第21話 ただの幼なじみ

 

「そこどいてほしいな~」

「俺に壁ドンされるのが嫌なのか?」

「壁ドンは、ヒロ君が良いな~」


 何故、安藤が菜摘を壁ドンしているのか、理由は分からないが、何故だろうか。菜摘が安藤に壁ドンされていると、凄くモヤモヤしてくる。


「安藤。何やってるんだ」


 モヤモヤした気持ちを抱きながら、俺は菜摘に壁ドンしている安藤に話しかけた。すると安藤は、俺が話しかけられるとニヤリとして。


「松原か。何をやっているかってか。見れば分かるだろ、松宮をデートに誘おうとしていたんだよ」


 この男は、遂に頭がおかしくなったのだろうか。


『壁ドンは、一歩、間違えれば、脅迫罪、と言うか、壁ドンで、堕とせると、思っている時点で、キモイ、死ねば、いいのに』


 木村のスマホの音声に、安藤以外が頷いていると、安藤は顔を真っ赤にして怒り出していた。


「おいコラ。周りの奴らも頷いてんじゃねぇ。ペナルティ課すぞ?」


 ペナルティは怖い。電気を流されることは、もうみんな周知されているのか、一気に静かになった。


「安藤。菜摘を1軍にした理由って、自分の個人的な理由か?」


 俺は、安藤にそう尋ねると、安藤は無理やり、菜摘の肩と自分の肩を寄せ合わせていた。


「松原は知らんと思うが、前にあのデブをかばって松宮が俺に啖呵切った。ぼーっとしている時間にルーズなバカかと思っていたんだが、意外と言う奴だった。そこに惚れた」

「……つまり、菜摘の事が好きって事か?」

「ああ。だからさ、俺の事を睨むなよ」


 安藤が、菜摘に惚れていると聞いた途端、俺の心の中は更にモヤっとした。そしてその感情が顔に出ていて、更に安藤を優越感に浸らせていた。


「猪俣のすっぴん見たことあるか? あいつ、マジでブスなんだよ。化粧臭いしな。けど、松宮は違う。松宮は本物の美人、すげー可愛いと思っている。それとさ、1軍の俺、スクールカースト制度の実行委員長が、4軍の奴を好きになったら変だと思わないか? だから松宮を1軍にした」


 どうして菜摘が勉強も出来ないのに、マイペースでみんなに迷惑をかける、ある意味問題児の菜摘が、何故1軍になれたのか、ようやく合点がいった。要するに、こいつの菜摘に惚れたと言う欲望のために、菜摘は1軍になれたと言う事だ。


「実行委員長特権で、菜摘の順位もいじったと言うのなら、他の人の順位もいじったって事か?」

「ああ。本当は松原はテストの結果を含めて、総合で3軍だった。だが、今まで4軍だった奴がいきなり3軍に成り上がるのも気に入らなくてな。女子に囲まれて幸せそうにしている松原に絶望を味合わせてやろうと思って、最底辺にした」

「安藤。もしかして、私も同じ理由で4軍にした?」

「お前は、元から4軍だ」


 楠木は、未だに4軍になったことが受け入れられないようで、安藤にそう聞いていたが、改ざんする余地もないぐらい、酷い成績だったようだ。


「木村。お前もな」


 そして、楠木と木村は、膝を廊下に付かせて、落ち込んでいた。慰めた方が良いのかと思っていると、安藤は菜摘とさらに片寄せて、こう聞いた。


「最近は楠木と木村と仲良いみたいだからさ、もう松宮には興味ないんだろ? なら、俺に譲ってくれてもいいだろ?」

「は? 何言ってんだ、お前」


 菜摘を、物として見ていない安藤に、俺はカチンと来てしまった。


「キレんなよ。松原」

「そうだよ~。ヒロ君、みっともないよ~。この人みたいに、ちょっと賢くなろうよ~」


 菜摘が、遂に安藤の肩を持った。菜摘の行動にショックを受け、俺も楠木たちみたいに膝を着けて、本気で落ち込んだ。


「分かったか? これが松宮の本音なんだよ」


 そして俺の情けない姿を見て、安藤は嬉しそうにしていた。


「そりゃ、例え将来を誓った幼なじみでも、いつも両手に花の状態じゃ、いつも一緒に居た松宮が愛想尽きるよな。松宮の何が不満なんだ? 松原はバカな選択をしたんだよ。そんなバカ丸出しの楠木にデレデレして、スマホでしか話せない、頭の沸いた木村。そんな変な奴より、普通はまともな見た目の松宮を選ぶだろ?」


 こいつ、今は何も関係のない、楠木と木村まで悪く言いやがった。


「お前さ、松宮の何が不満なんだよ? 原稿用紙1枚でその理由を放課後までに持って来いよ。あっ、そう言えば、松宮が烏丸さんと話をしたいって言っていたな。大丈夫だ、松宮。俺が説得すれば、松宮をもっと有意義な高校生にしてやるよ。何なら俺が松宮を実行委員会に――」



「少し黙ろうか」



 温厚な菜摘でも、流石に黙っていられなかったようだ。

 菜摘は安藤の制服の胸、手首辺りを辺りを掴み、そして足で安藤の足を引っかけて、床に投げつける。中学で体育の授業で柔道をやったから、何の技か分かる。菜摘は、安藤に大外刈りをして、調子に乗っていた安藤に技をかけていた。

 そう言えば、体育の実技の教科書があって、菜摘はなぜか興味を持って読んでいて、そしてやってみたいと言い出して、俺に技をかけた時もあった。


「……柔道、出来るか。……ますます惚れた、松み――」


 安藤も柔道を習っていたのだろう。怪我はしないように、しっかりと手を使って受け身を取ってから、安藤は菜摘に手を差し出し、菜摘を使って起き上がろうとしていたが、菜摘は安藤の行動を気にせずスルーし、そして俺の前にしゃがんできた。


「ヒロ君」


 菜摘は、人さし指を俺の鼻先に置いてそう言ってきた。


「本気で落ち込むって事は、まだ私に気があるって事だよね~」

「……趣味悪い事すんな」


 菜摘は、嬉しそうにそう語っている中、安藤は菜摘の背後に立って、菜摘の肩を掴んだ。


「松宮。俺なんかより、そんな冴えない男の方を選ぶって言うのか……? そんな女たらしで、アニメ好きのオタクを好きになっても、何の得にもならない、んっ……!」

「もう少し黙っていようか」


 菜摘は、出会った頃の楠木に喧嘩を売った時と同じ雰囲気、安藤の唇に人差し指を置いて黙らせて、冷たく感じる口調で、1軍のトップの安藤を黙らせた。


「私は例えどんなカッコいい人でも、どんなに私に優しくしてくれる人でも、私のヒロ君と一緒に居たい気持ちは揺るがない。潔く諦めて」


 安藤は菜摘から解放されると、安藤は菜摘に急接近されてドキドキしたのか、顔を少し赤くしていたが。


「……俺は諦めない。そんなオタクで女たらしのクズより、俺の方がどんだけ良いか、見返させてやるよ」

「無駄だと思うけどな~。まあ、精々頑張ってよ」


 そして昼休みが終わるチャイムが鳴る。安藤はチャイムが鳴った事で気を取り戻したのか、普段の少し冷静な態度に戻ると。


「松宮は、4軍になりたいんだろ?」

「そうだね~。私はヒロ君の傍がいいんだよね~」

「なら、お望み通りに4軍にしてやる。1軍らしくない行動、俺に無礼な事をした事を理由に、一気に4軍にまで、降格させてやる」


 これで菜摘のお望み通りに、俺らと全く同じ境遇、天国から一気に地獄まで堕とされて、4軍になっていた。


 そう菜摘に告げた後、安藤は俺の横に立って。


「俺は、お前が嫌いだ」

「奇遇だな。俺も今、安藤にそう言おうと思っていたんだ」

「そうか。それの方が互いに気楽に出来るな」


 互いに皮肉交じりに言い合うと、安藤は教室に入っていった。


「パンの耳、美味しそうだね~」


 安藤が教室に入っていくのを見てから、菜摘は木村が持っていた、パンの耳を食べたそうな目で見ていた。


「……はい」

「ありがとう~」


 菜摘は、木村からパンの耳を貰って、美味しそうに食べていた。


「それじゃ、さっきの続きをしようか。ヒロ君の話を聞かせて欲しいな~?」


 菜摘は安藤に一緒に居た光景を見ると、どこかもやもやした気持ちになった。

 菜摘がミニスカ、そしてニーソを穿いて、俺に絶対領域を見せつけてきた時は、本気で可愛いと思い、そしてずっと胸の高鳴りが止まらなかった。

 そして春に、菜摘とアキバに行った時。もこもこの白いカーディガン、赤いスカートに黒いタイツ。そしてちょこんとかぶった赤いベレー帽姿の菜摘を見た時から、俺は再び菜摘を意識始めていた気がする……。


「……菜摘。……俺と菜摘は幼なじみ。……ただの幼なじみだ」

「なるほどね~」

「だけどな、俺は菜摘の事は大事な幼なじみだと思っている。マイペースで、皆に迷惑をかけるほどの、厄介な奴だと思っている。けど、俺はそんな菜摘も嫌いじゃない……」


 これ以上言うのは照れ臭くなり、俺は言葉を濁らせると。菜摘は俺に尚更体を密着させて。


「ヒロ君の気持ちを知れただけでも、私はとっても嬉しい」


 今まで見た事無いようなすごく嬉しそうな顔を、菜摘は俺に見せていた。


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