第8話 迫る影

 ダンジョンの攻略を終えた俺は、探索者協会池袋支部に来ていた。


 現在は18時を少し過ぎた頃で、他の探索者で賑わっている。


 空いた受付に行くと、探索者登録をした時の受付嬢が対応していた。


「いらっしゃいませ。えっと……天霧さんでしたね!お久しぶりです。買取ですか?」


 俺のことを覚えてくれていたようだ、胸元のネームプレートには美澄みすみと書かれている。


「こんにちは美澄さん。買取をお願いします」


「かしこまりました」


 俺はEランクの魔石を100個と、銅のインゴットを三つ取り出してカウンターに置く。


「もうE級ダンジョンを攻略されたのですか? さすがは英雄の息子さんですね」


「ん? どうしてそのことを?」


この人に父さんについて話したことはないはずだが……。


「いえ、天霧さんは名字も一緒ですし、何よりお顔がお父様にそっくりですのでそうではないかと……」


「なるほど、そういうことでしたか」


 確かに母さんや鈴には、父さんそっくりだと言われたことはあるが、そんなに似ているのか?


「す、すぐに査定してきますので少々お待ちください!」


 少しモジモジしていた美澄さんだったが、早足で査定しに奥へ引っ込んで行ってしまった。




 しばらく待っていると、美澄さんが戻ってきた。


「お待たせしました。こちらE級魔石が一つ1000円で合計10万円と、銅のインゴット三つで3万6千円、全て合わせて13万6千円になりますがよろしいですか?」


「その金額で問題ありません」


「かしこまりました。今回の買取額はシーカーリングの方に送金されますので、後ほどご確認ください」


「わかりました。ありがとうございます」


 そう言って立ち去ろうとすると、美澄さんが声をかけてくる。


「天霧さん、支部長がお呼びなのですが、この後お時間大丈夫ですか?」


「支部長? 時間は大丈夫ですけど……」


 支部長とはその名の通り、各協会支部の一番偉い人物だ。

 そんな人に呼び出されるようなことしたかな? 全く心当たりがない。


「それではご案内させていただきます」


 美澄さんの後について行き、支部長室に向かった。




 美澄さんが支部長室のドアをノックすると、どこか聞き覚えのある渋い声で中から返事が聞こえた。


「入れ」


「失礼します。天霧英人さんをお連れしました」


「ご苦労、美澄君はもう受付に戻って大丈夫だよ」


「かしこまりました」


 残された俺は支部長を見て思わず声を上げていた。

  

天道てんどうさん!?……」


「やあ英人くん、久しぶりだね。まあ座ってくれ」


 天道さんは父さんの探索者仲間で、よくうちに遊びにきていた人だ。


 置かれているソファに向かい、天道さんの正面に座る。


「お久しぶりです天道さん。ここで支部長をやっていたんですね」


「知らなかったのかい? 現役を引退して支部長になった後に、美沙さんと鈴ちゃんには挨拶しに行ったんだけどね。君はトレーニングで忙しそうにしていたから無理もないかな? ハハハ」


 そう言って朗らかに笑う天道さん。

 ちなみに美沙みさというのは母さんの名前だ。


「全然知りませんでした……。ところで今日はどうされたんですか? やらかした記憶はないんですけど……」


「そういう話じゃないから安心してくれ。まずはステータスがようやく開花したようだね、おめでとう」


「ありがとうございます」


「それで、本当にジョブはないのかい?。記録を見させてもらったが、ジョブ無しの攻略速度じゃないだろう?」


「いえ……なんというかその……」


 小さい頃から知っている天道さんに、なんと言っていいかわからず口籠もってしまう。


「いや、すまない。別に責めてるわけじゃないんだ。私はもしかしたら君が『狂戦士きょうせんし』のジョブを手に入れたんじゃないかと思ってね」


「狂戦士」のジョブは父さんが獲得したユニークジョブだったはず。

 なぜそんなことを聞いてくるんだろう?。


「ふむ……その顔だと『狂戦士』ではなかったみたいだね」


「ええ、そうですけど……一体なぜそんなことを聞くんです?」


「ユニークジョブについて、君は大吾だいごからどれくらい聞いているんだい?」

 

「俺が父さんから聞いたのは、世界で一人しか発現しないということしか……」


 そう答えると、天道さんは少し考えるそぶりを見せた後、ユニークジョブについて話し始めた。


「今から聞くことは他言無用で頼むよ。あまり公にされていないことだからね」


 俺は無言で頷く。


「ユニークジョブというものは、世界で一人しか発現しない。しかしそれはという意味だ。ユニークジョブを持つものが死んだ場合、一年以内にそのユニークジョブを他の誰かが発現することがわかっている」


 っ!? このことは初めて聞いた。

 かなりダンジョンについて調べていたが、この情報が出てきたことはない。


「『狂戦士』のジョブは私が知る限り、君の父親である天霧大吾以降確認されていない。まあ他国が必死に隠している可能性もあるが」


「それじゃあ……父さんはまだ生きているかもしれないんですか!?」


「それについては私にも現段階ではわからない。だが大吾の死については何か裏があることは確かだ」


「っ!?……どうしてそう思ったんですか?」


 裏? 一体何があったんだよ父さん……。


「英人君、ダンジョンデータベースで大吾について調べただろう?」


「ええ……何もわかりませんでしたけど」


「気を付けたほうがいい。私も支部長になった当時、大吾について調べようとした時に何者かから圧力がかかってね、それ以上調べることができなかった。もしかしたら何者かが接触してくるかもしれない」


 初めてみる天道さんの真剣な表情に、少しだけひるんでしまった。


「シーカーリングを出してくれ」

 

「え?……はい」


 左腕につけているリングを差し出すと、天道さんが自分のリングと近づけ、ピッと機械音がなった。


「私の連絡先を入れておいた。何かあったらすぐに連絡してくれ」


「わ、わかりました」


「今日はもう帰りなさい。それと、くれぐれも用心してくれ。あまり家族に心配かけるんじゃないぞ」


「わかりました。ありがとうございます」


 俺は少し混乱しながらも、池袋支部を後にした。




 その日の夜、俺はベッドの中で考え事をしていた。


 ユニークジョブについて、父さんのことを隠蔽しようとする何者かについて。


「狂戦士」のジョブについては俺ではどうしようもない。

 仮に誰かが発現していたとしても、その人物を探すことは困難だろう。

 日本にいるとは限らないし、海外ではどうしようもない。


 何者かについては、今の所天道てんどうさんでもわからないのは俺ではどうすることもできない。

 一つ可能性があるとしたら、接触してきた者から情報を得るしかない。


 今後の探索は注意しなければならない。

 万が一戦闘になった時のために、早く強くならなければ……。


「ピュイ?」


 俺が考え事をしていると、リトスが(どうしたの?)と声をかけてきた。


 今日から寝るときは幼龍の姿で召喚して一緒に眠ることにした。

 また拗ねるかもしれないからね。


「なんでもないよ。また明日からも頼むな」


 そう言ってリトスの頭を撫でると(任せて!)というように返事をした。


「ピュイ!」

 

 そのまましばらくリトスを撫でていたら、いつの間にか眠りについていた。

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