第4話
ふかふかのベッドに大きな窓から差し込む朝日は暖かく最高の目覚めを提供してくれる。夏場は少し暑いが、僕は自室での睡眠が大好きだ。ゆっくりと目を覚ませば、淹れたてのコーヒーを一杯メイドが持って来てくれる。優雅で快適な毎朝のルーティンだ。僕はいつものように目を覚ますと、ベッドサイドにある起床を知らせるベルを探そうと起き上がり……
「痛っ」
頭に鋭い痛みが走る。そこでここは自分の部屋ではなく見知らぬ部屋であることに気づいた。小さなシングルサイズのベッドと小ぶりな机と椅子が置いてあるだけの小さな部屋だ。そっと窓から外を覗けば、どうやら森の中のようで鬱蒼とした木々しか見ることが叶わなかった。ふと頭を触ればそこには包帯が巻かれており誰かに治療してもらったことが分かる。カズヒコと話していた事までは覚えているが何がどうなってここまで来たのかはさっぱり覚えていない。
「失礼します」
少年のような少女のような、やわからかな響きを持った声が聞こえてきた。僕の返事を待たずにガチャりと扉が開かれる。
「あら、起きていらっしゃったんですね!良かったです」
美しいブロンドの髪を左右で結った少女は徐ろに部屋に入ってくると僕の顔を見るてにっこりと微笑んだ。瞳は夏の海を思わせるような綺麗なクリアブルーで、可愛らしい顔立ちをしている。
「あの、えっと……」
「あらいけない、先に自己紹介をしないとですね。僕はノエルです。よろしくお願いいたします、ユーヴィンスさん」
「なんで僕のなまえを」
「カズヒコさんにお伺いしました。心配していらしてたのでユーヴィンスさんの目が覚めたとお知らせに行ってきますね」
ノエルは黄金色の髪を揺らしながらくるりと踵を返すと走って行ってしまった。とりあえず敵意はなさそう。あんな可憐な少女が悪者だったら何も信じられなくなりそうだ。僕は頭に気をつけながらゆっくりと立ち上がる。頭以外の怪我は治っているようで誰かが治癒魔法をかけてくれたのかもしれない。部屋の扉を開けると外は長い廊下で左右にも同じような扉がいくつか見えた。似たような部屋が沢山あるのかもしれない。少し古びた屋敷のようだった。
「あまり離れると、迷っちゃいそうだ」
ふと、遠くの方から話し声が聞こえてくるのに気づいた。徐々に近づいてくるそれはノエルとカズヒコ、そしてラーラのものだと気づく。
「ユーヴィンス!」
「カズヒコ」
僕がいる部屋から右手にある曲がり角からカズヒコ達が姿を現した。やっと見知った顔を拝めたことで緊張がひとつ解けるのを感じた。
「お前動いて大丈夫なのか」
「少し痛むけど平気だよ、カズヒコ達は?」
「俺もラーラも手当してもらったからすっかり治ったよ」
「あぁ、もう痛みもない」
「そっか良かった」
カズヒコは足を、ラーラは腕を怪我していたはずだが足や腕をブンブンと振り回して完治を知らせてくれる2人に少しおかしくてつい笑ってしまう。
「皆さんご無事で何よりです。ウルフォールド様にもご挨拶くださいね」
「その人がここの主人なの?」
「はい、とっても素敵な方ですよ。お部屋までご案内しますね」
***
「ウルフォールド様、お客様をお連れしました」
中からは何も返事がない。しかしノエルはそれも分かっているようで失礼しますと間延びした声で言いながら扉を開けた。中には天蓋のついた大きなベッドがありその上に誰か寝ているようだ。
「皆さん、こちらがウルフォールド様です」
「ど、どうもユーヴィンス・マルコ・ラインハートと申します」
「カズヒコ・フォン・ロックウェルです」
「ラーラだ」
僕らが名乗り終わるとベッドの上の影は徐ろに起き上がる。ノエルがそばにあった魔法石に触れると周りが明るくなりベッドの上の人物の姿が顕になった。
「じゅ、獣人族……!?」
白銀の長髪から同じ色のモコモコとした三角形がピンとたっており、明らかに人間のそれとは違う位置と形状の耳がそこにあった。
「ウルフォールド様、おはようございます」
「あぁ、おはようノエル。客人は良くなったようだな」
「はい、ウルフォールド様のおかげです」
驚く僕らを他所に2人は会話を進めていく。閉口した僕らに変わって声を上げたのはラーラだった。
「獣人族が生きていたとはな」
「そういうお前はエルフ族だろう。滅びたと思っていたが」
人に近いが人とは別の種族の総称である亜人族。彼らの大きな特徴は長い耳だが獣人族だけは特殊で獣のそれと似たものが頭部の高い位置についている、とされている。というのも亜人族の中でも獣人族に対する迫害は特に強くその歴史も長いことから数百年間その存在が確認されていないのだ。その獣人族が目の前にいるという状況はとても素直に飲み込めるものでは無い。しかもエルフであるラーラまでいて会話しているのだ、亜人族の研究者だったら泡を吹いて倒れていただろう。
「ウルフォールド様はそんなに特殊な存在なのですか?」
ノエルはどこまでも純真にそう問うた。
「特殊も何も、数百年間人間社会では確認されていないからもう既に絶滅したと考えられていたんだ」
「絶滅、ですか。ウルフォールド様はずっとここにいたのに酷い、人間は勝手です」
プリプリと怒り出したノエルを庇うようにウルフォールドが口を開く。
「すまない、彼は私が幼い頃から育てたのだが生憎社会との関わりが無かったものでな。世間を知らないのだ」
「そうなんですか、ずっとここに……」
ウルフォールドの愛おしそうにノエルを見る視線は親のようでも恋人のようでもあって彼らの長い時間を感じさせた。
「いやちょっと待ってくれ」
「どうしたの、カズヒコ」
「今、ノエルのこと彼って……」
カズヒコの指摘に僕はハッとする。確かにウルフォールドはノエルを指して彼と言った。何かの間違いだろうか。
「何を言っているんだ、ノエルは男なのだから彼と言って何もおかしくないだろう」
ウルフォールドは冷淡にそう言った。ラーラも分かっていたようで同じような目をして驚く僕らを見つめている。いやいや、どこからどう見ても美少女だけど。確かに僕より大きいけど!獣人族への驚きは消えさり、ノエルの性別への驚きが勝ってしまう。
「お前、ユーヴィンスと言ったか。頭の傷だけは治せなかった。治るまで屋敷で過ごすといい」
「まぁウルフォールド様さすがお優しいです。では夕食は豪華にしましょう歓迎パーティーです!パーティ、やってみたかったのですよ」
張り切って部屋から出ていくノエルの背中を見て早速常識を覆されまくりの僕は、思考を整えることに集中することとした。
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