第49話 紫苑との夏休み ~浅草寺編~

 

「マッロン~! 会いたかったで~すっ!」

「く、くっつくな……」


 通勤ラッシュが終わる頃の朝の9時。俺は渋谷駅、そう有名なハチ公前で紫苑と待ち合わせをした。しばらく待っていると、紫苑がやって来て俺に勢いよく飛びついてきた。もしハチ公がご主人と再会できたなら、こんな感じなのだろう。


 昨日は4軍の仕事して学校に行っていたが、今日は休み。特に予定はなく、俺は部屋の中で読まれる事無く、溜まってタワーになりつつあるラノベを消化しようと朝から読もうとしたが、昨日の寝る前に紫苑から、旅に出ようと誘われた。

 旅とは一体どういう意味なのか。普通に買い物に付き合って欲しいとか言ってくれればいいのに、どうして旅と言うのかが引っ掛かり、俺は貴重なラノベを読む時間を犠牲にし、こうやって渋谷まで来た。


「私の格好はどうですか~? もう私の容姿にメロメロですよね~?」


 両手を頬に置いて、体をくねくねさせて照れ始める紫苑。だが、俺はツッコみ待ちだと思って、あえて紫苑にツッコんでみる事にした。


「……ツッコみ待ちか? ……斬新なセンスで良いと思うぞ」


 紫苑は、『休日出勤』と、筆で殴り書きしたようなシャツを身に付けていた。所謂、痛Tシャツ。アニメキャラのを思い浮かべるかもしれないが、こういった謎の言葉が書かれたのも、痛Tシャツに分類される。こう言ったのは、外国人がお土産感覚で買っているのが多いのだが。


「違いますよ~。最近の日本人はこのシャツが流行りだと、ママが言っていたので~」


 紫苑の母親。紫苑に偏った知識を教えすぎだろ。女子高生の流行りはニーソを穿くと言う変な事を教えたのも紫苑の母親だった気がする。


「……紫苑の母親って、何者なんだ?」

「普通のママですけど、昔、この辺で有名な人だったみたいですよ~」


 紫苑の母親は、渋谷で活躍していたギャルだったらしい。ファッションに詳しいなら、どうして娘に、変なファッションを教えるのだろうか。


「ちなみに、休日出勤を選んだ理由は?」

「字面がカッコ良いからですっ!」

「なるほどな。ずっと元気でいたいなら、その字に親しみを持たない事だな」


 将来、俺も休日が無いぐらい、社畜になっていくのだろうか。この字を見て、俺は不安に思ってしまった。


「さて、そろそろ行きましょうかね~」

「そうだな」


 紫苑は、いつもの二つに結った長いツインテール。そして休日出勤と書かれた痛いTシャツにショートパンツ。そしていつも通りの白ニーソ。スカートとニーソで出来るのも悪くないが、ショートパンツとニーソでも出来るのも良いと思う」


「もう、本当にマロンはニーソ好きですね~。本当に着て来た甲斐がありますよ~。このこの~!」


 おっと。また本音が出ていたようだ。

 俺の本音を聞いた紫苑は、俺の変態発言でも、おかしそうに笑い、そして冷やかすように、俺の鳩尾辺りを肘でつつく紫苑。引かれるよりも、こうやって冷やかされる方がマシだ。


「ほらほら~。十分に堪能してくださいな~」

「……人前なので、遠慮する」


 ハチ公周辺にある金属のベンチに足を乗せて、ロダンの考える人のようなポーズを取って、どこか得意気に俺に絶対領域を強調させてきた。凄く見たいが人前なので、俺はすぐに紫苑を止めるように言った。


 何度も言うが、本当に女子が穿くニーソって最高だと思います。


「けど、褒めてくれて、ありがとうですよ。マロン」


 俺が可愛いと言ったのが嬉しかったようで、紫苑はどこかあどけない顔を見せて微笑んだ。小学校の頃、俺と楽しく遊んで、そして別れる時に見せた、二っと笑う顔と変わらなかった。


「さあさあ、時間は限られているので、早速出発で~す!」


 周りの目を気にせず、紫苑は俺の腕にくっついて清々しく晴れている空の向こうを指差していた。


「どこに行くんだ?」

「まずは、浅草、浅草寺で~すっ!」

「浅草行くなら、何でここで待ち合わせにしたんだよ」


 浅草に行くなら、どうして渋谷を集合場所にしたのだろうか。雷門か、現地集合、最低でも上野駅辺りで待ち合わせの方が良かっただろ。




 仕方なく銀座線で浅草まで移動。そして駅から出て数分の所にあるあの有名な雷門の前に立つと。


「ほうほう。いかずち門は、意外と大きいですね~」

雷門かみなりもんな。ここは普通に読めばいいからな」


 雷門の事を、『いかずちもん』と読む人を初めて聞いた。外国人が謝って富士山の事を、『フジヤマ』って読むのと一緒なのだろうか。

 俺と紫苑は雷門を抜けると、浅草寺に行く途中に、店がずらっと並んでいる道がある。ここは仲見世ってところだ。

 お土産が売っていたり、着物が売っていたり、饅頭が売っていたり。このような大手のチェーン店が無い、この場所しかないような店がたくさんと並んでいる通りは、どこか落ち着く。この人ごみさせなければ、もっと落ち着いていたんだが。


「人形焼き……。もしかして、世界中から集めた人形を焼いて、売っているのでしょうかっ!?」

「世紀末のような光景だな」


 人形焼きの暖簾の幟を見た途端、紫苑は顔を青ざめて、俺の肩を揺すって聞いて来た。仲見世で売っている人形焼き。初めて聞くと、皆そう思ってしまうだろう。


「和菓子だぞ。カステラの生地に、中に餡子やカスタードクリームを入れて、このような七福神たちの顔や、キャラクターの型に入れて焼いたお菓子だ」

「成程~。美味しそうなので、買ってくるのですよ~!」


 俺の話を聞いただけで、紫苑は青ざめた顔から、一気に目をキラキラさせて、早速人形焼きを買いに行き、紙袋を抱えて俺に一つ差し出してきた。


「マロン。仲良く分けて食べましょう~」

「……ああ」


 実のところ、俺は餡子が苦手だ。だが、餡子が嫌いだと言って、せっかく紫苑が買ってきた人形焼きを受け取らないわけにもいかない。


「中はカスタード。マロン、餡子が嫌いでだったの、ちゃ~んと覚えているので、安心して食べてくださいっ!」


 覚えていたのか。小さい時、紫苑にそんな事言ったのか、全く記憶にない。饅頭でも食べる機会でもあったのだろうか?


「……ありがとな、紫苑――って、どこ行った⁉」


 俺の好みに合わせ、そして俺に人形焼きをご馳走してくれたので、お礼を言おうとしたら、俺の目の前から、紫苑の姿は無かった。

 何なんだ、どうして俺に絡んでくる女子は、咄嗟に姿を消せる人間離れな行動が出来るんだ!?


「マロ~ン!」

「おい、どこに行っていたん……だ……?」

「見てください。私、子供を見つけました~」


 紫苑は、熊の縫いぐるみを持った長いブロンドヘア、碧眼の小さな女の子と手をつないでいた。おそらく外国人だと思う。


「……もしもし。警察ですか?」

「誘拐じゃないですよっ!? あの角のお店で、縫いぐるみを抱きしめて悲し気に立っていたんですよ~!」


 それなら良かった。危うく、警察を召喚するところだった。もし可愛いから無理やり連れてきたと言うなら、紫苑に飛び蹴りをしていただろう。


「冗談だ。紫苑、その子は迷子なんだろ?」

「そうなので~す~!」 


 この人ごみだ、しかも俺の腰辺りまでしか身長なので、この仲見世を歩いていたら親とはぐれたのだろう。

 外国人の迷子、しかも子供と言うのが厄介だが、俺には強い味方がいる。


「ハ、ハローオヤスミグットナイト?」


 この子の身長に合わせて、紫苑はしゃがんでこの子に話しかけるのは良い事だ。子供は、自分より大きい物を見ると怖がってしまうので、小さな子にはこうやって子供の目線を合わせて話しかけるのが正解だ。

 だが、紫苑は英語で話しているようで聞こえるが、ただこの迷子の女の子に、『こんにちは、おやすみおやすみ?』って、訳の分からない言葉を話しかけただけだ。


「?」


 ほら。迷子の少女も困惑した顔で紫苑を見ているじゃないか。


「紫苑。本当に英語が話せないんだな……」

「わ、私を誰だと思っているのですか~!? イギリス、オーストラリア……ほにゃらら~など、数多の国に過ごしたのですよ~! 外国語は、この私に任せてくださいな~」


 胸を張ってそう言うが、紫苑は足をがくがくさせて、そして冷や汗が止まらない様子だ。

 再び迷子の少女に目線を合わせるためにしゃがんだ紫苑は、迷子の少女に話しかけた。


「こほん。えっと……ぼ、ボルシチめんそーれ?」

「紫苑。英語が話せないのなら無理しないでくれ」


 ボルシチいらっしゃいって、どういう意味なんだ? しかもなぜ沖縄の方言は知っているんだよ。


「マロン! 私、マロンに英語も話せるステキな彼女に見せる為、見栄を張りました~! 申し訳ありませんでした~!」

「分かったから、こんな人前で土下座はやめてくれ」


 人形焼きの店の前で、堂々と俺に土下座を披露する紫苑。大きな声で、しかも形の綺麗な土下座を披露するので、周りの人が俺らを見ているので、凄く恥ずかしい。

 帰国子女なのだから、てっきり英語や他の国の言葉がペラペラと話せると思っていたのだが、実際は全く話せないようだ。これは凄く意外だ。


「……ドゲザ? ……カッコ、イイ、デス」


 この迷子の少女、片言だが日本語を話しているんだが。変な英語を話した紫苑が、更に哀れだと思ってしまう。

 日本語が話せるのなら、俺にもこの子に話しかける手段が出来たって事だ。俺もこの子に目線を合わせるためにしゃがんだ。


「……どこの国の人ですか?」

「……クニ……エト……マ、マケドニア」


 そんなマニアックな国は分からないので、俺は咄嗟にスマホでマケドニアについて調べた。

 マケドニアはヨーロッパにあり、そしてバルカン半島、ギリシャの上にある国らしい。公用語もマケドニア語など。どんな国なのかも分からないので、尚更言葉も分かるはずもない。この子が、多少日本語が話せて凄く助かった。


「……アノ……アイリーン、ハ、マヨッテ、イナイ、デス。……アノ……アイリーン、ヲ、タスケル。……ミチアンナイ、シテクダサイ」


 ぺこりと頭を下げたマケドニアの少女、マケドニア人のアイリーン。

 迷っていないのなら、どうしてこんな仲見世の中を、少女1人でいたのだろうか。それと道案内とは一体どういう意味なのか。

 疑問に思っていると、紫苑がアイリーンを連れ出して勝手に人ごみの仲見世の中を歩きだしてしまったので、俺も2人を見失わないように追いかける事にした。


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