第33話 帰国子女、高村紫苑

 

「おはよう、ヒロく――」


 現在午前3時。

 菜摘は遂に、平日まで俺をこんな早く起こす日が来てしまった。

 俺は0時半に寝たので、まだ2時間半ぐらいしか寝ていない。クソ眠い。

 目を輝かせて、しかももう制服姿でいる菜摘の姿にイラっと来て、俺は部屋から菜摘をつまみだした。


 くそっ……。おふくろが菜摘に合鍵を渡さなければ、こんな真夜中に起こされる事なんて無かったのによ……。


「……ヒロ君」


 菜摘は懲りずに俺の部屋に入って来た。流石に俺も堪忍袋が限界だ。眠いが菜摘を怒ろうとしたが、少ししんみりした声で、俺にこう言った。


「今日は、私一人なんだ」

「……菜摘のお婆さんは?」


 菜摘の両親は、仕事の関係で岡山に住んでいる。家族全員で行くはずだったのだが、菜摘は俺と離れたくないと駄々をこね、仕方なく菜摘のお婆さんが残り、今もここに住んでいると言う訳だ。身の回りの世話は、基本的に菜摘のお婆さんがやっている。


「婦人会の旅行で、しばらくいないって言ってた」

「……それで、しばらく居候したいと?」

「話が早くて、助かるよ~」


 そんな年頃の男女が、一つ屋根の下で過ごせるか。

 俺は菜摘を再び部屋から追い出し、もう何をされても起きない事を決めて、布団を深くかぶり眠る事にした。


 部屋が明るくなった頃。


「おはよう。ヒロ君」

「……まだいたのか」

「ずっといたよ?」


 菜摘は深夜から起きていても元気そうだった。

 菜摘は俺のベッドに腰を下ろし、そして俺の部屋を勝手にあさって、何かの大きめな本を読んでいた。


「小学校のヒロ君、可愛い~」


 菜摘が辞書を読むとは思えない。何を呼んでいるのかと思ったら、小学校を卒業した時にもらった、卒業アルバムを見ていた。


「……菜摘は変わらんな」


 小学校の卒アルなんて、ここ最近見ていない。俺も興味が出て、卒アルの菜摘の写真を見てみると、菜摘は全く変わっていなかった。小学校の時から、マイペースクイーンらしい、オーラを出していた。


「菜摘も飯を食うんだろ? なら、さっさと飯を食べて学校に向かう――」

「ヒロ君。この子、覚えてる?」


 菜摘は卒アルのある1ページを俺に見せつけて来た。


「……横にいるのは、菜摘だろ?」


 菜摘が見せてきた写真は、遠足でどこかの山を登った時の写真だ。確か、高尾山に行ったような記憶がある。

 昔の俺はとにかくわんぱくで、ヒーロー特撮が好きな、今思うと俺が嫌いな生意気な子供だった。

 元気そうにカメラに向けてピースをしているのが俺で、そして疲れた表情をしている、まだ俺にべったりとくっついていた時の、小さな頃の菜摘がいた。あの頃は可愛かった。


「こっち。この二つ結びの子」


 菜摘とは反対の位置に、にっこりと笑う、ツインテールの小さな少女がいた。

 

「覚えていないの? この子は、美島みしまさんだよ?」

「……ああ。いたな」

 

 俺と菜摘、田辺は小さい頃から付き合いがあって、幼なじみだ。そして小学生になった時、俺たちは一人の少女と仲良くなった。


 クラスのムードメーカーであって、学級委員長にも名乗り出て、クラスで浮ていた奴にも、積極的にも話しかけていた、元気で活発な女子、それが美島だ。


「確か、海外に引っ越したんだろ? あの性格だし、元気で暮らしているんじゃないのか?」

「そうだといいね~」


 俺は、美島の事を思い出すと、胸が張り裂けそうになる。


 何故なら、俺は美島の事が好きで、美島も俺の事が好きだったからだ。進級していくにつれて、俺は菜摘に対する想いは薄れていき、美島と出会ってからは、美島を好きになって、そして美島も俺を好きと言って、両想いになった時、美島は急に転校する事になった。

 その頃の俺は、変なプライドを持っていて、美島とろくにさよならも言わず、それっきりの関係となっていた。


「読み込むと、本当に遅刻するぞ。菜摘もさっさと準備しろよな」

「了解で~す」


 俺は、菜摘から卒アルを没収して、押し入れの奥にしまって、学校に行く準備をした。


「ヒロ君。あんまり奥にしまうと、ヒロ君のお気に入りの教科書が、すぐに取り出せなくなっちゃうよ?」

「そんなところにないからな」

「あ、そうか。今は、典型的なベッドの下だったね~」


 隠しているエロ本の隠し場所を、すでに把握しているようなので、また今晩に場所を変えないといけないようだ。





「春馬。その話は本当?」

「ああ、烏丸さんから聞いた」


 朝のホームルームが始まる前の、騒がしい教室に、猪俣と安藤の会話が聞こえた。


 それは、こんな変な時期に転校生が来ると言う話だ。


 もうすぐ夏休みに入ると言うこの時期。再び順位を決めるカースト制度の順位が決まる期末テストが控えているこの時期に、この変な学校に転校生が来ると言うのは変な話だ。


「それってさ~、男? 女?」

「さあな。そこまでは聞いていない。俺は、このクラスに転校生が来るしか烏丸さんに聞いていないからな」


 しかもこのクラスに配属されると言うのは、転校生も可哀そうだ。絶対女王の猪俣、生徒会長の次ぐらい偉い存在の安藤。このクラスに馴染めず、即行で不登校にならなければいいんだが。


「楠木。転校生が来るらしいぞ」

「へー」


 楠木、木村は猪俣たちとは違い、転校生に興味を持たないようだ。転校生で喜ぶなんて、小学生ぐらいのだろうか?


「これは某に運が向いてきたようだ。転校生なら、某の過去の事を知らない。つまり、某にも春が来ると言うんだな、松原氏?」

「……ふわぁ~」

「無視か? 無視とは酷いぞ~松原氏~」


 こいつの肩を持つのも嫌だったので、聞こえないふりをしていたのだが失敗のようだ。暑苦しく、塚本は俺に顔を近づけて絡んできた。男が頬をすり合わせても全く喜ばない。それと塚本の少し生えた髭がチクチクして痛い。


「……ご、ごちそうさまです」


 BL好きの木村は、これは無視できないようで、興奮して鼻血が出そうになっていた。もし、転校生が男で俺と絡んでくるなら、木村は死ぬ可能性がある。


「……無視したのは悪かったから、いいから離れろ!」


 くっついてくる塚本を引き離すと、ホームルームが始まるチャイムが鳴った。




「はい。今日はこのクラスに転校生がやってきました」


 担任の吉田先生ともに入って来た転校生は、女子だった。入って来た瞬間、男子は歓喜していた。


「いやっふうううううううっ!!!」


 特に村田が喜んでいたが、すぐに猪俣は机を思い切り叩いて、大きな音を鳴らすと、村田はもちろん、一瞬で教室が静まり返った。流石、女王の猪俣だ。


「……さ、さあ、みんな静かになったし、自己紹介に行ってみよう!」


 そして転校生は、美少女。白いリボンで長い髪を結んで、ロングのツインテールの髪型。フランス人形のような、とっても美人で、お淑やかな感じの女子だった。しかも俺が凝視してしまうあの至高の領域、スカートとニーソで出来る絶対領域を作り上げていた。楠木のように黒ニーソではなく、白ニーソを穿いているが、俺はすごく嬉しかった。


「はっじめまして~! この度転校してきた、高村たかむら紫苑しおんと言います~! みんな、どうか仲良くお願いしま~す!」


 ハイテンションで自己紹介をする転校生は、高村と言うらしい。このテンションなら、このキャラが濃いクラスでもなじめると思う。


「高村さんは、この学校に来る前まで、親の都合で海外で過ごしていたのよ~」

「そうそう。最近までイギリスにいましたーっ! イギリスでの思い出は、生き返りに傘を差さずに、雨の中でサッカーをしていましたら、、翌日に高熱出して、10日間ほど寝込んでいたぐらいでしょうかー」


 この転校生は、帰国子女。英語をぺらぺら話すわけではなく、普通に違和感を感じない、日本語を話していた。となると、そんな長い事海外で暮らしていた訳ではないようだ。


「他にも、オーストラリア、インド、カナダなどもいた……はずですよね? 先生?」

「先生はそこまで知りませんよ?」


 どうやら、世界中を転々としていたようだ。俺とあまり変わらない15年間、色々と大変な思いをしてきたようだ。


「松原。俺、早速告って来ても良いか?」

「そうか。なら塚本と共に行って撃沈してこい」


 轟沈するなら勝手にしろと思い、後ろの席の村田にそう返事をして、俺は再び転校生の絶対領域――ではなく、顔を見ることにした……。




「……あはははっ」

「……持つか?」

「お構いなくなく~」


 作り笑いをする転校生の高村。

 今日は英語の抜き打ちのノート確認をすると言って、ノートを提出された。


『先生~。先生一人で持たせるのは大変だと思うので、4軍の松原に持たせるといいと思います~』


 と言う、ふざけたことを抜かす佐村がそう先生に提案したので、俺は先生にパシリに出された。逆らったら、即座に安藤にペナルティが執行するだろう。安藤、俺の事を嫌っているからな。


「何か楽しそう……! 先生、私も行きますー!」


 と言う感じで、自分で高村は先生のパシリになる事に名乗り出ていた。それで俺と高村でクラス全員のノートを持つ羽目になった。


「……ちょっと休憩しませんか?」


 やはりノートが重かったようで、高村は人目も気にせず、廊下の壁に寄りかかり、皆のノートを床に置き、休み始めていた。


「初日で疲れているんじゃないのか? 俺が全部持っていくから、高村は先に戻ればいいぞ」

「教えてあげましょう……。実は私、教室の戻り方を知らないと言う事を……」

「……ったく、仕方ないな」


 勢いで来たようなものだし、それ今日初めて学校に来たんだ。それは知らないよな。まあ、早く持っていく必要もないので、俺も高村の横に腰を下ろした。

 高村は、おてんばと言うのか、マイペースと言うのか。まるで小さい子供がそのまま大きくなったような感じの転校生だ。


「そう言えば、お名前は何ですか~?」

「俺か? 俺は松原。松原正義――」

「そして、ヒロ君だよ?」


 ほんの数秒までいなかったはずの菜摘が、俺の横に座り、俺と高村の話に割って入って来た。

 勝手に入って来た菜摘を黙らせ、高村に愛想笑いすると。


「……えっ?」 


 目を点にした後、高村は目を何度もまばたきをして、俺をまじまじと見ると。


「…… マロンだ。……ずっと会いたかった、話したかったのですよ~っ!」


 急に顔を赤くした後、高村は嬉しそうな顔で、俺に抱き着いてきた。

 高村は俺の事を知っているような素振りで、俺の名前を呼び、そして俺の頬にすり合わせて来た。


 俺は高村と前にあっているのか……? こんな美少女と話した事、全く記憶が無い――


 ふと、今朝菜摘に見せられた卒アルの写真に写っていた二つ結びの少女が頭に出来た。


 小学校の頃、菜摘は変わらずヒロ君と呼び、そして田辺は正義と呼ぶ。

 そして小学校に入学後、俺は可愛い女の子と仲良くなり、そして菜摘と同じぐらい独特な呼び方で呼ぶ女の子がいた。


「……まさか、美島か?」

「1ヶ月前はそうでしたね。そうですっ! 私は、美島紫苑改め、今は高村紫苑なのですよっ! 久しぶりなのですよ~! マロン~っ!」

「久しぶりだな。美島――いや、高村」


 もう二度と会えないと思っていた人が、急に現れて再会する。こんなドラマみたいな展開が、本当にあるのかと思いながらも、俺も嬉しくなって、ついはにかんでしまった。

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