第6話 7月15日①
その週の金曜日。今日も僕はいつもの場所にいた。
お前は毎回海にいるな、って?
別に他に居場所がないって訳じゃない。もちろん学校の友達と遊んだり、部活に勤しんだり……。僕だってそこら辺の高校二年生と同じように高校二年生してるんだ。
ただ、彼女の、片瀬咲良との記憶は決まって「いつもの場所」がほとんどなのだ。
だから必然的にここに記す内容は同じ場所になりがちになる。
だからその日も僕はいつもの場所にいる。
白紙の進路調査票を手に、僕は声にならないため息をついた。
提出期限がいよいよ間近に迫っているものの、依然として空欄を埋められずにいる。悩めば悩む程、思考が錯綜していく。
別に地元が嫌いな訳じゃない。海くらいしか特色がないようなうんざりするほど田舎なこの街だけど、確かに僕はここで生まれて今日まで育ってきたのだ。当然、愛着も少なからず沸くものだ。
だから、だからこそ。
「この街で一生を終えるのが当たり前だ」なんて雰囲気が街の人たちから垣間見える瞬間に、僕はどうしてもこの街を離れたい、と強く思ってしまうのだ。
そのための東京。
だって東京になら何でもあるはずでしょ?
夢も、希望も、自分自身の将来だって。
確かに何もかもが上手くいく訳じゃないってことくらいわかってる。
それでも、この街で爺さんになるまで過ごすよりはよっぽどいい。
そんなことを思いながら手元を見ると、そこには不格好な紙飛行機に姿を変えたかつての進路調査票があった。
僕の進路も、将来も、この紙飛行機みたいに自由に飛んでいけたら、どんなに楽しいだろう。
なんてことを考えたからだろうか。
突然、この季節にしては珍しい強い風が吹いた。
その海風は僕の手元から紙飛行機をいとも簡単にさらっていった。僕の悩み何てまるでちっぽけなものだって笑うかのように。
幸い、風は陸に向かって吹いたので、そのまま防波堤にポトリと着陸した。
「はぁー」
大きなため息をついて立ち上がろうとした時、視界の端に影が落ちる。
「ちょっと海人くん。ポイ捨ては駄目だよ」
彼女はかがんでそれを拾い上げ、僕に差し出す。
「いつも思うんだけど、いきなり登場するのやめてよ。心臓に悪い」
僕は紙を受け取りながら文句を言う。
「えー。いいじゃん。偶然の出会い、みたいで。人生にはね、小さじ一杯くらいの刺激が欠かせないものなんだよ?」
彼女は指をフリフリ、自慢げに言う。
「いや、意味わかんないし」
僕らは挨拶代わりのやり取りをして、やっぱりいつもの場所に腰掛ける。
「それで、どうして空欄なの? この前東京行くんだって言ってたじゃん」
「いや、親がさ。多分許してくれないっていうか」
「だから、どうして空欄なのって」
「え?」
「書きなよ。東京の大学。書いて、行っちゃいなよ」
「いや、だって特にやりたい事があるとかじゃないし……」
彼女の半ば強引な質問攻めにたじろぎながら、僕は必死に言い訳を探す。
はぁー、と彼女はため息をついてこちらを睨む。怖い。
「ほんっとうに君はひねくれ者だなぁ」
「理由なんてどうでもいいじゃん。人生なんてあっという間なんだよ? 後戻りしてる暇なんてないくらいに」「掴みたいもの、届けたい思い、果たしたい夢。全部全部、今踏み出さないときっといつか後悔する」
珍しく熱を込めて話す彼女。
でも、やっぱり一方的に言われるのも面白くない。第一、彼女は僕がどんだけ悩んでいるのかなんて知らないくせに。
この期に及んでまだ進む路を決められない自分自身への苛立ちに加え、僕にとって理想論で綺麗事にしか聞こえなかった彼女の言葉に反論したくなったのだろう。つい、頭に血が上って思ってもいないようなことを口走ってしまった。
「そんなこと、誰だってわかってるよ! それでも、踏み出すのが怖くて結局動けないのが普通なんだよ。」「いいよな、自分の好きなように将来を決められる勇気と余裕がある奴は。僕のこと何も知らないのに勝手にアドバイスして、それで満足するとでも思ったの?」
一気にまくし立てた後、残ったのは痛いほど静かな間。
やってしまった。そう思った。血の気が引くとはこの事か、と場違いな連想をしながら。
恐る恐る彼女の顔を伺うと、またあの曖昧な笑みを浮かべていた。
「そっか。そうだよね。ごめん。」「……君には私みたいに後悔ばかりの人生にしてほしくなかっただけなんだ。だから、本当にごめんね」
そう言って彼女は海に背を向けて去ろうとする。
まただ。僕は咄嗟にそう感じた。
遠ざかっていく彼女の背中を見ながら、また、彼女が居なくなってしまうんじゃないのかって。今度は本当に消えてしまうんじゃないかって。
それに、さっきの言葉。『私みたいに後悔ばかりの人生にしてほしくなかった』ってどういうことだ?
得体の知れない不安と疑問が渦巻く中、僕は立ち上がって彼女の後を追う。
――これが後悔か。確かに、後戻りしたくてもできないな。
「待って!」
踏み出すんだ。今こここで。
消えそうな彼女に、僕は必死に手を伸ばした。
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