよ。階層の移動もそこまで頻繁なものじゃない」


「だとしたら、奴らは何のためにダンジョンを徘徊しているんでしょうか?」


「それについては今のところ何もわかっていない。何か目的があるかもしれないし、ないかもしれない」


 仮に生きた魔物達に何か目的があるとしたら?

 

 人間を食べるため? 

 それならダンジョンから出た方が良いのは明らかだな。


 うーん……考えても現状の情報だけだと足りないな。


 まあ、俺にできることは見つけたら狩るくらいか……

 経験値の効率も格段に良いし。


 この件は御崎さん達に任せて、俺は俺の目的のために動こう。


「英人くん、今回の一件はまだ内密に頼むよ、協会としてもまだ判断がつかない部分が多いからね。E級やF級のダンジョンには出現していないようだし、ひとまずはD級以上の探索者に注意喚起を促す程度に留めるというのが上の判断だ」


「はい、わかりました」


「御崎君達は引き続き調査を行なってくれ」


「わかりました」

「了解よ」

「承知した」

「りょ、了解です」

「ん」


 各々が返事をした後、あやさんが俺に声を掛ける。

 

「ところで! どうやってライカンの上半身吹き飛ばしたのよ? あなた剣士よね? 剣術にそんなスキルなかったはずよ」


 ぐっ、鋭いな……。


「剣術」のスキルは切ることに特化しているため、「龍閃咆」のような衝撃波を発生させたりするスキルはない。


 レベル9で「エレメンタルソード」という剣技が使えるようになるけど、属性を付与するだけで吹き飛ばすような技ではない。

 

 嘘はつきたくないので、一番便利な返事をする。


「秘密です」


「あら、ケチな男はモテないわよ?」

「あ、あやさん、まだ僕ら知り合ったばかりですから……」

「ん」

「漢ならば、手の内は隠しておくものだろう」


 ふう……何とかなったみたいだな。


「まさか単騎でライカンスロープを討伐してしまうとはね。やっぱり僕の目に狂いはなかったようだ。ブレイバーズに入るならいつでも歓迎するよ」


「ありがとうございます」


 俺のスキルはソロ向きだ。

 いずれ全属性の魔法や、他の武術系スキルもレベルが最大になるだろう。

 その気になれば、全ての役割を一人でこなせてしまう。


 ブレイバーズに入ることはないだろうけど、この人達とは仲良くしていきたい。


 父さんのことが解決したら、その時は一緒に探索するのもありかな……。


 俺は御崎さん以外の人たちとも連絡先を交換し、協会支部を後にした。




 家に着いた頃には、あたりは薄暗くなっていた。

 ライカンと戦っていたのは昼過ぎだけど、意外と時間が経っていたようだ。


 玄関を開けて中に入ると、いつものように2階から鈴が降りてきて出迎えてくる。


「お兄ちゃんおかえ……り……」


「ん? どうした?」


 しばらく俺の全身をくまなく確認した後、いつもの様に母さんを呼びに走り出してしまった。

 

「お……おかあさーん! お兄ちゃんが!」


「お、おい。一体どうしたんだ?」


 そして自分の体を見て気付く。


 お下がりの革鎧は腹部が裂け、鎧下のインナーは所々が破けて血が滲んだ跡が残っている。

 ポーションで傷は治せても、服についた血の後は消えない。


 自分の体を確認していると、母さんと鈴がやってきた。


「英人……」


 母さんは俺の傷だらけの体を見るうちに、どんどん涙目になっていく。

 

 そして優しく抱きしめてきた。


「傷はポーションで治ってるし、そもそもそんなに深い傷じゃないから大丈夫だよ母さん」

 

「そういう問題じゃないでしょ? 息子が傷だらけで帰ってきて、心配しない親がどこにいるのよ」


「ご、ごめん母さん。心配かけて」


「何があったかは聞かない。いえ、聞きたくないわ。早くご飯食べて休みなさい」


 そう言って母さんはリビングに戻って行ってしまった。


「お……お兄ちゃん? お母さんも私も心配だし、その……もうダンジョンには……」


 鈴が最後まで言葉を紡ぐ前に、俺ははっきりと告げる。

 

「鈴、それだけはできない。俺は自分で確かめたいんだ」


 しばらく考え込んだ鈴は、何かを決意した目で俺に告げた。

 

「お兄ちゃん……私にも何かできることがあったら言ってね?」


 俺のわがままに、鈴を付き合わせるわけにはいかない。


「気持ちだけで十分だよ鈴」


「……」


 



 その後俺は食事を済ませ、ベッドに横になる。


 すると俺が召喚する前に、リトスが勝手に現れる。


「ピュイ〜」


 魔法陣から出てきたリトスは、真っ直ぐに俺に抱きついてくる。


「心配してくれてたのか?」


「ピュイ」


 前足で器用に俺の服を掴んでいる。


「お前がいてくれて助かったよ。おかげで軽傷で済んだ」


「ピュイ!」


 と言うか、俺が召喚しなくても自分の意志で出てこれるのか……。


 ゲーム的なシステムのせいか、俺が指示した通りにしか動かないものだと思っていた。

 まだまだよくわからない能力だけど、この能力のおかげで色々助かってはいる。


 考え事をしていると、思っていたよりも疲れていたようで、いつの間にか眠りについていた。

 

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