第17話 ろくなことがない勉強会

 

「今日は勉強するんじゃなかったの……?」

「……ああ。……そうだが。……ふわぁ~」


 今日の楠木は、茜色のカーディガンを着て、下は白のTシャツ。そしてショートパンツで、楠木の長くてキレイな足が、とても眩しく思えるコーデだった。

 昨日、楠木に俺の家を教えて、楠木は約束より少し遅れて、俺の家にやって来た。少し道に迷ったのだろう。

 あれから菜摘とスマシスを10戦以上やって、家のベルが鳴るまでずっとやっていたので、俺は凄く眠い。ほぼ徹夜でやっていたようなものだ。


「全戦全勝。すべて私の勝ちだね~」


 俺よりも先に起きているはずの菜摘は、全く眠そうな顔をせず、こうやっていつの間にか現れて、俺の横に立っていた。


「あっ、そうだ。ヒロ、一人誘った子がいるんだけど、いいかしら?」

「別に構わないが……。誰を誘ったんだ?」


 知り合いだったらいいんだが、楠木の知り合いを誘ったって事は、俺の知らない人の可能性が。


「……ま、松原君」


 楠木が誘ったのは、同じ4軍の木村だった。いつものお下げの髪型に、ストローハットを被って、涼しそうなノースリーブで、膝まである黒いスカートを穿いて、手提げかばんを持っていた。


「め、迷惑……だったかな……?」

「い、いやいや。全然、俺は気にしていないぞ」


 スマホを使って話すときの木村は、凄く口が悪く、気が強くなるが、地声で話すと、凄く弱々しくなる。


「昨日、新宿でヒロたちと別れた後、木村と駅のホームで偶然出会ったから、それで4軍同士で勉強しようって誘った」


 楠木と木村は結構仲良くなっているんだな。二人とも、クラスではいつも一人だったから、こうやって話す相手ができて、何だか親のように嬉しく思えた。


「まあ、上がってくれ。狭い家だが、勉強は出来る環境ではあると思う。今日は、親がいないしな」

「そうだね~。ヒロ君のおばさんとおじさん。仲良いから、ラブラブで買い物に――」


 余計な事は言わせないように、菜摘のTシャツの後ろの襟をつかんで、黙らせてから2人を上がらせた。


「ふふん。今日も私の勝ちだね。楠木さん?」

「何の勝負?」


 菜摘は楠木の姿を見て、自慢げに楠木を見ていた。


「ヒロ君はね、ミニスカでニーソが――」

「何勝手に、俺のフェチを公表しているんだよ!!」


 堂々と、俺の好みの服装でいる菜摘の口を押さえて、菜摘を黙らせたが。


「そ、そうなんだ……」


 ちゃんと楠木には聞こえていて、顔を赤くした後、少しがっかりとした顔をしていた。

 この楠木のがっかりは、俺がミニスカニーソ好きの変態だと知ってがっかりしているのか。それとも今日の楠木のコーデにがっかりしているのか。後者の方だと信じたい……!


「と、特に意識して穿いていた訳じゃないんだけど……。ま、まあ? ヒロが望むなら、私は毎日穿いてあげるわよ」

「無理強いはしないぞ。夏場になって暑くなったら、大変だと思うからな」


 口ではそう言っているが、俺の心の中ではよっしゃと思っていた。これからはあまり凝視し過ぎずに、ほんのチラッとだけ見る事にしよう。


「……ヒロは脚フェチ。……そしてニーソ好き。……結構スケベね」


 楠木に苦笑されてしまったが、好きな物は仕方がない。きっかけは、田辺が勧めてきたラノベのキャラが、ニーソを穿いていて、それでしばらくそのキャラの脚に釘付けになった、高校試験前日の時からだろう。


「……タイツも魅力的」


 木村は、ジト目で、俺にそう訴えかけてくる。確かにタイツも魅力的だが、やっぱり俺は、ニーソの方が魅力的だと思ってしまう。


「立ち話もなんだから~、楠木さんと木村さんも早くヒロ君の部屋に行こうよ~。ヒロ君の隠しているあんな物とか、こんな物とか、見せてあげる――」


 変なことを言い出す前に、菜摘をチョップで轟沈させたが、楠木と木村は菜摘の話に食い付いていた。


「ニーソ好きのスケベなヒロの事だから、エッチな本とかあるんでしょ? フェチを聞いちゃったから、もうそれぐらいなら驚かないわよ」

「……むしろ興味がある」


 どうしようか。今すぐ楠木たちを帰らせた方が良いと思っているのは、俺だけだろうか。木村は興味があるようで、菜摘が行動しなくても、木村が探し出しそうだが、木村はそんな悪い事はしない、良い女の子だと信用して、俺は二人を家に上がらせた。





 楠木と木村を俺の部屋に入れ、俺は教科書を取り出そうとしたら、菜摘に襟を引っ張られた。


「ヒロ君。ババ抜きの時間だよ~」

「違う。そうじゃない。勉強の時間だ」


 唐突にそう言う菜摘は、もう遊ぶ気満々だ。どこからかトランプを持ってきて、俺に甘えるように腕にくっついてきたが、俺は菜摘を振り払って、自分の机に向かった。

 菜摘には、危機感が無いようで、中学の時も、受験の時も、全く危機感を持たず、いつも暢気に過ごしていた。今回の運命の中間テストにも、全く危機感を持っていないようだ。


「あっ、このマンガ読みたかった奴じゃん。ヒロ、読ませて」

「……懐かしい。……結構ゲームがあるね」


 そしてこいつらも、勉強をそっちのけに、俺の部屋の中を勝手に物色して、楠木は漫画を読み始め、木村は俺が持っているゲームソフトのパッケージを見ていた。意外とゲーム好きなんだな、木村は。


「……おい。……今日は、勉強するために俺の家に来た……って、聞こえないふりするな」


 俺がそう言うと、菜摘たちは一斉に両手で耳を塞いでいたんだが。

 この技は菜摘の技で、いつ教えたのかは知らないが、いつも菜摘と楠木は対立し合っているのに、何でこういう時だけ団結力があるんだよ。


「……勉強は、もう少ししてからでもいいんじゃないかな? ……まず、松原君の秘蔵の本を探さないと」

「そ、そんな物は無いからな」


 木村は、本当に俺の部屋を漁ろうとしている。辺りをキョロキョロしているが、木村はそんな事はしないと信じている。


「あ、お茶出さないとな」


 せっかく来てくれたのに、楠木たちにお茶を出さないのは失礼だ。色々とあり過ぎて、俺はすっからかんと忘れていた。


「菜摘。俺はお茶を持ってくるから、勝手に俺の部屋を漁るなよ? 絶対だからな?」

「はーい」


 いつの間にか、俺の部屋にあるラノベを勝手に読んでいる菜摘は、適当に返事を俺に返し、不安に思いながらも、部屋を出た。




「……さて。……勉強する――」

「ヒロ君。退屈な勉強より、私と遊ぼうよ~」


 菜摘たちは4軍になりたいようだが、俺は4軍にはなりたくない。絶対に1軍の奴らにこき使われる日々なんて送りたくない。菜摘が遊ぼうと言おうが、菜摘を振り払い、俺は机に向かって今まで習ったところの復習をして、勉強をすることにした。


「楠木さん。これを見て欲しいな~」

「何? せっかく面白い所なのに……って、こ、これが?」

「ヒロ君が私やおばさんに見つからないように、この部屋の押し入れの上にある天井裏の奥に隠して、そして怪しまれないように黒い袋に入れてある、ヒロ君の秘蔵のエロ本だよ」


 菜摘の言葉に耳を疑って、菜摘の方を見て見ると、確かに菜摘は俺が隠しておいた、成人向けの本、通称エロ本を楠木に見せていた。絶対にばれないと思って隠しておいたのに、どうやって菜摘は見つけ出したんだ。


「菜摘! まさか、さっき俺がお茶を淹れに言ったときに見つけたのか!?」

「あれだけ念押しするって事は、もう探してくれって振りだよね~。けど、この本については、前から知っていたよ?」


 やっぱり菜摘も強引に連れて、お茶を運ぶのを手伝わせた方が良かったのかもしれない。ずっと一緒にいるから、考える事が分かるって事だろう。こう言うとき限って、幼なじみが厄介だ。


「すごいよね~」

「……こ、こんな事……するの?」


 菜摘は、漫画を読む感じで普通にエロ本を読んでいるが、楠木は手で顔を覆い隠してしまった。


「あ、木村さんも見る?」


 菜摘からエロ本を受け取った木村は、黙々とページをめくっていき、特に反応する事無く、菜摘にすぐに返していた。


「ヒロ君。私はこの本を燃やしたり、破いたり、捨てるとかはしないよ~。ヒロ君も男の子なんだから、こう言った本に興味を持つのは、私も誇らしいよ~」


 エロ本持っていることを喜ぶ幼なじみなんて、この世に存在するのだろうか。多分、菜摘が特殊なだけだろう。


「認めてくれることは助かるが、早くそれを元の場所に戻して、早く勉強するぞ」

「あと5冊だったかな~。全部持ってきても良いんだよ?」


 これ以上、俺の神聖な本を楠木と木村に晒すわけにもいかない。菜摘の脅しに屈してしまい、そして、菜摘たちは、スマシスをやっていたり、漫画を読んでいたりと、悠々自適に休日を過ごして、俺だけが黙々と勉強する事になった。

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