第81話 悪魔が動く時

 

「目、覚めたか」


 昼休み。俺は保健室で眠っている葛城のところに行った。

 葛城は、俺たちが受ける電流よりも強く、そして続けて7回も受け続けても、生徒会長に白を切り続けた。そして葛城は気絶をし、保健室に運ばれたが、数時間、葛城は目を覚ます事は無かった。俺は心配で、毎時間葛城のところに行き、様子を伺い続け、そしてようやく昼休みの時間に目を覚まし、体を起こした。


「大丈夫か?」

「……まだ、体中が痺れている気がする」


 そして葛城は、自分を抱きかかえるようにして、そして小刻みに体を震わせていた。ずっと烏丸先輩を見つめ、じっと答えているようだったが、この様子だと、余程の恐怖だったらしい。さっきの事が、トラウマになりつつあるようだ。


「松原君。私、どうなったのかしら?」

「……覚えていないのか?」

「……誰かに名前を呼ばれた。……それ以降は覚えていないわ」


 俺が駆け寄ったところまでしか覚えていないようだが、誰に名前を呼ばれたのかは分かっていないようだ。ここで、俺だと言うのも違うと思うので、俺は黙っておくことにした。


「ヒロ君。葛城さんの調子はどうなの?」

「……どうやったら長方形の紙で、そんな綺麗な鶴が折れるんだ?」


 俺の声が聞こえたのか、菜摘は長方形の紙を、鶴の形に折って、葛城の所にやって来た。と言うか、長方形の紙で鶴が折れるんだな。正方形の紙じゃないと無理かと思っていた。


「生徒会便り。号外だってよ」


 保健室に向かう途中、生徒会の人と新聞部の人が、駅前で配る号外の新聞のように、通りかかる生徒に、菜摘が鶴にしてしまった紙を配っていた。俺も受け取っていたので、俺の紙を葛城に見せた。


「……あらあら。私、すっかり悪者ね」


 葛城果歩は、エリートを装った反逆者。便りには、大きな見出しでそう書かれていた。

 生徒会便り内容は、今まで葛城を恨んでいたのかと思うぐらい、葛城の事をぼろ糞に言い、批判されていた。


「……3軍の最底辺ね」


 そして葛城は、3軍に降格されたことを知らないようだ。その言葉を見ると、葛城は手を額に置き、大きな溜息をついていた。


「4軍の松原君に、ペナルティ執行」


 俺たちにペナルティを課すことが出来るのは、1軍のみ。しかし、葛城がそう言っても、俺のバッチから電流が流れる事は無かった。と言うか、俺で試すな。


「……やっぱりね。よく見たら、バッチも変わっているもの」


 いつも金色に輝いていたバッチも、今では地味な色に変わり果てていた。3軍のバッチは、色がくすんだ10円玉のような色をしている。いつも俺たちに金色に輝くバッチを見せていたせいか、輝きを失った葛城は、違和感があった。


「それで、これからはどうするんだ?」

「すぐに3軍から脱出して昇格。そう言いたいところだけど、しばらく様子を見るわ」


 今回の場合、葛城は失態を起こして、降格と言ったパターンだ。成敗、下剋上勝負で負けたわけではないので、3か月間は昇格が出来ないとか、そう言う物ではなかったはずだ。

 以前に安藤も失態をして、スクールカースト制度の最底辺になり、一時的に俺より下になったのだが、定期テストの結果で、4軍のトップに上り詰めていた。昇格することは出来なくても、3軍のトップなら狙えると言う事だ。



「松原君は、どう思う? 私は、3軍に成り下がった。……けど、3軍でも貴方たちを助けたいと思う気持ち、スクールカースト制度を無くしたいと思う気持ちは変わらないわ」


 葛城の眼は死んでいなかった。この様子なら、すぐに1軍に上り詰めて、再びトップに返り咲くのは遅くないだろう。



「あれだけボロボロにされたのによ、まだスクールカースト制度をぶっ壊すつもりなのかよ、葛城」



 藪から棒に、葛城の意見に横槍を入れるのは、ここに現れるはずのない人物だった。


「あら。最近見ないから、てっきり渡邊さんみたいに、不登校になっていたと思っていたわ。久しぶり、安藤君」


 俺たちの前に現れたのは、俺がこの学校で一番嫌いな人物、葛城の前のトップ、安藤春馬だった。


「それで、私に何の用?」

「葛城。俺の下剋上勝負に付き合え」


 安藤は、葛城に勝負を申し込んでいた。突然の安藤の言葉に、葛城は目を丸くしていたが、すぐに冷静な雰囲気に戻っていた。


「確か安藤君は、今では4軍のトップ。昨日までの私に勝負を申し込むなら分かるけど、今の私は3軍の最底辺。私にとって、安藤君にとっても、あまりメリットを感じられないんだけど?」

「メリットならたくさんある。葛城が俺に勝てば、俺は最底辺。そしてしばらく勝負を申し込めなくなる。葛城と松原にとっては、嬉しい話じゃないか?」


 安藤が再び最底辺になれば、俺も少し気が楽になる。安藤は何を考えているか分からない。ここで葛城が勝てば、俺と葛城にとって嬉しい話となるだろう。


「俺にもメリットはある。もうすぐ改定される、成敗、下剋上勝負の練習が出来る事。そして勝てば、俺は遂に4軍から脱出できるって訳だ」

「あら、それは面白そうね。安藤君が考えた、新しい勝負に、私も興味あるわ」


 俺は、安藤の誘いが罠だと思った。前に渡邊が言っていた通りなら、この勝負も安藤の計算に入っていて、葛城を陥れる作戦だ。弱っている時に、葛城を徹底的に潰して、安藤の暇つぶしの為に、俺たちは更なる地獄を見る事になるだろう。


「安藤。それは今やらなくてもいいだろ? 葛城も体も万全じゃないんだし、姑息なことをせずに、また後日に――」

「松原君。元トップ同士、譲れないものがあるのよ。大丈夫よ、安藤君ぐらい、私がけちょんけちょんにやっつけてあげるから」


 そう言って、葛城は俺にウインクして、余裕そうな顔をしていたが、安藤は悪魔のような、いや異世界を支配する魔王のような、不気味な笑いをしていた。


「追いかけなくていいのかー?」

「おわっ‼︎」


 急に仕切りのカーテンを開けて、俺に話しかけたのは、渡邊だった。


「なっつん。ここもいい感じで昼寝出来るから、お勧めだよ」

「菜摘に変な事を教えるな」


 菜摘に悪魔のような囁きをしているので、とりあえず渡邊の頭をチョップしておいた。これから菜摘が失踪した時は、保健室も捜索しないと行けないようだ。


「負けるよ。確実に」


 渡邊の真面目なトーンに、俺もそう思ってしまう。


「……万一な事もある。……もしかすると勝てる、いやドヤ顔で帰ってくる」

「良い関係だね~。この関係を、ヒロポンの姉ちゃんに見せてあげなよ~」


 渡邊は、ケラケラと笑った。


「安藤春馬は、卑怯な手は使わないよ。意表を突いて、葛城さんに勝つだろうね」

「お前は、次からの勝負内容を知っているのか?」

「少しだけね。聞きたい?」


 俺は頷くと、渡邊は指で銃のような形を作っていた。


「安藤春馬は、西部劇が好きなんかな? そんな感じで、順位を数値化させて、戦わせようって考えているよ」


 やはり、安藤から少しだけ話を聞いていたようだ。


「どうして、それを葛城たちに言わなかった? 葛城なら、金を払ってまでも知りたがると思うぞ」

「一つは、聞かれなかった。もう一つは、葛城さんがそんな情報知っていたら、安藤春馬はまず私を疑う。逆恨みする事ないけど、もう私はヒロポンたちと会えなくなるかも」

「安藤が、渡邊を退学でもさせるって言いたいのか?」


 渡邊は、首を横に振ってから、俺を冷たい視線で見ていた。


「ヒロポン、また私と敵になりたい?」


 渡邊の目は、安藤、猪俣とは違う、平気で人を殺しそうな、何を考えているのか分からない目をしていた。


「……いや、また安藤の手下になるのは困る」

「だよね。私もヒロポンたちと遊びたい」


 渡邊がケラケラと笑う姿は、普通の少女の微笑みだった。



 そしてすぐに、菜摘はぐったりとした葛城を担いで保健師のベッドに寝かせていた。やはり、葛城は安藤に敗北してしまい、また別の時代が来るのだと思ってしまった。

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