2話 歌と声(2/8)
「ねーちゃんまたその歌ってんのー? 俺もなんか覚えてきたんだけど……」
「お姉ちゃーん? あたし達もう行くからねー?」
玄関から双子の弟妹のうんざりしたような声が聞こえる。
カチャカチャいってるのはランドセルの音だ。
靴と玄関の床が擦り合う音。もう靴も履いてるみたいだ。
「けーちゃんめーちゃん待ってーっ、今行くからーっ」
とは言ったものの、これは間に合わない気がする……。
私はまだトイレに入っていた。
「もう待たんでいーから。行こーぜ芽衣、俺達まで遅刻する」
「ん。行こ。お姉ちゃん待っててもいい事ない」
今年から小学一年生になった弟妹は、まだ一年生だからという事で、なるべく私と一緒に家を出るよう親には言われている……んだけど。
「二人ともー、気をつけてねー」
母の声に「はーい」「ん」と短い返事が続く。
キィ。と思い扉が開く微かな音。
どうやら今日も私は置いて行かれるようだ。
ガチャン。と玄関から、ドアが閉まる重い音が響いた。
「明希も早いとこ支度しなさいよー」
母の呆れ気味の声に「はあい」と返事をする。
私だって、小学生達の登校には間に合わなくても、あの会長のイケボを逃す気はないんだからっ!!
今日も元気いっぱい挨拶して、会長にも元気を届けるんだ!
何とか慌てて支度して、鏡も見ないで飛び出す。
「行ってきまーすっ」
ガチャンと閉まった扉の向こうから、お母さんの「行ってらっしゃーい、気をつけてねー」という声を微かに聞きながら、私は急ぎ足で学校へ向かう。
ああまずい。ここまでに目にした制服姿は、どの子も遅刻の常習犯だ。
彼らには急ぐという概念がないので、どの子もマイペースに歩いていた。やたらゆっくり歩いてる子や、俯いたまま前を見る様子もない子もいる。この中にはあの頃のミモザのように学校に行きたくない子もいるんだろうか。
私の元気とか学校に行きたくてたまらない気持ちを、こう、ぽんっと分けてあげられたらいいのになぁ。
そんな子達をぐんぐん追い抜いていけば、脇腹に鈍痛が……。
うう。食べてすぐだったから……。
息も上がってきたところで最後の難関、長くて急な坂道の登場だ。
ああもう……この坂を見上げるだけで、ちょっとうんざりしちゃうよね。
いやいや、この坂の先にイケボの会長が待ってるんだからっ。
頑張れ私っっ。もう後一息っ。
ポケットから引き出してチラと見たスマホには、門が閉まるまで残り三分の時間が表示されている。
もう一息とか言ってる場合じゃない。
これは門まで一気にダッシュしないと、着く頃には生徒会の皆さんは教室だろう。
大きく息を吸って、吐く。
遥か遠くに見える正門を見上げて、全力ダッシュだ!!
ひたすら前へ前へと足を動かす胸の内に、この一週間練習しまくっていた音楽が大音量でかかる。
リズムに乗って、ペースを上げて。空さんの音楽が背中を押してくれる。
大丈夫、きっと間に合う。
キラキラの音の群れが、今、私に力をくれている。
この青い空に溶け込めそうな、透き通る音の波に乗って。
会長の声が聞こえてきた。
「そろそろ閉めていいかな」
「もーいーんじゃね?」
あっ、門閉めようとしてる!?
もうちょっと待ってくださーーいっ!!
「あ、走ってきてる子が……」
「すーげぇ。どっからあの勢いで走ってきたんだ?」
「皆は先に帰っていいよ。門は僕が閉めとくから、お疲れ様」
「おー、お疲れー」
あああ、生徒会の人達解散しちゃう……っ。
……あれ? でも会長は門を押さえたままで……。
――あ、私のこと待ってるって事!?
私は、諦めかけた心を叩き直して、とにかく必死で走る。
校舎からはキーンコーン……と聞き慣れたチャイムが鳴り始めた。
会長と書記さんは門の両側でジリジリと門を閉めつつ私を待ってるみたいだ。
「新堂も帰っていいよ」
「ん? 俺はもうちょい付き合うよ。あの子ここまでずっと走ると思うか?」
「さあ。ただ間に合いたいと思ってるなら待とうかと思って」
「そんでお前が遅刻したとしても?」
「意地の悪いことを聞くなぁ。僕は多少大目に見てもらえるから大丈夫だよ。新堂の方が遅刻つけられるんじゃないか? お前、担任に目をつけられてるだろう?」
「そー……れはそうかも……?」
「おそらく、その髪が妙に長いのも不興を買ってるんだろうな」
「髪は女の命なんだぞ!?」
「お前は男だろ。それ以前に、性別を引き合いに出すのがそもそも時代遅れだよ」
「えー……今年は校則改変いけそうですかね、会長?」
「お前の髪は校則違反ではないだろ。ただ制服のルールはもう少し変えたいと思ってるよ。女子もズボンが選べるようにね」
「じゃあ男子もスカート履いていい事に……?」
「……履きたいのか?」
「いや、え、うーん……」
ちょっと待って? あの二人っていつもこんな会話してるの?
今日は門を挟んで二人に距離がある分私にもしっかり聞こえてるんですけど?
私は笑ってしまいそうになるのを必死で堪えて門の間を駆け抜けた。
「っ、間に合ったああああっっ!!」
校内に飛び込んだ私の後ろで、会長と書記さんがガラガラと両サイドから門を閉める。
「おはようございます」
あああ、会長は今日も良いお声ですねっっっ!!!
「おはよーさん、もう鐘鳴ったから早く教室行けよー」
これは書記さんの声だ。
カチャンと鍵を閉める音。
私は必死で息を整えて答える。
「お、おはようございますっっ、待っててくださってありがとうございましたっ!!」
「うん、お疲れ様。明日はもう少し早く来れるといいね」
「!?」
「うーわ、後ろ寝癖すげーな。出かけに鏡くらい見てきた方がいーんじゃねーの?」
「えっ!?」
会長と書記さんはひと言ずつ残すと、二人とも振り返らずに校舎へと駆け戻った。
……び、び、びっくりしたぁぁぁぁ。
何か言ってもらえるなんて思ってなかったから、こっ、心の準備が……。
後頭部へ手を回せば、確かにこれはひどい寝癖だ。
ああ、せめてちらっとでも鏡を見ておけばよかったと後悔しかけて、でも鏡をのぞいていたら会長さんにこんな風に話しかけてはもらえなかったわけで……。と思い直す。
至近距離で授かったイケボがいつまでも頭の中でグルグル回る。
『……お疲れ様。明日はもう少し早く来れるといいね……』
……っっ!!
わっ、私っ、これからはもっと早起きをすると会長のイケボに誓いますっっ!!
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