第8話 怪しい竹

「あんた達、気を付けるんだよ」


 そう言ってレイモンを揺すって起こすと、マリエルは、レイモンを連れて村へと引き返して行きました。


 マリエルの背中を見送って、駿助達はタケコ村の北にある竹藪の中を警戒しながら慎重に進んで行きます。


 甘い香りがすると言ったレイモンが熱を出し、フラフラと歩き出すという奇妙な病に罹ってしまい、無意識に歩き出した患者の行先を探るべく、レイモンの後を追って辿り着いたのがこの竹藪でした。


 そして、この竹藪では、つい今しがた、行方不明者を捜索していた村人達の1人が村長の息子の目の前で突如として消えたというのです。この竹藪の奥にはどんな秘密があるのでしょうか。


「うふふ、楽しくなってきたわね」

「う~ん、なんだか嫌ぁな感じがしてきたんですけど……」


 嬉しそうに駿助の周りを飛び回るナノリアに対して、駿助は、一転嫌な臭いでも漂って来たかのように顔を顰めて不穏なことを言いました。


「駿助殿のその嫌な感じって、もしかしてもしかするっすか?」

「うん、そのもしかしてっていう感じ……」


 アキラが手にした槍を握りしめ、気を引き締めた顔つきで駿助に問いかけると、駿助もその手に警棒を握りしめて答えました。


「つまりは、魔王軍の匂いがプンプンするってことね」


 ナノリアだけは、緊張感のかけらもなく、ふわりと駿助達と並ぶように浮かびながら、そう言いました。駿助は、気配を察知するのに長けていて、潜伏している魔王軍の兵士の居場所を嫌な感じとして察知することがあるのです。


「それで、嫌な感じはどっちっすか?」

「あっちからだね」


 アキラが駿助に確認すると、駿助達は、その嫌な感じのする方向へと警戒しながら向かいました。


 しばらく進んだところで、駿助が立ち止まりました。

 それに合わせるようにアキラも歩みを止めます。


「う~ん、あの辺りが嫌だな……」


 そう言って、駿助は右手を軽く上げて、人差し指で、空中に素早く魔法回路を描き出し、魔力弾を生成させます。


 魔力弾とは、単純に魔力の塊を飛ばす魔法で、ファイヤーボールなどに比べると威力が弱いのですが、単純なだけに比較的簡単に扱えるのです。


「ほいっと」


 駿助が、掛け声と共に魔力弾を飛ばします。

 魔力弾は、一直線に竹藪の中を飛んで行き、駿助が狙った竹に当たる直前でふっと消えてしましました。


「あれ? 魔王軍が出て来るかと思ったんだけどなぁ……」

「魔力弾が消えたっすね……」

「あの竹、怪しいわね……」


 駿助、アキラ、ナノリアがそれぞれ呟きました。

 それから、駿助達は、ゆっくりと怪しげな竹へと近づいて行きました。


「この竹、ものすごく嫌な感じがする」

「自分は何にも感じないっすよ?」


 駿助は眉間に皺を寄せて、嫌な顔丸出しで竹を見つめていますが、アキラは何も感じないようです。


「アキラ、試しに触ってみなさいよ」

「じ、自分っすか?」


「そうよ、何も感じないなら、大丈夫でしょ?」

「そ、そうっすか?……」


 ナノリアに指名され、アキラは少し戸惑いながらも、竹をつつこうと手にした槍を突き出しました。

 すると、槍の先が竹に触れるかというところで消えてしまいました。


「槍の先が消えたっす……」

「ますます怪しいわね……」


「おっ、なんか出し入れ出来るっすよ」

「ここだけ空間が歪んでいるみたいだわ」


 アキラとナノリアは消えた槍の先を観察し、ちょっと楽しそうに槍を前後させながら呑気なことを言っています。


 駿助はというと、嫌な感じが消えないのでしょう、少し離れて渋い顔で辺りを警戒しています。


 すると、突然、問題の竹の周りの空間がぐにゃりと歪み、あっという間に駿助達を飲み込んでしまいました。


「おわっ!」

「あら?」

「ひえっ!?」


 突然のことに、アキラ、ナノリア、駿助が、声を漏らしました。

 辺りの景色は一変しており、一面真っ白な世界が広がっていました。まるで雪国にきたみたいです。


「なんだかおかしな空間に入っちゃったみたいね」

「真っ白な世界っすね。寒くないけど雪景色みたいっす」

「雪だるまがいっぱい?」


 辺りの様子の変化に、ナノリア、アキラ、駿助が、思い思いに呟きました。そして駿助とナノリアが、すぐ近くにある雪だるまへと近づいてゆき、まじまじと観察し始めました。


「これって、お菓子みたいね」

「ナノリア、見ただけでわかるのか?」


「この匂いと、触った感触は間違いないと思うわ」

「へぇ~、美味しいのかな?」


「この怪しげな空間のものを食べる気があるのなら、食べてみるといいわよ」

「あ、いや、止めときます……」


 お菓子と聞いて、齧りつこうとした駿助ですが、ナノリアの微妙な言い回しの忠告を受けて食べるのを止めました。


「どうやら、近くに出入口はなさそうっすね」


 駿助とナノリアが雪だるまに興味を示している間に周囲を探っていたアキラが肩を竦めて見せました。


「この場に留まっていても仕方がないわ。探索しましょ」

「賛せーい!」


 ナノリアの言葉に、駿助も賛同し、駿助達は、特に不安がることもなく、探索を始めました。


 普通、突然おかしな空間に迷い込んだなら、不安に駆られてパニックに陥りそうなものですが、駿助達はダンジョン探索も経験しているためでしょう、実に落ち着いています。


「うぎゃー!!! 化け物だー!!!」


 探索を始めてすぐに、遠くから誰かの叫び声が聞こえてきました。

 駿助達は、お互い顔を見合わせ頷くと、叫び声のする方へと駆け出すのでした。

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