第41話 黒髪少女の誘惑

 

「……まあ、安藤がやろうとしていた事と変わらんな」

「まあ、そうかもしれないわ」


 法田がやろうとしている事は、安藤がやろうとしていた事の延長線のような事だ。安藤も神様になろうと思い、俺が嫌いな安藤は、あれこれ理由を言って、色々と俺たちを追い詰めていた。


「もう一度聞くわ。相手は法田君、まだ松原君は、法田君に目を付けられていないから、まだしばらくは平穏で過ごせる。もし私と関われば、松原君は、新たな敵を作って、学校生活を更に苦しめるかもしれない。それでも、松原君は、私に力を貸してくれるの?」


 葛城は、再び俺に考えを確認してきた。菜摘と法田は、あの勝負以降、因縁があるが、法田が勝負に勝って以降、特に菜摘に絡む事も無いし、俺自体も特に接点がある訳ではない。ここで葛城の誘いを断れば、俺は待ち望んでいた、平穏な学校生活を送れるだろう。


「無理強いはしないわ。今回は、松原君の話を聞ければ十分。松宮さんたちと静かに過ごしたいなら、私の誘いを断ればいい」


 現在、スクールカースト制度の実行委員長が不在。もし法田の奴が、仮に安藤と同じことをしようとしているなら、俺も黙っておけない。


「……事情を聴いてしまったからな。……そもそも、菜摘といる以上、俺に平穏な学校生活は無いし、葛城一人だけ負担をかけるのは申し訳ない。俺に出来ることがあるなら、協力するぞ」

「ふふっ。ありがとう、松原君」


 葛城は、丁寧に頭を下げ、にっこりと微笑んだ後、俺に顔を近づけてきた。


「キスはダメだよ~」


 どうやら葛城は感謝の気持ちに、俺の頬にキスをしようとしてきたようだ。だが、俺の横にぴったりくっついている幼なじみが黙っていない。咄嗟に葛城の唇に指を置いて、葛城のキスを阻止していた。少し残念だ。


「ヒロ君。高村さんに続いて、葛城さんとも出来ると思ったの? 続けて、私が許すと思う?」

「思いません」


 菜摘は、ニコニコした表情のまま、そう聞いてくるのが怖かった。

 

「松原君。本当にすると思ったの?」

「いきなり顔を近づけてきたら、それは期待する……」

「松原君は、やっぱり面白いわね」


 クスクスと葛城が笑った後、実行委員長の話を詳しく聞いた。

 俺は知らなかったが、玄関にある、大きな掲示板の端の方に、小さくスクールカースト制度の実行委員長を募集する張り紙があったらしい。それを見た法田が、就任しようと決意したと言う話のようだ。


「……で、今日その募集は締め切る。締め切りの前に、法田の応募用紙を俺らが奪って、法田に参加権を無くすって事か?」

「ええ。私は4軍になりたくないから、必死に勉強して、部活動も一生懸命にやって、1軍のトップになった。せっかくトップになったのに、変な独裁者が出てきたら、やりづらいし、目障り。そもそも、そんな蛮行、私が見過ごせないわ」


 葛城は、相当努力をして、遂にトップになった、安藤以上に相応しい、1軍のようだ。


「まあ、俺はこれ以上下がる事は無いが、これ以上、4軍と言う被害者を出したくない。葛城に協力する」

「ヒロ君が協力するなら、私も協力しま~す~」


 俺らが協力することを聞いた葛城は、にっこりと微笑み。


「ふふっ。4軍の人たちの方が、1軍にふさわしいと思えてくるわね」


 1軍のトップが嬉しい事を言ってくれて、俺はやる気が出た。そして葛城のお願いに協力することにした。




 応募用紙がある、玄関に行ったが、すでに応募用紙は回収されていた。なので葛城は、生徒会室に容姿があると思い、生徒会室に向かった。


「私が中にいる生徒会の人に話しかけるわ。話し込んでいる隙に、松原君と松宮さんで募集の紙を奪ってほしいの」

「……いや、もうその作戦は失敗だと思うぞ」

「あら? それはどうして?」

「すでに菜摘が、部屋の中に入っていった」


 生徒会室の前に着いた瞬間、菜摘は俺から離れて中に入っていってしまった。何度も訪れているせいか、菜摘にとっては自分の家のような場所になっているようだ。

 俺はこっそりと生徒会室の扉を開けて中を確かめてみると、菜摘は生徒会室に置いてあるパソコンの前に座って、パソコンを弄ろうとしていた。


「……噂通りのマイペースね」


 やっぱり初見で菜摘のマイペースな姿を見たら、誰だって驚くようだ。もう俺は慣れてしまっているので、この光景は異様だとは思わない。


「作戦変更。俺が菜摘を探しているふりをして、生徒会の人と話をしてくる。葛城はその隙で用紙の回収」

「ええ。いいわよ」


 俺が咄嗟に思いついた作戦で、生徒会室に入ろうとした時。


「松原君は、頼もしいわね」


 葛城は俺の頬を突然突いてきたので、頬が痛く、そして心臓も少しドキッと来たが、すぐに気持ちを切り替えて、生徒会室に入った。


「し、失礼します。ここに菜摘が――」


 運良く、俺が生徒会室に入って来るのはおかしいと思い、俺は作戦通りに、菜摘を探しているふりをして生徒会室に入ると。


「ヒロ君。紙ってこれの事かな~?」


 俺にヒラヒラと数枚見せつけてきた菜摘。それは実行委員会申込書と書かれていた。


「菜摘だけか?」

「そうだね~。私とヒロ君以外は見当たらないね~。新作のパンでも探しに行ったのかな~」


 それは菜摘だけの行動だと思うが、無用心に部屋を開けっ放しにしている生徒会もどうかと思う。


「ヒロ君。パソコンも付けっぱなしって言うことは、ご自由に触って良いって事かな――痛いよ、ヒロ君?」


 パソコンも付けっぱなしにしておくなよ……。生徒会のセキュリティーがガバガバじゃないか。そしてパソコンを触ろうしている菜摘の頭を叩いておいて、俺は菜摘から募集の紙を預かると、紙は3枚あった。


「……そんなに、このふざけた実行委員長になりたいのか?」


 しっかり、法田の応募用紙があって、他に2人の生徒の名前が書かれていた。


「あら、人はいないのね」


 隙を伺って入って来た葛城が、俺の傍に寄って来た。


「これで良いのか?」

「……そうね。これを破棄して、何かの手違いがあって届いていなかったことにすれば、募集者はゼロって事になるわ」


 その募集の紙を葛城に渡して、葛城はそれをくしゃくしゃに丸めれポケットの中に入れて、すぐに生徒会室を後にしようとしたが、菜摘が勝手に生徒会室のパソコンで動画を見始めようとしていたので、俺は菜摘の頭を叩いで轟沈させると。


「松原君と松宮さんは、恋人の関係なの?」


 俺らの関係を見て、葛城はそう尋ねた。


「違う。ただの幼なじみだ」

「……幼なじみ。……それはそれで、素敵な関係ね。それじゃ、戻って来る前に、さっさと退散しましょう」


 葛城はクスクスと笑いながら、生徒会室を出て行った。


「おい。菜摘、起きろ」

「……復活の呪文を言わないと起きないかな?」


 何だよ、菜摘の復活の呪文って。RPGじゃないんだぞ。


「ふざけてないで、さっさと出るぞ」

「……復活の呪文~!」


 床に倒れながらも、駄々をこね、俺の方に顔を向けてジト目で俺を見てくる菜摘。そんな言う気力があるなら、復活の呪文なんていらないだろ。


「『菜摘、好きだ、I love you~』って、言えば、一気に目が覚めると思うわ」


 いきなり耳打ちされて、そして話すたび、俺の耳に息をかかって、俺の心がドキッとさせる行動をするのは、再び戻って来た葛城だった。

 葛城は、黒髪ロングの清楚な女子だ。そして俺が好きなアニメの『俺友』のキャラの一人、高間アリサにそっくりだ。そんな女子に耳打ちされて、至近距離で顔があったらドキッとしてしまう。


「そ、そんな事言えるか……!」

「じゃあ、この禁術なら、松宮さんは一発で起きると思う」


 葛城は俺の手首を掴み、そして俺をうつ伏せで倒れるように、葛城の方に手を引かれ、そのまま葛城を押し倒した。そして俺は気が付くと、俺の手は葛城の胸を鷲掴みにしていた。


「ラッキースケベ。これで松宮さんも黙っていられないはずよ?」


 これは俗に言うラッキースケベだ。だが今のは不慮の事故とは言えない、葛城がわざと、俺の手に葛城の胸に触れるように仕向けたと、そのようにさせたとしか思えない。


「ヒロ君」


 葛城の言う通りに、菜摘は体を起こし、そして少し頬を膨らませながら俺を葛城から引きはがし、菜摘は俺の腕にしがみついて、わざと菜摘の胸を俺の腕に当たるようにしていた。


「ヒロ君、私は怒らないし、ヒロ君が喜ぶなら、私は何も言わない。けど、葛城さんにはダメだよ? 怒って、ヒロ君にペナルティを科すと思う」

「しないわ。私、一度でもいいから、少年漫画であるラッキースケベを経験してみたかっただけだから」


 葛城は起き上がると、俺にしがみついている菜摘の前にしゃがみ、そして唇に指を置いていた。

 これは、いつも菜摘がやっていることを葛城が真似をしてやっているのだろう。菜摘にこうやって他の人にやり返されるのは、まだ出会ったばかりの楠木以来だろうか。


「男子は、女の子を少しでも可愛い一面が見られれば、すぐにコロッとその女の子を好きになっちゃうの。ずっと余裕でいるみたいだけど、少しでも油断したら、松原君はすぐに私の事を好きになっちゃうわよ」


 葛城は菜摘の唇から指を話すと、今度は俺の前にしゃがんで。


「ここだけの話。こうやって1軍のトップでいるけど、実は少年漫画が好きな女子なの。男の熱い友情が好き、あとBL 、GLも大好物。松原君と同じぐらい、私もオタクよ」


 類は友を呼ぶ。まさかの1軍のトップが腐女子、そしてスクールカースト制度最大のマイナスポイント、アニメオタクだなんて、俺は予想外だった。人は見かけによらないんだな……。


「私は、松原君たちの味方。急に裏切るとか、そんな陰湿な事はしないから安心して」


 そして立ち上がって、ようやく葛城はこの生徒会室を出て行こうとする際、こう言った。


「私も俺友のファンで、四ノ宮ルリが好きよ。松原君」


 葛城も『俺友』を見ていたのか。そうなると尚更親近感が湧く。俺の周りは結構『俺友』を見ているんだな……。すごく嬉しい話だ。


「……むう」


 そして菜摘は俺の腕にくっついたまま、葛城に嫉妬するように頬を膨らませて、そして尚更菜摘は俺の腕に胸を押し当てていた。

 菜摘がこうやって俺以外にペースを乱されるのは珍しい事だ。流石スクールカースト制度の上に立つ実力があるって事なのだろう。

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