第58話 夏コミ2

 

「……邪魔して、申し訳ないです」


 コミケ。東館の同人誌即売会、西館の企業ブース。俺は今そのエリアにいるわけではなく、ビックサイトの会場の外、正門前で行われているコスプレの撮影会の所にいる。

 俺は、マイペースにビックサイトを徘徊し、そしてコスプレの場を邪魔していたので、轟沈している菜摘の代わりに俺が謝っていた。


「謝らなくてもいいよ~」


 そしてそのコスプレのエリアに、まさかの家の学校の生徒がコスプレイヤーとしていた。以前に菜摘と法田の成敗勝負の実況をしていた、ぴょんぴょんと揺らすポニテが印象の放送委員の生徒だった。


「やっぱり来るんだ~。松宮さんとヒビト君」

「……黒歴史の名前を呼ぶのは勘弁してください」


 成敗勝負の一項目、演説の時に、菜摘が俺の黒歴史を校内放送で暴露して、その名前は学校中に広まっている。本当に菜摘を恨んでいる。


「そう言えば、改まって話すのは初めてだよね? あたしは2年3組、そして3軍の放送委員、内田うちだ光莉ひかり


 俺たちの先輩だったようで、2学年で3軍。俺的には放送委員、成敗勝負など、大事な勝負の司会を務めているのから、それなりに階位の良くて、生徒会長に気に入られている生徒だと思っていた。


「この業界では、『ひかる』って、名前でやってま~す」


 レイヤーさんの事はよく分からないが、内田先輩のコスプレのクオリティは凄く高い。可愛らしい容姿で、拒否する事無く、カメラにポーズを構えている。きっとSNSでは、フォロワーが数万人いるほどの有名人なのだろう。塚本はこう言った分野も詳しそうだから、後で聞いてみるか。


「元々2軍だったんだけど、私がこうやってコスプレしているのが生徒会の耳に入ったらしくて、それが理由で3軍にされちゃってね~。あはは~、ウケるでしょ~」

「笑い事ではないと思いますよ」


 内田先輩は、自分のスクールカーストの位を、腹を抱えて笑っていられるほど、陽気な人柄の人のようだ。


「……そのコスプレは、プチキュアですよね?」

「そうそう。分かるって事は、ヒビト君は見ているって事?」


 幼児向け、しかも女の子向けのアニメだ。とてもじゃないが、俺は田辺のように堂々と見ているとは、同じ学校の先輩には言えないので、誤魔化すことにした。


「たまにですね。暇な時に観て――」

「嘘はダメだと思うな~。ヒロ君と私、いつも一緒に見ているよね~」


 どうして、俺の幼なじみは空気の読めないタイミングで復活するのだろうか。本当の事を内田先輩に話してしまったので、俺は再び菜摘の頭を叩いて黙らせた。


「恥ずかしがる事は無いって。お父さんなんて、毎年公開しているプチキュアの映画、ペンライトを振って小さい子と一緒に応援しているから~。あははは~。あ、あたしもペンライト振って応援しているよ~。あははは~」


 その時の上映、すごくシュールな光景なんだろうな。女子高生と父親がペンライトを振ってプチキュアを応援する。そんな二人と行けば、俺も恥ずかしさなんて無いだろう。




 そして俺たちは内田先輩と別れ、今度は菜摘が失踪しないか、しっかり見張りながら、再び東館、楠木たちがベンチで休憩しているところに行くと、そこには、物凄く落ち込んだ木村がいた。


「木村、どうした?」


 木村に声をかけると、しょ気た顔をしたまま、俺の方にスマホを向けて、音声機能で話してきた。


『本、買おうと、したら、財布、が、無かった。盗まれた』


 木村はすりに会ったようだ。


 確かに、こんなに人がいれば、すりを目的にやって来る悪い人がやってくる可能性は無いとは言い切れない。会場の放送でも、『すり、偽札の使用に注意してください』と言う、注意の放送が流れている。こうやって放送していると言う事は、実際にあった出来事だから、常にこのような放送をしているのだろう。


 木村はずっとこの日を楽しみにしていたんだ。俺とコミケに来るのを、ずっとずっと楽しみにしていたんだ。同人誌を楽しみに買いに来ている人に紛れて、すりを目的として訪れている奴が許せない。


「安心しろ。一度、悪を成敗した事ある面子が揃っている。今日、すりがどんだけバカで、愚行だという事を、俺たちが、教えればいいだけだ」


 こう言ったのは、速やかに運営に言った方がいいと思うのだが、すりがあったと公にしてしまうと、犯人に警戒される可能性がある。しばらくは俺たちだけで探すことにした。


「……この中で探すのは無理でしょ」


 この会場の混雑を見て、楠木は早くも諦めモードだ。それは俺も思っている。


「この中で探すのは確かに不可能に近い。だから、今時の俺たちのやり方で探す」


 こんな大勢の人が居る中で、少人数の俺たちで、一人の犯人を探すのはほぼ不可能。だからこの時代、スマホ世代、SNSを巧みに使うのが、俺たちが出来るやり方だ。


「ヒロ君。連れてきました~」


 俺は菜摘に頼んで、ある人物を連れて来てもらった。


「あははは~。さっきぶりだね~」


 俺たちは、ツイートや写真を投稿するSNSをやっていない。なので、ここはSNSフォロワーさんがたくさんいそうな、有名人に頼むのが早い。


 それはコスプレイヤーの内田先輩。コスプレの撮影会の中、きっと菜摘なら強引でも連れてくると思い、お願いした。内田先輩のフォロワーなら、きっとこの会場に何百人かいそうだ。


「移動中、松宮さんに話を聞いて、早速検索してみたら、昨日からそういう事が頻発しているって、情報だよ」


 この人が集まる場所を焦点に絞って、すりの犯人はここで荒稼ぎをしているようだ。尚更許せない。


「それと、あたしのフォロワーさんのつぶやきによると、『行列に一人で並んでいる女の人に近づいて、そしてすぐに立ち去る人を見た、あれ、絶対にやってるよな』って情報もあるし、『有名球団のキャップを被って、ナップザックを背負っているガキが、勝手に割り込んで、うろちょろしてウザい』とか、『本読んでるふりして、コインケースを見てるクソガキいるんだけど、通報した方が良い?』って呟きがあるよ」


 そんなに目撃情報があれば、SNSで呟くんじゃなくて、運営に報告して欲しいんだが、今回はそのような呟きがあるおかげで、一気に犯人を絞り込める。


「……もういいよ」


 俺の腕にしがみついている、顔を俯かせている木村が小さく呟いた。


「……犯人は、きっと常習犯。……手慣れた人は、簡単には見つからない――」

「そうやって、黙り込んで、自分の中に溜めておくから、こう言った事件は減らないんだよ」


 犯人の心境は分からないが、きっと興味本位で財布をポケットなどから引き抜いた。そして意外と上手くいき、そして調子に乗って犯行をしているだろう。そんなせこい手でお金を儲けようとしている奴が、俺は許せない。

 そして、財布だから別にいい。警察に言って大事になるのが嫌だ。そうやって黙り込んでしまう人もいるから、こう言った事件は減らない。俺はそう思っている。


「俺とコミケに来て、楽しい思い出を作りたかったんだろ? 苦い思い出となってコミケを終わらせたくないだろ? スクールカーストと一緒だ。底辺で頑張っている人が報われずに、上位で優雅に過ごして、何もせずに報われる人は、木村も気に入らないだろ? なら、諦めるなよ。諦めたら、ここで楽しいコミケは終了だ」


 改めて自分で言った事を思い返すと、凄くキザな事を言っている気がする。最後の方は、どこかの先生の言葉に似ていた気がするが。


「ヒロ。あいつじゃないの?」


 ずっと辺りを見渡していた楠木が、肘で突いて教えてくれた。


 目撃情報通り、異様に膨らんだナップザックを背負い、そして有名な野球帽をかぶった背の低い人が、サークルの列に並んでいる女性に、何気なく近づいている光景があった。相変わらずの、満員電車の中のような混雑なので、テキパキと動けば、周りの人にも気づかれず、貴重品を盗むことも可能だろう。


「……これが、気軽に入れるコミケの欠点でもあるんだよな」


 入場券、入場料も無いので、色んな人がすぐに入れてしまう。入場前に、手荷物検査があるが、退場の時にはない。こういう輩を入らせないためにも、やはりチケットとか、必要じゃないのだろうか。


「どうする? 近くにスタッフいるけど、言ってくる?」

「スタッフの手はいらないです。大事な友達が傷つけられたんです。ここは、俺の手で成敗したいんです。という事で、菜摘。協力してくれるか?」

「は~い」


 俺と菜摘で、すり野郎を縛り上げようと思い、そして俺たちも、男女でサークルの出し物を見る客のふりをして、さり気なくすりの男に近づいた。


 内田先輩の言う通り、ここはスタッフに言って、補導してもらう方が良いだろう。しかし、何故か今回は俺の手で悪を成敗したいと思った。

 こんな正義のヒーローごっこなんて、小学生の俺みたいだ。そんな事、バカバカしくて、恥ずかしい事だと思っていたのに、なぜか今回は、そんな行動をとってしまった。

 最近、田辺とか紫苑に出会って、当時の事を思い出してしまったからだろうか。それとも、木村が傷つけられたことに腹を立てたのか。

 いいや、ただ楽しみにしている人、この日の為に頑張って来た絵師さんの気持ちを踏みにじられたからだ。オタクとして、そんな外道な行動が許せなかったのだろう。


「よっと」


 ついにスリの犯人が動いた。ゆっくりと鞄のチャックを開けた犯人は、こっそりと財布を抜き出して、何食わぬ顔で立ち去ろうとした時、菜摘が足でひっかけて転ばせて、そして俺は犯人に逃げられないように、咄嗟に両手首を掴んだ。


「よう。お前も同志オタクなら、こんなシチュエーションを体験出来て、興奮しないか?」


 転んだ拍子に帽子が外れると、犯人は丸刈りの小さな男の子だった。おそらく俺と同じぐらいの年齢だろう。


「寝る暇も惜しんで、命を懸け、必死になって、好きなキャラのイラスト、漫画を描いて、大好きな気持ちを共有しようとしている人たちを、お前はこれからも鼻で笑えるか? 嘲笑いながら、お金を盗む事が出来きるか?」


 そして少年のリュックサックの中を見ると、中は色んな人の財布がぎっしりと詰まっていた。その中に木村の財布もちゃんとあった。

 そして俺と菜摘は、コミケの運営の人に、泣く犯人の少年の身柄を引き渡した。持ち主の分からない財布は、運営に任せるとして、そして俺は盗られた財布を木村に返した。



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