三八話、廿の流転の門と、旅行一日目②

 ドアがないので、直接窓から入る。泥棒ではない。正規ルートだ。

 室内は案外普通で、地球ともあまり差はなかった。ただ使っている色が鮮やかなのと、霧がかっていて少し落ち着かない。

「……ちゃんとつけられた?」

 横からえるにーにゃが耳打ちしてくる。

 鴉羽は「多分大丈夫」と言って、後ろのリボンを触った。白くて大きいクロスリボン。このリボンは月兎の象徴だという。月兎が生後一年半の晩に親から貰う、大切な一枚だ。

 それをずっとつけておく必要も、リボンの形を留めておく必要もない。が、一生使い続けるものである。

 今回はえるにーにゃがこのリボンの制作の管理者に無理を言って作ってもらったそう。

 ……ここまでして隠してまで、この館に来ることあるのかな……。

 鴉羽は申し訳ない気持ちになった。

 それを察したのか、ぅとが鴉羽の耳元に、「それだけ自分の『大事な友達』として、皆さんを認めて貰いたいんですよ」と囁いた。

 えるにーにゃにとってぅとが大切な存在であるのと同じで、ここにいるみんなが彼女にとって大事な「わかってくれる存在」だった。

「……大事な友達……」

 少し照れくさそうに鴉羽がリボンを引っ張る。

 やえとはベクトルが違うが、信じてくれているのは悦ばしいことだ。


 他の人を見る。

 ミズーリはやえのリボンを結んであげている。そしてミズーリ本人は既に形にアレンジを加えていて、花形になっている。カリンはミズーリに花形を作ってもらって嬉々としてステップを踏んでいた。

 そして、ぅとは悠々とリボンを結んでいて、手慣れな様子が伺える。来たことは無いと言っていたので、屋敷のほうで、えるにーにゃのリボンをずっと結んできたのかもしれない。

 気になって後ほど聞いてみたところ、ぅとはいつも家で、えるにーにゃとドリィネの髪を結んでいるという情報を得た。……お嬢様ってこんな感じだったっけ。

 ちなみにぅと本人の髪は、おうぎがやったり、使用人がやったりする。

 お父さん、器用だな。

 そういえば昨日も一昨日も、えるにーにゃの父に会っていない、と思い返す鴉羽。今度会ったらなにかお礼がしたい。


 みんなが落ち着いたところで、えるにーにゃが受付っぽいカウンター席にやってきて、置かれた銅鑼どらを叩いて鳴らした。

 一、二分して、一人の艶かしい女性が一人、着物姿でやってきた。

「よいつぶれの宿へお越しいただき、誠に有難う御座います」

 胸のところに花形の白いリボンを、紫色の花と共にバッジのようにつけている。この館の女将といったところだろうか。色白で、紺色の長い髪を後ろでまとめている。

 鴉羽の予想はちなみに、当たっていた。

 女性はかしこまってえるにーにゃに向かって一礼し、「御久しぶりで御座います」と言った。

「お久しぶり、あーちゃん」とえるにーにゃが返す。こっちは気楽な挨拶だ。いまいち、距離感が分からない。

 対応に困っていると、えるにーにゃが振り返って紹介してくれた。


「彼女は『アケビナ』……私の唯一のここでの……友達」


 友達であり、女将であり。

 アケビナと呼ばれた女性が「ちょ、ちょっと……みんなの前で♡」と既視感ある反応をする。……もしかして月兎ってみんなそうなのかな。

 話によると、あけびなとは、フランクに接する方がいいらしい。相手は要らないほど丁寧に返してくれるが、それは仲良くして欲しい証拠だ。地球の感覚では行けない。違いがあるのは知ってはいたが、行動に移せるかは別だ。

 あけびなが鴉羽たちを見る。

「御後方の方々は……」

「他の世界の友達です」とえるにーにゃが言う。

 ちょっと……。

 それじゃあ、月兎のリボンをした意味がないんじゃ。

 鴉羽に再び説明を吹き込むぅと。

「月兎ってどうやら、『門』という分裂した世界が多すぎて、どの世界なのかはほとんど把握されないらしいのです」

 把握される世界は、隣の門くらい。

 だから、周知の事実のように伝わっているこの「廿の流転の門」は異常なのだ。

 つまり、相手には、「他の()世界の住人」という認識で伝わり、実際は「他の()世界の住人」という意味。

 嘘はついていないので、誰も悪くない。

 知らぬが仏だ。


 門が違えば習慣も異なる。だから、少々の粗相も許されるという。……深く尋ねられたら、さすがにバレそうではあるが。


 あけびなも気にする様子はなく、「左様でしたか」と納得して、奥へと案内された。最後尾にいた鴉羽は、みんながカウンターから離れたあと、霧の中からなにか、小さな影が現れたような気がした。しかし何かを言う前に「鴉羽ちゃんも行くよー」「ぼうっとしてないで」とミズーリとやえに手を引っ張られてしまった。


 さて、鴉羽が見たという影。六人と女将のあけびなが去ったあと。

 小さな男の子が、嫌そうな顔をして、廊下の奥を見つめていた。

「……」

 それはまるで、異質な存在を嗅ぎ当てたような顔だった。




「今回はここで泊まろ……三日分はお願いしたから」

 外が霧の中だ。中にいる他ない。

 丸い窓の外を眺めても、灰色の空間のみ。本格的に、霧がやってきたみたいだ。

 案内されたのは、十人で入っても十分に広い大部屋。着替えの和服(っぽいなにか)が多めに棚に入っていて、漆塗りの家具が点々とみえる。何となく鼻を撫でる甘い香りは、えるにーにゃの隕石と同じ香りだろうか。


「とりあえず……霧がなくなってから巡るところ、決めよ」

「その前に両替じゃないの?日本円は使えないでしょ」と鴉羽。特殊な通貨の一つや二つはありそうだ。

「別になんでもいいの……むしろ日本円とか、ドルとかの方が、珍しくて人気……出るかも」

「ならー、回るところね」

「はい!あたし、船乗りたい!」とカリンが元気よく手を挙げる。それに対してえるにーにゃが目を輝かせる。いい所ついた、という顔だ。

「あー……あれね!」

「名所?」とやえ。早速服を脱いで、着物を着始めている。

 ちなみに忘れ去られているであろう、やえの体内のエネルギーだが、未だにやえの中に引きこもっているそうだ。(十一話参照)

 そのおかげでだいぶ服装が自由になったやえだが、たまにはパーティドレスを着ていないと気が済まないらしい。長年の着付けが、身に染みているのかもしれない。


「名所……ではない。けど、楽しいから、スイーツでも食べながら、乗ってもいい……と思う」

 ここら一帯は水路が多い。中には船が自由に往来してもぶつからないほど広いところもあるという。

 自分たちでも漕ぐことが出来て、お手軽に楽しめるので、名所では無いものの観光客には人気だ。

「なら、そのタイミングで『流転の餅』でも食べてもいいんじゃないですか?ちょうど時間もありますし……まあ、その場合、船は他の人に任せることになりますが」

 ぅとも服を脱ぐ。それを見て、鴉羽がミズーリを見た。ミズーリが見返してきた。目で「着替えちゃおっか」という合図を送ってきている。

 ぅとの案にみんなが賛成し、霧が晴れたあとは、


 ・街を見てまわり、船乗り場に向かう。

 ・その近くの売店でえるにーにゃおすすめの「流転の餅」を買う。

 ・餅を食べながら、船乗りする。

 ・お昼ご飯として、えるにーにゃおすすめの「なんかの祭り」を食べる。(三六話参照)

 ・えるにーにゃが用意しておいた観光名所と、ミズーリが付箋を貼っておいた場所を、時間を見ながらまわる。

 ・霧が濃くなってくる頃に、館に戻ってくる。


 という順番で遊ぶことにした。

 ミズーリが雑誌を開いて、付箋を貼った部分を指さす。服は半分着た状態で、横からは美肌が丸見えだ。

 鴉羽はそれが気になってしょうがなかったが、この部屋は女子しか居ない。特に覗きも発生しないから、注意はしなかった。

「ね、えるちゃんー、ここ行ってみたーい」

「そこ……私ももう一度行ってみたかったの。……最初に行こ」

 えるにーにゃが頷く。

 二人が行きたいところ。そこは、大きな鐘を備えた寺院である。そこの何が特別かというと、人の相性や、恋愛を専門に見てくれる人がいるのだ。

 鴉羽は、学園でいつも付きまとってくる赤鬼兄妹を思い出した。

 いやいや。

 別に、好きとかそんなのじゃないし。

「でもでも、結構遠いわよ?帰って来れる?」カリンが口を挟む。指で地図をなぞる。基本歩きか、隕石なので、あまり遠く行き過ぎると戻って来れなくなる。

「そこは、行く途中にもう一箇所まわればいいんです!例えば……こことか!」とぅと。指したのは、「水潭」とだけ書かれた、特に紹介も何も無い場所。ちょうど、ここの宿と、目的地のお寺との間にある。

「……」黙り込むみんな。

「……?どうしたのです?」

「いや……その、何をしに行くのかなって」と鴉羽が遠慮がちに訊くと、ぅとが身を乗り出して得意げに、

「そりゃ、薬草採取ですよ!絶対ここにしかないものが生えているはずです!そのために色々薬剤や、道具も持ってきたんですよ!」

 ……どうやら、若干一名、旅行以外の目的で来訪している者がいるようだ。

 エルフらしい観光といってもいいかもしれない。それに対してはミズーリも頷き、そういえば確かに気になるー、と言い出した。が、すぐにえるにーにゃの方を向いて、

「でも、持ち出したりしていいのー?」と心配した。

 ごもっともだ。

「たぶん平気……みんな今、月兎だし」とえるにーにゃが笑って答える。

 ……少なくともここでは、このリボンは外せないなぁ。


 結果、色々な話し合いがあって、今日の観光は、


 ・恋のお寺(とでも呼んでおく)

 ・行き帰りの水潭


 をメイン軸にして、あとは適当に行動したりすることにした。そもそも三日間もある。わざわざ一日目からフル稼働する必要はあるまい。


 と、みんながわいわい計画を立てつつ、畳の上でくつろいでいると、部屋の入口から「失礼します」という声が聞こえた。

「はーい」とミズーリが返事する。


 ────ガラッ。

 戸が横に開いて、そこに……。

「「あっ……」」

 一人の男の子が立っていた。

 先程の女将アケビナと同じ制服を着ている。大きな漆のお皿を抱えていて、皿には可愛らしい陶器が人数分詰められている。


「……」

 双方の間に、気まずい空気が流れる。

 男の子も顔を少し赤らめて、部屋の角に目を向けている。


 そして男の子の来訪に対して、女子方の反応は様々だった。

 そもそも、みんなは今、下着姿だ。随分前から着替え始めたのだが、マップを見たり計画を書いたりして、結局誰も着替え終わっていない。


「可愛い〜」と無防備なまま近づくミズーリ。


「お姉ちゃん落ち着いて」とミズーリの垂れ落ちた服の裾を掴むカリン。


「おひさ……!」と手を振りながら着物の帯を締めるえるにーにゃ。


「……む」ささっと大きな胸を着物で隠すぅと。


 顔を真っ赤にして、背中を向けるやえ。


 そして鴉羽は───。

 ……さっさと帯を結んで、固まったまま動かない男の子の大皿から器を一つ取り、一口飲んだ。














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