第77話 不審な動き
「……疲れた」
「お疲れなヒロ君には、私のカレーパンをあげるよ~」
千代田線から副都心線に乗り換える際、学校の最寄り駅に到着するまで、姉貴の言動、行動に付き合っていたら、遅刻するギリギリになってしまった。
『車内アナウンスが間違えているかもしれない』
『運転手がウトウトしていて、駅を通過してしまうかもしれない』
『ホームで、酔っぱらいが暴れていて、喧嘩に巻き込まれるかもしれない』
『急に、自動改札が全部壊れ、駅から出れなくなるかもしれない』
など。姉貴からすべての事から、疑念を持てという事を、徹底的に教え込まれると、俺は学校に到着したばかりなのに、一日中、1軍にパシリに使われ、猪俣たちに電流を何度も流されたぐらいに疲れ切っていた。
「ありがたく貰う」
そのせいか、ちゃんと朝食を食べたはずなのに、もう空腹になりつつあったので、俺は菜摘からカレーパンを貰って食べた。
「きゃははっ。私は、楽しかったよ。ヒロポン姉ちゃん、めっちゃヒロポンの事、大好きだ」
「いやいや。姉貴は、俺が困り果てる姿を見て、楽しんでるんだよ」
渡邊は相変わらず、自分の席に座る事は無く、教卓の上に座って、俺たちと会話をしていた。
渡邊は、俺の苦労を知らないだけだ。こんなウザくて、ブラコンの姉を持つ弟の気持ちは分からないだろう。
「それでさ、やっぱり電車は信用出来ないから、ヒロポンの姉ちゃん、歩いて帰るんだって。やっぱり、大阪の魂を持っている人は違うよ」
「それはそうと、どうしてあんたがヒロと一緒に来たのよ? あんたがヒロと腕組んできた時、私は目玉と心臓が飛び出そうだったのよ?」
渡邊は、楠木と普通に会話するようになっていた。あんな出来事が無かったかような、今までずっと仲良しだった感じで、日常的な会話をしていた。
「寝過ごしてー、寝過ごした結果だね」
「……あんた、何やってんのよ。……そんなんで、バイトを遅刻したら、店長がキレるわよ」
「こんな可愛いくて、女の子、店長が切らないってー」
自分の容姿に自信があるようで、渡邊はケラケラと笑っていた。1時間以上遅刻しても、渡邊はこんな感じで笑っていそうだ。
「という事で、ヒロポン遊びに来てよ。私もさ、紗良と一緒のメイド喫茶でバイトすることにしたから」
楠木が紹介したのだろう。心の底から反省して、木村にちゃんとスマホを弁償するために、渡邊が頑張ってバイトするなら、俺も週末に、メイド喫茶に顔を出そう。
「つまんない女になったわね。渡邊」
そしてこういった話を一番嫌う、1軍の猪俣が渡邊に絡んでいた。
「何だー? 仲間に入れて欲しいのかー?」
渡邊は、猪俣の威厳に怯む事無く、教卓の上から猪俣を睨み返していた。
「いいえ。人を殴ったのは良くない、だからあんたは4軍になった。それは仕方ないと思うわ。けど、そいつらと共にすれば、あんたはつまらない、真の4軍に成り下がる」
「人殴った時点で、私は4軍に相応しいよ。見向きもされない、道端に落ちてる石ころみたいな軍団だからさ、もう私に絡むなよー」
猪俣と渡邊が言い争っている途中に、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。
「ま、あんたは強い人に付く、のらりくらり生きる、自我の無い人間。その時になったら、あんたは私を必要とするわ」
「あの話の事かー? その時になっても、私はヒロポンたちに味方するぞー」
俺たちに付くと言った渡邊に、猪俣は嘲笑して、自分の席に戻っていくと、担任の吉田先生が入って来て、教卓の上に座っていた渡邊は怒られていた。
授業の合間の休み時間。相変わらず、楠木と話すために、渡邊は教卓の上に座っていた。
「ヒロポン。お疲れの途中だけど、いいのかな?」
机に突っ伏して寝ていると、渡邊は俺に話しかけた。
「トップの葛城さん、ヒロポンの事を見つめてるよ」
渡邊にそう言われたので、俺は体を起こしてみると、確かに教室の外から、葛城がチラチラと俺の方を見ていた。
「トップにもパシリに使われてんの? なら、やめさせてもらうために、私から文句言ってくる?」
「葛城は、俺たちの味方だ。何か用があって来たんだろ」
俺は葛城の所に行くと、葛城は凛とした態度で、俺の事を見つけた。
「渡邊さんに懐かれているようね」
「成り行きでな」
「それとも、ラノベ主人公のように、異性から異様にモテる、特異体質になっちゃったのかしら? どんなふうに口説いたの?」
成り行きで、渡邊を口説くか。急に渡邊が、俺と共に行動すると言い出したことが、ずっと不思議に思っている事だ。
「ま、冗談はこれぐらいにして、ちょっと真面目な話をするわ」
「急にかしこまって、どうした?」
「私、ずっと誰かに付けられているの」
つまり葛城は、ストーカー被害に遭っているという事だ。
「生徒会室で、私たちが生徒会長さんと色々聞かれた時からね。登下校の時も、ずっと誰かに付けられているし、体育の際、体操服に着替えている時にも、ずっと視線を感じる」
「それ、ヤバくないか? 先生に言った方が――」
「生徒会長が私をかなり警戒しているわ。恐らく、生徒会長の差し金だから、先生では意味が無い」
それで、葛城は俺に何をして欲しいのだろうか。一緒に犯人探しか、4軍だから、ボディガードになれとか言いたいのだろうか。
「私は、急に貴方たちに接近してきた、渡邊さんが怪しいと睨んでいるの。尋問って訳じゃないけど、腹を割って話しをしたいから、松原君は、渡邊さんとの橋渡しを、お願いしたい。希望の時間は昼休み。場所はいつもの場所で待ってるから」
そう言い残して、葛城は自分の教室に向かって歩いて行った。
葛城が、渡邊を疑ってしまう気持ちは分かる。急に俺たちに接近して、あれだけ人を無差別に殴ったのに、4軍に降格だけという、結構軽めの処分を受けただけで、渡邊は許された。
やはり、生徒会長が真の黒幕のこーさんで、安藤とは関係を絶っても、まだこーさんとは関係があって、スクールカースト制度を廃止させようとしている葛城を排除する機会を伺っているのかもしれない。
俺も姉貴に文句を言えないぐらい、人間不信かもしれない。
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