第14話 奪い合い

 ***

まえがき

 少しグロテスクなシーンがあります。

 苦手な方はご注意ください。


 ***




 しばらく血の跡をたどり歩いていると、強烈な血の匂いが漂ってきた。


 俺は鼻を押さえながら血の匂いを辿る。


 すると少し木々が開けた場所に出た時、凄惨な光景が目に飛び込んできた。


 うっぷ、これは……。


 辺り一面に血が飛び散り、人の腕や足が散乱している。


 あまりの光景に、胃から先ほどの食事が込み上げてくる。


 ――バリバリ クチャクチャ


 何かを咀嚼するような音が聞こえて、思わずそちらに眼を向ける。


 開けた広場のような場所の中央に、毛むくじゃらの人のようなものが、しゃがんで何かに顔を突っ込んでいる。


 なんだ……あいつは、いったい何をしている?


 俺が毛むくじゃらの何かに眼を向けていると、毛むくじゃらは俺に気付き、ゆっくりと顔をこちらに向ける。


 あれは……ライカンスロープ!?


 どうしてこんなところに!? やつはB級の魔物のはず!


 いや、おかしいのはそれだけじゃない。


 どうして……人間を食っている!?


 ライカンスロープは咀嚼していた人間の腕のようなものを投げ捨て、ゆっくりと二本の足で立ち上がる。


 直後、ライカンスロープが一瞬で目の前に現れる。


 っ!? 


 身長2メートルを超える二足歩行の狼が、俺を見下ろしにやりとわらう。

 血に濡れた口元から、鋭い牙をのぞかせている


 今……嗤った? 


 魔物が……嗤った? 


 次の瞬間、俺は宙を舞っていた。


 ――がはっ


 腹部に強烈な一撃をもらい、数メートル程吹き飛ばされた。


 ゲホッゲホッ


 くそっ、いてえ……。


 これがB級の魔物か……リトスのバフが掛かっていなかったら致命傷だったかもしれない。


 いやB級うんぬんの前にあいつは……、生きている。


 魔物は笑わない。

 感情が無いのだから……


 魔物は食わない。

 生きていないから……


 だけどあのライカンスロープは間違いなく生きている。


 今もあいつは、這いつくばる俺を見ながらニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべている。


 ここであいつを倒さなければ、いや、殺さなければ……俺は生きて帰れない。


 父さんを……、探しに行けない!


 俺はゆっくりと立ち上がる。


「魔纏、召喚」


 すぐに魔纏を発動し、大剣を構える。


 防具は爪で裂かれてしまったが、幸運なことに傷は浅い。

 さっきは油断して反応できなかったが、おそらく速さは互角。


『ガアア!』


 ライカンは吠えながら、大きな爪で引き裂こうと突進してくる。


 ――ガキン!


 爪と大剣が火花を散らす。


 くっ! 力はこいつの方が上か!


 俺は後方に飛び、力を受け流す。


「ファイアーアロー!」


 火魔法を数発連射するも、効果があるようには見えない。

 体毛を少し焦がす程度のダメージ。


『ガルルル』


 牙を剥き出しに、うなり声を上げている。


 イラつかせただけみたいだ。


 確実に奴を倒すには、龍のスキルじゃないと無理そうだな……。


 どうする……、果たして当てられるか?


 外したらそれこそ終わりだ。

 龍気は残り3000と少し。

 一度で決めるか、それとも1000ずつ使用して――

 

『ガアア!』

 

 ライカンが猛スピードで間合いを詰めてくる。


 くっ! 考えている暇はないな。


 ライカンは凶悪な爪を何度も振り下ろし、掬い上げ、時には抜き手のように貫いてこようとする。


 なんとか剣で受けているものの、小さな傷が増えていく。


 ――カン!


 撃ち合いの末、剣が弾かれ宙を舞う。


 にやりと嗤うライカンスロープ。

 

 仕留めたと言わんばかりの大振りな一撃が、無手でガラ空きの胴体めがけて放たれる。


 掛かった!


「召喚!」


 ライカンの大振りな一撃を間一髪で避け、手元に弾かれた大剣を召喚する。


 俺はすかさず剣術レベル3の剣技を発動する。

 

穿剣せんけん!」


 槍のように突き出された大剣は、ライカンの腹を貫通する。


『ガアアアアア!』


 ライカンは必死で突き刺された大剣から逃れようと暴れ出す。


 もう遅い、俺の勝ちだ!


 俺は「龍剣術」を発動し、全ての龍気を大剣に込める。


 蒼色と金色が混ざる美しいオーラが大剣を覆い、凄まじい轟音をたてて大気を震わせる。

 

 俺はお返しとばかりにニヤリと嗤う。


 そこで初めて、ライカンは恐怖の表情を浮かべた。


龍閃咆りゅうせんほう!」


 大剣を真上に振り上げる。

 

 まるで龍の咆哮のような轟音と凄まじいエネルギーを持った衝撃波が、ダンジョンの上空に打ち上がる。


 上半身を失ったライカンの下半身は静かに崩れ落ちた。

 

 俺の命を祝福するように、キラキラと龍気の残滓が降り注ぐ。


『レベルが上昇しました』

『レベルが上昇しました』

『レベルが上昇しました』

 

 レベルアップのアナウンスが脳内に連続で流れてくるが、正直それどころではない。

 

「ハァ、ハァ」


 なんとか倒せた……


 想像以上に疲れているようで、その場に座り込んでしまう。


 これがB級下位の魔物……

 ダンジョンデータベースによると、ライカンスロープは本来夜に力が増す種族だと書かれていたはず。


 もっと強くならないと……、この先ソロでは太刀打ちできなくなる。




 しばらく地面に座って休憩した後、もう一度周囲を確認する。


 さて、どうするか。

 とりあえず天道さんに連絡しよう。


 シーカーリングを起動し、天道さんに電話をかける。


『やあ英人君、どうかしたのかい?』


「忙しいところすいません。D級ダンジョンでライカンスロープに遭遇しました」


『っ!? すぐにその場を離れて地上に帰還しなさい!』


「ライカンはもう倒しました。ですが、死者が5名ほど……」


『倒しただと!? わ、わかった。すぐにそちらに探索者を送る、位置情報を送ってくれ』


「わかりました」


 俺は位置情報を天道さんに送信し、通話を切る。


 シーカーリングだけでも回収しておくか。


 


 俺は周囲を少し歩き回り、5人分のシーカーリングを回収した。


 あの5人は全員ライカンにやられたようだ。

 

 死体はもはや人間の形をしていない。

 

 その悲惨な光景にも、この短時間で随分慣れてしまった。


 いや、慣れたというよりも、無事に生き残った実感が強すぎるのかもしれない。


 もし奴が複数いたら、俺は確実に死んで――


 っ!?


 そこまで考えてふと気付く。


 一匹ではない可能性に……。


 周囲を警戒するが、どうやら考えすぎだったようだ。


 たった一度のイレギュラーで、『ダンジョンは相応のスキルとステータスがあれば死ぬことはない』という固定概念は覆された。


 俺は残りのMPを龍気に変換しておく。


 


 周囲を警戒し始めて少し経った頃、派遣された探索者がやってきた。


「やあ、昨日ぶりだね」

 

 駆けつけてきた探索者は何を隠そう、昨日知り合ったばかりの御崎さん達「勇者パーティ」だった。


 昨日はいなかった人物が二人ほどいる。


「はぁ、ひどい光景ね」

「ふむ、これはひどいな」

「うっぷ……」

「……」


 金田さんとあやさんは割と平気そうだな。

 

 今にも吐きそうにしている小柄の男が、「暗殺者」ジョブの影森 亮かげもり りょうさん。

 無言で青白い顔をしているのが、「大魔術師」の七瀬ななせミトさん。


 ブレイバーズに所属している探索者は基本的に有名人だ。

 メディアにも多く出ているし、何より実力は日本のトップクラスで、ジョブも上級が大半だ。


「どうして皆さんがここに?」


「それは支部の方で説明するから、とりあえず一度地上に戻ろう。君も傷だらけだし」


「わかりました」


「ミト、英人君にポーションを渡してあげてくれ」


「ん……はい」


 魔術師のローブを纏ったミトさんが、俺にポーションを渡してくる。

 青い綺麗な髪をボブカットにしており、身長もかなり低い。


「ありがとうございます」


「さあ、遺品は回収して地上に戻ろう」

 

 そうして俺たちは地上に帰還した。

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