第92話

 『ロイヤル』に剣を突き付ける煉。『ロイヤル』も抵抗しようと試みているが、『忠義』の乱用により身体が自由に動かせないようだ。


「はぁ、はぁ...」

「強化スキルを短時間に何度も使ったら当然そうなる」


 しかも『忠義』による強化は、通常のバフスキルよりも破格の強化率を誇るので、身体の消耗具合は相当のものである。逆に煉の『暴食』により『忠義』が解除される度に発動し直していた『ロイヤル』の精神力が凄いのだ。

 しかしそれも終わりである。


「さて、折角の原初スキル持ちだ。試してみるか」

「...何をなさるつもりで?」

「お前が一番やられたくないこと」

「はて、私を殺しますか? それとも――」

「原初喰い」

「はっ?」


 煉の予想外の一言に『ロイヤル』の表情が激変する。『ロイヤル』にとって主人から授けられた『忠義』は命よりも大切なものである。それを喰われるとしたらそれは一番嫌なことである。

 しかしそれは不可能である。いくら煉が希代の探索者で、主人から高い評価を得ていたとしても、原初スキルそのものをどうこうするのは不可能である筈だ。


「そんなもの不可能です」

「なら試されてくれ」


 煉がグラルに力を込めると、グラルが持つ『暴食』が高まっていく。それを目の前に突き付けられている『ロイヤル』は、明確に『忠義』を喰われるイメージを持ってしまう。それがあり得ないことだと分かっているのに。

 そして『暴食』の高まりがピークに達した瞬間、


「や、やめ――」

「は? 消え......上か」

「困るなー。『ロイヤル』にはまだ大切な役割があるんだ。殺されるのは勿論、『忠義』を失わせる訳にもいかないよ」


 突然目の前から『ロイヤル』が消え、見知らぬ男が彼女を抱えた状態で上空に現れた。


「...『スロウ』じゃないな。口調的に主人の方か」

「ふーん。原理は分かんないけど原初スキルの枠を越えた権能...それで『ロイヤル』を喰ったら何も残らないでしょ」

「それはやってみれば分かるだ、ろ!」


 上空の2人に向けて最高潮となった『暴食』を解放する。『暴食』は全てを呑み込んだ。

 しかし大した手応えはなかったので、2人は喰らえなかったのだろう。


「逃げられたが『欲望覚醒』の実験出来たからいいか。それより」


 煉は『暴食』によって見晴らしがよくなった天井をみる。


「...はぁ。空が青いな」


 煉がいたフロアより上層が全て『暴食』に呑み込まれた結果、煉がいる場所が屋上となってしまったことに、申し訳なさを覚える。唯一の救いは、上層に人はいなかったため『暴食』による人的被害がゼロだったことである。


―――――――――――――――


 煉の『暴食』が炸裂した瞬間、2人の原初スキル持ちもその異常性を感じ取る。


「いーまーの、なーに?」

「さあ?何でしょうか。おそらく煉くんの奥の手でしょう」

「こわー」

「同感です」


 原初スキルという、最高レベルの耐性を獲得した者たちでさえ、本能的に震える一撃に感嘆の声を上げる2人。

 そんな2人の戦闘は両者決め手に欠けていた。

 『忍耐』を持つユラに『スロウ』がばら蒔く『怠惰』は通じず、ユラの通常攻撃では『怠惰』の結界を突破できない。まさに泥試合である。


「それにしても無機物や魔力弾も『怠惰』にできるとは思いませんでした。見上げた『怠惰』野郎ですね」

「そーんなーに誉めるなーよ」

「誉めていませんね。貶しています。思いっきり」

「なーんーだーと」


 しかしそれもここまでである。


「原初スキルの付与もあなたの『怠惰』を見ておおよそ把握しました。これで漸く泥試合も終われそうですね」

「うへー、それならーもういいやー」


 形勢は既にユラに傾いていた。それを悟った『スロウ』は早々に諦めることにした。


「主人もー『ロイヤル』もー帰ったみたいだーしね『転移結晶』おー」

「通称『逃げ石』ですね。どうぞどうぞ逃げてください」

「挑発してもー無駄ー。てんいー」


 ユラの煽りを受けても『スロウ』は気にする様子もなく、『転移結晶』を使用する。すると空中に魔法陣が現れたかと思えば一瞬で『スロウ』がこの場から消え失せるのだった。

 『転移結晶』は登録した地点に一度だけ転移できるという優れものであり、ダンジョンなどで撤退の際に使われることから『逃げ石』とも言われていた。

 そんな『転移結晶』によってまんまと逃げられたユラであるが、その表情は明るかった。


「魔法陣の感じだと東欧周辺ですかね? まあ後で撮影した映像を解析すれば分かるでしょう。それにしても鈴ちゃんは来ませんでしたね...まあどこかで誰かに喧嘩吹っ掛けているとは思いますが」


 鈴の行動を正確に予想しつつも、その予想を越えた行動を仕出かしていたことを、数分後ユラは知ることになる。


 

 

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