第17話 涙
テレビは連日大騒ぎの様に同じ内容を放送している。
『俳優の春夏冬ケン容疑者が逮捕されました。
彼は共演者の松島サナエさんを殺害したとされています。
また、女性の失踪事件にも関わっており、警察は捜査を継続しているとのことです』
松島キミは何処か心ここに在らずだった。
娘を殺した犯人は捕まった。だが、その吉報は虚しさを埋めることが無かった。
ただの事実報道としてのみ、彼女の海馬に刻まれていく。
未だ彼女の心には、ぽっかりと空虚な穴が空いていた。
「キミさん、元気?」
「あっ……!ごめんなさいね。今日、イクミちゃんと約束してたんだったわね。忘れてしまっていたわ!ごめんね」
「気ぃ使わないでよ。犯人、捕まってよかったね」
「えぇ、本当に。……そういえば、ヒトナリさんはどうしたのかしら?」
「あー、仕事で大怪我して入院中です」
「あらまぁ……」
イクミの言う通り、ヒトナリは入院中だった。主に骨折で。
大小合わせて、30以上の傷に多量の出血。
搬送された時は何故立っていられるのか医者に不思議がられていた。
現在は動けてしまうが故に、拘束も兼ねて包帯でぐるぐるに巻かれている。
「……ねぇ、イクミちゃん」
「んー?どしたのキミさん」
「本当はね……こんなこと思っちゃいけないって分かってるんだけど、本当はね。
私、娘を殺した犯人が生きていることが許せないの。
あの男が死んだところでサナエが帰って来ないことは分かってる。
でも、あの男が、あの男がのうのうと刑務所で生きていることも許せないっ……!!
私、あの男をこの手で殺してやりたいっ!!」
その殺意は本物だった。サナエは目尻に涙を浮かばせ、悔しさを堪えている。
悲哀と憎悪の混じる涙が床にぽつりぽつりと垂れた。
イクミはその姿に耐えきれず、キミを抱きしめた。
「うん……うん、アタシも悔しい。でも、復讐なんてダメだからね……?
アタシはキミさんをこうして慰めることしか出来ない。
傷が癒える訳でも無いのに、アタシの自己満足で抱きしめることしか出来なくて……本当にごめんなさい」
「なんでイクミちゃんが謝るのよぉ……。イクミちゃんは悪くないでしょ?」
「それでもっ……!ごめんなさい……。
キミさんの復讐にも寄り添えない、貴女を肯定することの出来ない女でごめんなさい……!」
「そんなっ……泣かないでよ、アタシまで涙がっ……!涙がっ!
うわぁぁあぁぁあぁっ!!」
キミは声を上げ、涙を流した。
松島サナエが亡くなってから、彼女の心は凍りつき動くことは無かった。
イクミの言葉は決して彼女の慰めにはならない。
それでも今、キミは感情のままに涙を流している。
真摯なイクミの言葉が、凍りついた心を動かしたのだ。
残暑に身を焦がされる季節に珍しく、その日は奇しくも大粒の雨が降り注いでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます