第5話
「ここって人通りのある道に近いけれど人には出会わなかったの?」
「ウルフォールド様が結界を張っていらっしゃるので、今までいらっしゃったことはありません。このお屋敷もウルフォールド様が魔法で作ったんです」
「これだけ大きなお屋敷と結界を維持し続けているなんて相当な魔力を持っているんだね」
「……はい。ウルフォールド様はとてもお強い方ですから」
「そうなんだ」
僕が安静にしているのに飽きて、カズヒコやラーラがそんな僕の相手をするのにも飽きた頃話相手となってくれたのはノエルだった。そんなノエルは沢山のウルフォールドに関する情報を教えてくれた。ウルフォールドは長く生きていて、ずっと孤独だったそうだが幼いノエルを拾ってからは2人で生きてきたらしい。ノエルのウルフォールドに対する心酔っぷりはすごく彼を語る時はうっとりしているほどだ。
「おい、ユーヴィンス、ノエル」
「どうしたのラーラ」
「外が変なんだ。カズヒコが見張っているから来てくれ」
「外が?」
「...見に行きましょう」
ラーラが現れたのは突然で、話を聞いたノエルはなにか苦いものを飲み込むような苦しげな表情になった。念の為に魔導書の入ったカバンを背負い、その現象が起きた場所へ向かうことにした。
「はぁっ!」
現場に着くと、カズヒコが魔獣と戦っていた。肌身離さず持っている剣に炎を纏わせ魔獣を斬っていく。グルルと呼ばれる犬型の小さな魔獣でそこまで危険では無いが、この結界の中に魔獣を見かけたことは無くその異常さを物語っていた。
「カズヒコ!」
「戻ってきたか、数が多い。みんなも頼む」
「分かった」
僕は鞄から魔導書を取り出すと、水の攻撃魔法のページを開ける。魔法陣を用いた攻撃魔法は高度だが威力は弱いため支援にしか使えない。水を網のように広げ魔獣達を怯ませる作戦にした。
ラーラは風の魔法を使っていた。空気を集め高速で動かすことで刃のように敵を切り裂く。その攻撃範囲と威力は目を見張るもので次々とグルルをねじ伏せていった。
ノエルの魔法は見たことの無いものだった。手から植物の蔓のようなものを伸ばし、それで敵を縛ったり突き刺したりする。炎を使うカズヒコとは相性が良くないと思ったが、伸びた蔓が燃え敵の進路を阻んでおり良い足どめとなっている。
4人それぞれがそれぞれの方法で魔法を駆使して戦っていく。激しい戦闘が終わったのはグルルの死体で小さな山ができた頃だった。
「はぁはぁ、やっと終わった」
「これほどの数のグルルは初めて見た」
「俺も初めてだよ……」
「今まで、魔獣が入ってきたことなんて無かったのに……」
「どうしてこうなったんだ。ウルフォールドが結界を張っているんじゃないのか」
ラーラは息一つ乱さず状況の整理を始める。ラーラはこういう時誰よりも冷静で状況の把握が得意だ。
「ウルフォールド様が弱っていらっしゃるからだと思います……もう結界を維持できないほどに」
「だからずっと部屋に籠っていたのか」
「じゃあウルフォールドを見に行った方がいいんじゃないか?グルルが現れ始めたのは突然だった。急に悪くなったのかもしれない」
「分かりました、様子を見てきます」
「僕も行くよ、医学には心得があるんだ」
「っウルフォールド様!?」
ウルフォールドは既に意識がなく、戻ろうとしていたのかベッドに縋り付くような位置でぐったりと倒れていた。彼からは生気も魔力も殆ど感じられず、いつしかの実習で見た高齢の方の亡くなる瞬間を思い出した。
「ウルフォールド様、ウルフォールド様!」
「ノエル……」
「ユーヴィンスさん、治してください!ウルフォールド様を! お願いしますっお願いします!」
「……」
患者に僅かな魔力を流し、状態を探る検査方法を用いて彼の状態を見ようとするが既に体が魔力を拒んでおり、検査すらできない状態だ。もう施せる治療法は無い。だけれども僕はそうとは口に出せなかった。空のような美しい瞳から大粒の涙を流し必死に訴えかけるノエルを見ることもできず、ただ俯いて歯を食いしばるしかできない自分が不甲斐なかった。
ガタガタガタガタ
突然小刻みに屋敷全体が揺れ始めた。その揺れはだんだん強くなっていき立っていることすらままならなくなる。家具や壁が歪み輪郭を保たなくなっていく。魔法で作られた屋敷が術者の死亡により形を留めることが出来なくなり始めたようだ。
「ノエル、危ないから外に出よう」
「ウルフォールド様っ!」
「ノエル!早く」
ウルフォールドにしがみつくノエルを動かすことは体格差もあり困難だ。僕が扱える魔法で人を動かせるようなものは無いし、僕一人で逃げるという訳にもいかない。このまま二人で屋敷の崩壊に巻き込まれてしまうのか。
「ユーヴィンス」
ビューと突風が吹くと僕とノエルそしてウルフォールドの体は重力から開放されたように中に浮かんだ。空中でそのまま、崩れゆく屋敷を見ていた。歪んだ瓦礫は徐々に存在を薄め気づけばそこには何も残っていなかった。
「降りるぞ」
ノエルの声が優しく響いた。その声どおりに僕らを浮かべていた風はゆっくり威力を弱め怪我ひとつなくさっきまで屋敷があったはずの場所に降り立った。
「皆、大丈夫か!?」
カズヒコの心配する声が聞こえたが、あまりの出来事に僕らは声を失っていた。
「おいっ、おいって何があったんだ」
「ウルフォールドが……」
声を絞り出すので精一杯だ。言葉は続かない。
「ウルフォールドが死んだんだな」
ラーラは冷静にそう言った。
「やめてくださいっ!言わないで!」
ノエルは泣き叫んだ。ラーラはなぜノエルが怒ったのか理解出来ていないようで不思議そうな顔をしている。
「ユーヴィンス、お前は大丈夫か」
「うん、僕は……びっくりしただけだから」
「俺はまた魔獣が入ってこないか見張ってる。ノエルが落ち着いたら教えてくれ」
「分かったよ」
「ラーラ、一緒に行こうぜお前の方が見回り得意だろ?」
「ああ」
カズヒコはどこまでも周りが見えていて優しい人だ。目の前の状況を処理しきれずに棒立ちの僕とは大違いだ。
「ううっ、ウルフォールド様……うっ」
泣きじゃくるノエルにも僕にはかける言葉が見つから無かった。だってそうだ、僕もラーラと同じようにウルフォールドが死んだという事実のみでそこに付随する感情を感じられなかった。ただ屋敷の崩壊という現象に驚いているだけの自分に恐怖している。人が目の前で死んだのに何も感じていない。自分が自分で無くなったような大きな恐怖だった。
***
「ご心配をおかけしました」
「仕方ないだろ、大切な人を失ったんだ取り乱して当然だ」
「そうだよ、悲しいって思うことは何もおかしいことじゃないよ」
「はい、ありがとうございます……」
ノエルが落ち着いたあと、みんなでウルフォールドに挨拶をしてから屋敷のあった場所の中央に大きな穴を掘って埋めた。ノエルがそこにひとつの種を置いて手をかざすと、尋常ではないスピードで成長していき大きな1本の木が生えた。
「ウルフォールド様は僕のこの力を気に入ってくださってたんです。植物を愛して共に生きているからこそ使える魔法だって」
「こんな魔法見たことないよ、凄いや。特別なものなんだね」
「ユーヴィンスが見たことないって言うなら相当レアな魔法だぜ! すげーじゃないか」
「私も植物に作用する魔法は初めて見た。興味深いな。」
「ヘヘヘ、ありがとうございます」
三者三様に褒められてノエルは照れくさそうに笑った。
「そうだ、ユーヴィンスさん。頭のお怪我は大丈夫ですか?」
「もう痛みもあまりないし大丈夫だよ」
「良かったです、ではその……」
「どうしたんだ?」
「僕も一緒に着いていって良いですか?これからどうしていいか分からないし、ウルフォールド様も僕には外の世界を見て欲しいって言っていたから」
「大歓迎だよ、ノエルの力は森を抜けるのにも役立つかもしれないし、僕らもノエルと一緒にいたいな。ねぇ」
「あぁ」
「そうだな」
「じゃあ決まりだね、これからよろしくねノエル」
「はいっよろしくお願いします!」
迫害されているエルフと出会ったので王都に乗りこむことにしました くろねこ @Blackcat_100
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